第56話【異界門封印の儀式】


 しばらく慰められていたクローリスだったけど、警戒しながら魔獣の死体を始末し、異界門にもどる頃にはいつもの様子にもどっていた。


 次は遅くなってしまったけど二人の紹介だ。

 神像の前に二人を並べ、異界門の手前に皆を並ばせる。


「……あー、狩人をやっていたジョンだ。なんていったら良いんだ……とにかく、ここにいる皆には感謝のしようもねぇ恩ができちまった。ありがとう」


われはシャスカ=アルバじゃ。代々この世界の主神をしておったがエルフどもにはめられてのう。異界門の封印をする奴隷としてこき使われておったのじゃ。このジョアンに助けられたが異界門事変の混乱でこやつともども異界で動けずにいた。礼をいう。あ、それと我が神という事は秘密じゃ。ゆえに我の事は気軽にシャスカと呼んでくれて良いぞ」


 神様うるさ!

 灰色の髪をくるくるといじりながら訥々とつとつと自己紹介するジョアン叔父に対して、シャスカは満面の笑顔でケラケラ笑いながらこれまでの半生を三行にまとめてきた。

 それに対して帰ってきたのはリュオネ達の微妙な反応とまばらな拍手。


「ジョアン、なにかすべった様な気がするぞ」


「いきなり神とか言われても普通理解できねぇだろうからあきらめろ。あと俺はジョンだ。間違えるんじゃねぇ」


 解せぬという顔で見上げてくるシャスカに対してジョアン叔父がため息をついている。

 いや滑る滑らない以前の問題だよ。

 わたし奴隷やってましたって女の子に明るく言われてまともに反応できる人がいたら教えて欲しい。


「ジョンもジョアンも大して変わるまい。お主ら知っておるか。こやつぼっちで冒険者をやっとった時以来、なめられぬように口調をかえておるのだぞ。本来の口調は甥のザートより丁寧なくらいじゃ」


「後輩の前で余計な事いうんじゃねぇ!」


 あわててシャスカの口をふさぐけれど、叔父さん顔真っ赤です。

 そういえば、ジョアン叔父のアルド家はウェーゲンより上品だったな。

 とか余計な事は言わないようにしよう。


「あの、すいませんシャスカ……様。なるべく早く異界門を封印してもらわないと困るんですが」


 ギルベルトさんが手を挙げ、皆の心を代弁してくれた。

 ありがとうギルベルトさんありがとう。


「そうじゃったのう! とっとと済ませるか」


 ジョアン叔父に口をつかまれていたシャスカがするりと抜け出し、そのままトテトテと神像の正面に立った。

 しかし柩のふちに手をかけたシャスカは、中をのぞき込んだ体勢のまま固まってしまった。


「ジュニア! お布施がないではないか! どこにやった!」


 こちらを振りかえったシャスカがカッと吠えた。

 ジュニアって呼ぶな。

 さては僕が嫌がるのをわかってて言ってるな?


「お布施ってジョンさんに言われた血殻柱一万ディルムでいいのか? 魔素は入れて置いて良いんだよな?」


「うむ、魔素たっぷりでたのむぞ!」


 なんか屋台の注文みたいになってるし。

 急かした手前、僕もとっととすませなきゃな。

 ふんすと柩の前で鼻息を荒くしているシャスカの前でレナトゥスの刃を取り出して神像に突き刺した。


「お、おま、お主! それ我の初代の姿なのじゃが⁉」


「あ、そうなんだ? でもこれが一番速く転送できるから」


 なにか驚愕の表情で手をせわしなく動かしているシャスカを尻目に血殻柱を神像へと移していく。

 

「ジョアン! お主の甥が神をもおそれぬ所業をしておる! なんか怖いぞ!」


「ああ、正直俺も怖ぇ。どうしたら神像の右眼を刀にするなんて発想になるんだ。なんか姉貴を思い出すぜ」


 後ろでぼそぼそとうるさい。

 大量に移さなきゃいけないんだから集中させてほしい。


「はいおしまい。それじゃアルバ様、封印の方お願いします」


「お主ぜったい馬鹿にしとるじゃろう、叔父に嫌なところで似よって……まあよい。では両眼をかりるぞ」


 正しい名で呼んだだけでなぜ馬鹿にしている事になるのかわからないですね。

 首をかしげつつ、差し出された小さな両手に二つの指輪を乗せる。

 青い石の指輪が神像の右眼で、赤い石のが左眼だ。

 赤い石の指輪は身につければあの赤い雷を出せる。


「しばらく声だすの禁止な」


 ジョアン叔父が人差し指を口にあてるのにうなずく。

 みながうなずく中、シャスカは二つの指輪を柩に入れ何かをつぶやいた。

 するととじられていた神像のまぶたが開き、紫晶色に静かに輝く瞳が現れた。

 それと同時に柩が形を変え、神像の台座と同じ物になった。


 シャスカがそれに座り、最初に出会った時のように結跏趺坐の姿勢になる。

 すっと眼をとじた瞬間、場の空気が一気に変わった。

 今、この場所が侵されることない結界になっている事を肌で理解する。


 半分とじられたまぶたからのぞく虹色の瞳は離れていてもぞっとするほど人間離れしている。

 怒ったり笑ったり、どれだけ人間くさくてもやはりシャスカは神なのだとあらためて理解した。



界は界の際より生じ 自ずから生ずるにあらず 


界は星天森羅に至り 万法是を保たんが為生ず


万法は一に帰せども 万象は一に帰する事なし 


万象一に帰せしむは 畢竟ひっきょう界を寂滅せしむ事也



鈴が鳴るような声でなされた詠唱と共に洞窟に七色七枚の膜が張られる。

膜は七色をした一枚の膜になり、次第に光を失い透明になっていくけど、儀式の始まる前と違い、膜の向こうに異界の景色は見えない。

あるのは地面と同じ、火口より生まれた黒々とした岩だけだった。




    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


【解説】

最後のエセ漢詩は訳わからんと言われそうなので訳文を載せます


世界はより大きな世界の端から生まれるものでゼロからは生まれない

世界が成長すれば、それを保つため様々な法則がうまれる

しかし各世界の法則が一つでも、世界の一切の事物は一つではない

一切の事物を同じとみるならば それは結局世界を消し去る事である


難しめな事を言ってますが、世界の境界は分けろ、物のやりとりするな

という主張を詠唱して異界門の封鎖をしているわけです。



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