第47話 【重装艦攻略】
準備を整えた僕たちは作戦を開始した。
まず僕は敵の重装艦を狙撃するため、敵の上陸予測地点につくった防衛陣地の上でリヴァイアサンの砲弾を撃つ準備をしている。
連合艦隊は出航して沖に布陣し、ロター要塞は艦隊への遠距離砲撃の準備だ。
鹵獲したイエローワイバーンのカナリア隊はすぐ近く砂浜の上で爆撃準備を着々と進めている。
クローリス曰く、単純に巨大にした魔弾ではないとのことだ。
辺りは僕の法具の中から発される音でやかましい。
具体的にこれまで貯めてきた速さ、打撃、などの”状態”を集積する音だ。
ある程度の大きさにとどめて、撃ち出す直前に砲弾に付与する。
リヴァイアサンの砲弾は強化した状態を保つだけでも負荷がかかる。
そのことが一隻目の重装艦を沈めた時にわかった。
今回撃たなくてはならない砲弾は四発か、それ以上だ。
こうして待機しているだけでも身体全体が熱にうかされているような感覚がある。
でも、僕の心を支配しているのは不安でも熱でもない。
「ヘルザート、長城壁内側の臨時指揮所が完成したぞ」
白い砂をブーツで踏みしめつつ、ジョアン叔父が長城壁から側塔をつかって現状を伝えにきた。
僕の背後の長城壁の裏側だ。
「わかった。シャスカと陛下にはもう入ってもらってるんだろ?」
「おう、サティさんもな。周囲もならしておいたから、竜達も休憩できるぞ」
サティさんの名前が出た瞬間、動かしていた指をとめた。
「ザート、リュオネが心配なのはわかるけど、焦るなよ」
「わかってる」
わかっていないのは自分が一番よくわかっている。
本当は助けに行きたい。せめて誰か手練れにビザーニャに行ってもらって欲しい。
「敵艦隊には学府の連中が乗っているかも知れない。ここにいる誰一人抜ける余裕なんて無い。伯爵という立場がどう振る舞うべきかというのもわかっている」
手すり代わりの石壁に手を突いて潮風に顔をさらす。
髪がべたついているのが気になったのでクリーンで塩気を落とした。
ついでに叔父にもかける。
「あんがとよ。ま、学府の奴等は馬鹿みたいに強ぇが基本的に自分の研究にしか興味がねぇ。今回の艦隊にごっそり乗っているってことはねぇだろうさ」
最後に楽観的な言葉を残してジョアン叔父が去ろうとした時、遠くの空で信号弾が打ち上げられた。
「来るか」
沖をみると、もう敵艦隊がみえた。
わかっていたとはいえその規模の大きさに身震いがおきた。
叔父のつぶやきをかき消すように、左の海岸にいたイエローワイバーンが次々と羽ばたき始めている。
その中から音もなく、すべるようにビーコがやってきて、その背から僕のいる防衛陣地にクローリスが降りてきた。
「ザート、それじゃ、行ってきますよ!」
今回クローリスはカナリア隊の指揮官として戦場に赴く。
ガンナー軍の軍服に正装のコートと専用武器の銃剣を身につけたクローリスはもはや一流の軍人だ。
「クローリス、敵艦隊が連合艦隊にくいついて船上砲を撃ち始めたら、後ろに迂回して、爆弾を落とす、だぞ」
「爆弾は私たちが開発したんですけど! ザートよりよっぽど詳しいんですけど!」
作戦を確認すると、余計な事だったか、クローリスがむくれて抗議してきた。
いつも通りのクローリスを見て、ささくれだっていた心が少し落ち着いてくる。
「……な、なんです笑ったりして」
「いいや、クローリスはいつも通り落ち着きがないな」
クローリスだってリュオネの現状は知っている。
パーティを組んで苦楽をともにしてきたリュオネが捕まっている事に何も思わないはずがない。それでもなおいつも通りでいるんだ。
僕にはとうてい出来ない事だ。
そう思うと再び笑みがこぼれた。
また怒り出すかと思っていたら、クローリスは破顔してニッと笑顔を見せた。
「そうですよ、いつも通りです。いつも通り敵を瞬殺して、サクッとビザーニャのリュオネを助けに行きますよ!」
一瞬のち、励まされた事に気付き、思わずクスリと鼻をならした。
「ふう……よし、じゃあ行ってくれ! 皆、クローリスを頼む!」
「大丈夫よ、任せといて!」
「任される覚えないんですけど!」
遠ざかり、もう粒のようにみえるビーコとカナリア隊を見つめる。
「……なんですか、叔父さん」
いつまでたってもニヤニヤと温い空気をまとっている叔父が考えていることはわかる。
「いや、なんでもねぇ。それより、始まった見てぇだぞ」
それまでの空気を一気に拭い去ったジョアン叔父がすばやく遠見の魔道具をかまえるのを見て、僕もおなじようにする。
一度瞑目して意識を切り替える。
ここからは戦場だ。
一瞬後に次々と船上砲の魔法炸裂音が、一瞬後に別な爆音と派手な火柱が敵艦からあがった。
「おぉ、ファイアストームかあれ?」
「いや、あれはファイアアローなんだ。一つの爆弾に千個の通常魔弾を入れて、途中で破裂するようにしたものらしい」
「ファイアアロー? ……ああ、帆をねらったのか」
沖では八つの火柱がのぼっている。
その一つ一つがファイアアローの火がうつり自ら燃え上がる帆船の帆とマストだ。
ああなった帆船は船団からはずれ、漂うしか無くなる。
後三十六隻。
この分なら問題ない、そう思っていた僕は甘かった。
——ハァ、ハァ。
身体が熱い。火魔法で攻撃されたのではなく、身体の芯が灼けているみたいだ。
上手く身体を動かせないまま、リヴァイアサンの砲弾を放つべく、崩れた構えを取りなおす。
状況は最悪になった。
砲撃戦ではこちらが有利だった。それにくわえて風上で待ち受けていた。
包囲網にからめとられた敵艦が次々と撃破されていった。
あの時点で後二十四隻だった。
追い詰められた敵艦の一部がロター要塞の遠距離砲の射程に入り粉々にされた。
それ以外、連合艦隊の網をすり抜けたのが、十六隻だった。
——ハァ、ハァ、グ、ゥ!
右肩にかまえたレナトゥスの刃の切っ先から離れた砲弾が重装艦の横腹に大きな穴を開けた。
けれど、その艦は海岸まで百ジィまで迫っていた。
すでにロター要塞は一方的な砲撃を受けて沈黙している。
そしてその後ろには通常艦十隻が控えている。
「クソ……重装艦の多重障壁を見誤った」
一隻を沈めるのに数発のリヴァイアサンの砲弾が必要だった。
おかげで予想の何倍も砲弾を使ってしまった。
最後の一隻が舳先をこちらにむけて突っ込んでくる。
震える身体を起こしてレナトゥスの刃を再びかまえる。
浄眼で重装艦の障壁の薄いところを確認する。
——グ。
食いしばった歯から息がもれる。
身体は熱を持ち、法具とつながっているはずの体内魔素の経路もわからない。
仕切り直しはできない。体力も時間も一発しか撃つのを許してくれない。
けどやるしかない。
今を逃せば重装艦を砲台にされて、敵に長城壁を攻略されてしまうだろう。
「叔父さん、僕が倒れたらそこに出しておいた武器と一緒に運んでくれない?」
最後の砲弾を撃ち出す体勢のままジョアン叔父に頼み事をする。
「わかった。重装艦をやれるのはお前の砲弾だけだ。重装艦をつぶしたら、後は任せろ」
「それじゃあ……任せます!」
ジョアン叔父の声を背中に聞きながら最後の砲弾を撃ち出した。
至近距離から撃ち出した砲弾は重装艦の中央に風穴を開けて行った。
支えを失ったマストが倒れると同時に、船上砲の砲弾が誘爆したのか、大量の魔法が発現している。
けれど、どれも長城壁はおろか僕の所まで届かない。
「よし、これで……」
「ザート!」
気が抜けて倒れそうになった瞬間、叔父に抱えられ空を飛んだ。
流れる景色の向こうにはさっきまで僕がいた防御陣地が何か圧倒的な力でたたき割られていた。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回ほぼ叔父回ですね。
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