第36話【軍事同盟、締結の代償】


 空を駆け、陸地が近づくにつれて不安が確信に変わっていく。

 沖で投錨し停泊している皇国艦隊も、着岸している三隻もマストの上を乗員が動き回り出発の準備をしているように見える。

 波止場の端に降り立つと、もはや慣れ親しんだ皇国組の面々が、皇国の旗艦から伸びる舷梯をはさんで二組に分かれて整列していた。


「ただいま戻りました!」


 僕を待っていたらしい、【白狼の聖域】の幹部、女王陛下、ムツ大使らに近づこうとすると、逆に一団の中からスズさんが僕の方に駆け寄ってきて、そのまま頭を深く下げた。


「……状況を伝えてくれるか」


 どこか冷たい自分の声がスズさんの肩をピクリと震わせた。


「ガンナー様。王国と皇国の同盟は丙案にて合意されました」


 頭を下げたままのスズさんから伝えられた現実に瞬間、息がとまった。

 ゆっくりと息をはき出すと共に目を閉じる。


 リュオネの帰国が確定した。

 考える事は山ほどあるのに、頭が上手く働いてくれない。

 息を吸うと同時に目を開くと、スズさんの震える拳が視界に入った。


「そうか。スズさん、ありがとう」


 僕がうろたえた時の事を考えてわざわざ皆から離れた場所で知らせようとしてくれたのだろう。

 スズさんは厳しいけど情が薄いわけじゃない。

 促すと、目尻をかすかに赤らめながらも状況を教えてくれた。


「リュオネ殿下をはじめとする旧皇国パトラ駐屯軍の一部はガンナー伯軍から除隊し、皇国に帰国します。帰国する小隊はハンナの第一、ジャンヌの第二、バスコの第四、エヴァの第六、それにデボラの率いる衛士隊の一部です。私は残りの小隊をまとめるため残留します」


 女王陛下からの命もあるという事なので、歩きながらあらためて整列している皇国組を見ると、確かに残留組と帰国組で別れている。

 正面の互いをみたまま微動だにしないところとか、やっぱり軍人なんだな。


「ガンナー伯、単騎でのワイバーンの撃墜見事でした。スズ中尉よりきいていると思いますが、先ほどブラディア王国はホウライ皇国と正式に軍事同盟を結びました。これによりアルドヴィン王国海軍との戦闘に皇国艦隊が加わります」


 ブラディアの紺色をした軍装をまとったリザさんは無表情に口を動かした。

 ここ数日で見慣れた威容であるのに、今のリザさんは少女が必死に無理をしているように見える。


 リザさん達は王国のワイバーンからの情報で海戦の状況を把握していた。

 これまで折れる事のなかったリザさんも、ブラディア・南方諸侯が相手を押し返せずにじりじりと押し込まれている以上、早急に皇国艦隊に加勢してもらわなくてはならないと判断したのだろう。


 結局、マロウの目的が果たされる形となったのだ。


「これに関し、皇国艦隊提督より提案があります」


 さきほどから舷梯をたたく耳障りな足音の方に目を向けると、暗紫の髭をしごきながらマロウが地面に降りた所だった。


「ガンナー卿、皇国艦隊の海兵隊は魔法戦士です。今行われている海戦では明らかに不利でしょう。そこで精強と名高い【白狼の聖域】ガンナー伯軍に我々の艦に乗り、海兵隊の役割をになってもらいたいのです」


 マロウの勝ちほこり、芝居がかったセリフに身体の内側が焦げるほど怒りがこみあげてくる、けれど今はどうしようもない。

 ハンナに負けないくらい大柄な犬獣人の女性士官が前にでた。


「もちろん先ほどの様に、ガンナー卿が直接戦闘に出る際にはこの副官を使ってもらって構いません。ガンナー卿が活躍できるよう全力をつくしますよ」


「ロジーナと申します。閣下の元で戦う事、大変光栄に存じます」


 細かい栗色の巻き毛を後でくくった迫力のある女性士官の目に一筋不遜な光をみたけれど、気にしないことにした。

 さすがに艦隊指揮で裏切るようなことはないだろう。


 いくつかの取り決めをかわして一段落した後、僕はスズさんの方に向き直った。


「リュオネ様はギルドの建物で残る者達とお話をされています」


 スズさんはすでに立ち直り、いつもの怜悧さを取り戻していた。

 有能な副官が残ってくれて感謝すべきなんだろうな。

 リザさんをみると、軽くうなずかれた。

 何を言うべきなのか考えながら、僕は白い砂浜を右手に見つつギルドの建物に向かった。




     ――◆ 後書き ◆――


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