第22話【女王の間での語らい】
祝宴の翌日、約束したので,僕とリュオネは十字街中央塔、あらため第三新ブラディア政庁で女王陛下、つまりリザさんと対面していた。
場所はドームの中ほどにある謁見の間、ではなく露天部にある王族の居館の最上階の応接室だ。
戦時中、という事もあって側面は窓すらないけど、天井は強力な魔法障壁を付与されたジオードガラスが張られ、光も差し込み開放的な雰囲気だ。
ちなみにここを第三新ブラディアと呼んだのは歴史的に正しいらしい。
解体したブラディアは第二ブラディアで、第一ブラディア、つまり初代辺境伯の拠点はもっとアルドヴィン側の開拓村だったらしい。
「それで、今までなぜ女王……いえ、辺境伯のご息女だって教えてくれなかったんですか?」
それまで失礼なことをした訳じゃ無いけど、教えてくれれば色々とやりやすかったのに。
リュオネも気持ちは同じ気持ちだ。
「あら、あなた達がそれをいうの?」
優雅にテイを口にしながらいたずらっぽくほほえむリザさんに僕もリュオネも言葉に詰まった。
二人とも身分を隠すという点で、他人をどうこう言えた身ではない。
「冒険者ギルドと行政庁で働く際、仕事上やむをえない場合をのぞいて身分を明かすなとお父様にいわれていたのよ。だってそうじゃなきゃ特別扱いされちゃって、現場でもまれるなんて到底むりでしょう?」
昨晩の宴会では食堂のカウンターで結構身ばれしそうな事をいっていた気がするけど、そこはいわないでおこう。
「そうだったんですね。すみません、責めるような言い方をしてしまいました」
「良いのよ。こうして身分を明かした以上、二人とはなるべく早く話し合っておきたかったんだから、なんでもきいてちょうだい」
さっきまでの話であらかた訊いたからな。
「グランベイの砦にリザさんが入らないなら、あそこは誰が入るんですか? アーヴル侯ですか?」
「いいえ」
そういってテイのカップをテーブルに置こうとするリザさんの所作はとても自然だった。
「アーヴル候にはロター伯とともにバフォス海峡で戦ってもらいます。グランベイにはグランドル伯爵とリズが入ります。リズにはいざという時には私の代わりになってもらいますから」
「……そうですか」
僕は目を伏せてテイのカップに手を伸ばす。
今の一言で過去の情報のいくつかがかみあってきた。
今は下世話な憶測に過ぎない。でもこの話題はこれ以上は避けた方が良い、ということだけはわかった。
場が沈黙した所で、私からも、とリュオネが口を開いた。
この口調だと皇族としての質問だな。
「失礼を承知でうかがいますが、私達にこの場所を提供したのは、ここが重用拠点になるとわかっていた上でされていたのですか?」
リュオネがいいたいのは、いずれ重用拠点になる第三十字街に皇国軍を縫い止めるために、意図的にこの街に難民を住まわせたのか、ということだ。
意図的であったなら、同盟国に対して礼を失する態度と言わざるをえない。
「いいえ、場所は消去法で決めました。まずブラディアやロター、グランベイは外しました。街に隣接すれば明らかに既存住民と対立するでしょうから」
なるほど、例えばロターの荷運びの仕事に難民が殺到すれば混乱してしまうということか。
「逆に、責任問題になるので王国の目の届かない未開拓地に皆さんを送り込むという訳にもいきません。だから第三十字街の周囲に居留してもらうことにしたのです」
真実はわからない。
でも、訊く事は互いの信頼関係を強固にするのに必要な事だ。
真剣な顔で見つめ合っていた二人の間にあった張り詰めた空気が和らぎ、互いの顔を見合ってクスリと笑う。
そこまできいて、リュオネも表情を和らげ、軍の責任者としての仮面を取った。
冒険者と受付嬢として出会った二人が実は国を背負っている立場だったなんて、当時は想像出来なかったな。
「更に言うなら、最初は独立戦争は第二長城壁の内側及びロター争奪戦になると考えていたの。これまでの戦争で軍隊が広く展開する事はなかったから。でも、魔鉱銃とその運用方法を教えられて、参謀達と頭を捻った結果、第三長城壁の内側まで戦場にする事を決めたのよ」
やっぱり魔鉱銃か。
あれのせいで一般兵が皆強力な魔法戦士になるんだから当然か。
軍参謀という専門家からみてもあの兵器は戦争のあり方を変えてしまうものなんだな。
少し目線をあげ、ガラスの向こうの空を見ていると、テイの湯気で曇った眼鏡を拭いていたリザさんがふと顔を上げた。
「そうだ、この際だから提案するけれど、【白狼の聖域】の技術者に軍が都度依頼をするのは非効率だと思うの。魔鉱銃の開発に、王国の技術士官を参加させられないかしら。【ガンナー伯爵軍】と【白狼の聖域】の両方にお願いするわ。どう?」
開発現場に軍の士官を同席させるか。
理にはかなっているし、利益を得られるなら問題はない。
皇国軍トップとして訊かれることがわかっていんだろう、顔を向けるとリュオネが笑顔でうなずいてくれた。
「「問題ありません」」
「——プッ」
次の瞬間、僕たちの回答に面食らったかのように目を開いて固まっていたリザさんが吹き出し、大笑いをはじめた。
口元こそ上品に隠しているけど、酒が進んで笑い上戸になったフィオさん並みに笑っている。
クックッとまだ笑いが止まらない様子で、両手の平で口元を隠しているリザさんをどうしたものかと二人顔を見合わせながら見ていると、おなかをひきつらせながらこちらに謝ってきた。
「ご、ごめんね、二人があんまりに息がぴったりだったから、可笑しくて……」
ふう、と息を整えると、今更恥ずかしくなったのか、顔に手を当てたりあおいで風を送ったりしている。
「はあ、今日はここまでにしましょうか。これまではここと第二ブラディアを往復していたけど、これからは基本この中央塔にいるから、また時間を作って、今日みたいに話しましょう」
頃合いみたいだ。
最後だけ僕らは王に客と旗下の貴族としてあいさつをし、部屋を後にする。
「——ザート君」
「はい、なんですか?」
リュオネが先に行った後、リザさんに呼び止められた。
「リュオネちゃんはきっと、自分の立場に捕らえられてしまう子だから、どうか、貴方は手を離さずにいてあげて」
こんなに心をむき出しにした懇願に対してどういう意味か、と問うほど僕は人の心の機微に疎くないと思っている。
多分、リザさんは、手を離してしまったんだろう。
次のソフィス家当主として、——として。
「わかりました。離しません」
自信をもって言い切ると、リュオネに過去の自分を見たリザさんはそれまでの不安がほどけていくように笑った。
女王の間から手を振って見送るのは、果断な決定を次々とする女王ではなく、僕と同じくらいの歳の儚げな少女の姿だった。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
打ち合わせとみせつつ、旧世代の人間模様をにおわせつつな回でした。
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