第45話【二度と失いたくないもの】


 コズウェイで調整を終えた僕は第三十字街に戻った。

 北西から歩いて街に入ったけれど、早朝の十時街にもう浮ついた雰囲気はない。

 ただ、年が明けた証拠のように汚れた雪だけが建物の影に残っているだけだ。


 十字街の長城路が交わる所にでた。

 素朴な馬車の停留所だった頃の面影はなく、代わりにジオードガラスが多く使われた円筒状の建物が立っている。


「少し休んでいくか」


 ここ”十字街中央塔”は行政庁や冒険者ギルドなどがまとめて入居する建物で、地下のドームの中央にそびえる柱状建築の入り口でもある。

 けれど、一階の一部には長椅子が並べられていて、馬車を待つこともできる。


 木の扉を開けて中に入り、どこに座るか迷いながら人気のないベンチの前を通り過ぎていく。


「良かった、ザートだ」


 ジオードガラスごしにシリウスがみえるベンチには、インパイアパープルのマントに身体を包んで微笑むリュオネの姿があった。


 ただいまとおかえりを言い交わし、隣に座る。


「準備は出来た?」


「ああ、格上相手の個人戦闘の勘は取り戻せたと思う。そっちは?」


「大丈夫、コトガネ様と一緒に魔道具を使った練習も繰り返したから準備は万端だよ」


 そういってリュオネが拳を握る。

 リュオネとコトガネ様は魔人を弱らせるマガエシが使える。

 魔人ジョンとの戦いでは直接切り結ぶのはシルトと僕に任せて、マガエシを使った支援をしてもらう予定だ。


「シルトはまだ戻ってきてないのか?」


「うん、まだ帰ってないよ」


「そうか、あいつが戻ったら戦闘するメンバーの準備はできるな」


 その次は、と言いかけてやめた。

 シリウスは目と鼻の先なんだから、他のメンバーの準備具合なら直接いけばいい。

 朝の待合所に静寂が広がる。



——アルドヴィンで諜報員が一名、殉職しました。


 大祓の夜、シリウスで団員の訃報をきいた時の事を思い出す。

 その場にいたのはスズさんとリュオネと僕だ。

 クランが始まってから実質初めての死者が出たことに、動揺する心を押し殺して詳細な内容を聞いた。


 それによると、彼はウジャトの情報を学府最深部の魔法考古学研究所で探っていて、ウジャト教団の核心部にたどり着いたけれど、そこで学府の何者かにみつかり殺されたらしい。


『軍人は落ち込むほどやわではありませんが、訃報を聞いていたまないほど死に麻痺しているわけではありません。祝いの席が終わるまでは伏せておきましょう』


 スズさんの言葉で、僕とリュオネは情報をしばらく僕らだけにとどめることにした。


「僕が出発した後、クランの雰囲気はどうだった?」


「うん、少し引きずる人もいたけど、後は問題ないよ」


 リュオネが少し悼むような表情をする。

 それは死者ではなく、僕に向けられているように思えた。

 無理はないと思う。

 僕と皇国軍の皆とでは隣人の死に立ち会った経験が圧倒的に違う。


 異界門事変を生き残った皇国軍と合流したのはバーゼル帝国との紛争で経験をつんでいた兵士だ。

 更に追加で来た第二大隊は帝国との海戦で敗れ、指揮官のコトガネ様を含めて多数の同僚を失っている。

 元皇国軍の団員は同胞の死を多く経験している。

 そしてそこにはリュオネも含まれているのだ。



 ……僕は無茶をしてでもマザーのところに行くべきだったんだろうか。


 違うのはわかっている。 

 面識がないはずのマザーの所に僕が行ったとアルドヴィン側にばれれば、シルバーグラス一族に裏切りの疑惑がかけられてしまう。

 僕が考えているのは、自責の言葉に見せかけた自己弁護だ。

 リュオネの優しさに甘えて口にしてしまいそうになるのをぐっとこらえる。


「後悔するなら二人で、だよ」


 僕の葛藤を察したのか、あったばかりの頃に送られた言葉を再びリュオネが口にした。


「法具を渡した人に会えない理由には納得したし、封印の鍵を手に入れるために、第八の皆にウジャト教団の情報を集める指示をだしたのも間違っていないと思う。判断の結果をザートだけに引き受けさせないよ」


 そういってリュオネがすこしおこったような表情をみせる。

 そうだな、お互いにフォローしあう。そういう約束だった。 

 僕がリュオネに責任はない、責任は自分にある、と罪の意識に沈めばリュオネにも負担がかかる。

 だから、僕の後悔を半分リュオネに渡す。

 それが二人にとって一番負担が少ないやり方だ。


「それと、この際だからいうけど、ザートが私に隠してなにかしているのは知ってるんだからね」


 リュオネがのぞき込むようにして僕をにらむ。

 一気に拷問祭壇での記憶が蘇り、悪寒が身体をかけめぐる。

 あのおぞましい行為をリュオネに知られた? エヴァが話したのか?

 いや、あの女はむしろリュオネを汚すなと念を押してきたのだからそんなことはおこらないはず。


「理由はあるんだろうから詮索はしないけど、時々つらそうな顔をしてたから」


 僕が表情をこわばらせているとリュオネが表情をふっとやわらげ、かわりに寂しそうな顔をする。


「心配させてごめん」


 知られていないことにはほっとしたけど、心配させたのは事実だ。

 僕が謝ると、リュオネがなぜかじっとこちらを見た。


「うん。言わないって事は教えられない事だろうからきかないよ。でもその苦しみを軽くしてあげたい、私はザートと苦しみも分け合いたいよ。だからしてほしい事があったら言ってね」


 言いきかせるような言葉の途中で重ねられた手が暖かくて、僕はそのぬくもりに全身が包まれる錯覚におちいった。

 リュオネは追求せずに信頼してくれている。

 僕ははかつてシルバーグラス一族のそれを失った。

 もう二度と、いや、リュオネの信頼を、僕は損ないたくない。


「ありがとう。今はこれで十分だ」


 僕はベンチに乗せていた手をくるりと返して、上にのったリュオネの手をしっかりと握る。

 失いたくなくて、現実の存在だと確かめたくてしっかりと握る僕の手をみて、リュオネは恥ずかしそうに笑って一つうなずいた。





    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます


二人は事件がない時も、静かに絆を育んでいる事が伝わればいいと思いこの場面を書きました。




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