第14話【ジョアン叔父と戦う覚悟】

 膜の向こうのハイエルフ達は僕の時のように異変を察知したわけではなかったらしい。

 ひとしきり膜を確認すると去って行った。


 その様子を確認した後、僕達は少し離れた岩場で休憩しながら、コトガネ様から異界で起きた出来事をきいている。


「異界門がそのような危うい状態で封印されていたとは……」


 ギルベルトさんは持ってきたノートに情報を書き付けるとため息をついた。

 予想を大きく超える事実がわかったことで、彼が報告書に書かなければならないことは多いだろう。


 アルマンとペトラさんが大きく肩を落として嘆いている。

 きけば、アルマン達カンナビスは狩人ジョンに助けられた事があったらしい。


「ねぇ……フリージアさんも教えてくれればよかったのに」


 ペトラさんのつぶやきで、フリージアさんの言葉がよみがえる。


『なぜもう少し早く来れなかったのか』


 きいた時には申し訳ない気持ちにおそわれたけど、ジョアン叔父の話を聞いた後では、疑問が浮かんでくる。


 状況から察するに、封印後、封印の鍵が入った神像の右眼はウジャトという集団が回収したらしい。

 それを僕が受け取ったのは今年の春、事変から何年も経った後のことだ。

 ウジャトはそれまで何をしていたんだ?


 この疑問を解消する手がかりは、シルバーグラス一族をまとめるマザー、エレナ・アーヴル=シルバーグラスが知っているはずだ。

 ジョアン叔父と僕がいたシルバーグラス一族をまとめ、僕にバックラーとして神像の右眼を渡した人物が何も知らないはずはない。


「ジョンさんを殺して終わりにはしたくねぇ。ウジャトっていう集団なら別な方法もしってるんじゃねぇか? ザート、こういうのは冒険者の仁義に反するがよ、その法具はどうやって手に入れたんだ? ウジャトにつながる手がかりは今のところそれしかねぇ」


 アルマンが僕を見る。

 他の皆もだいたい同じ結論に達しているみたいだ。


「ザート……」


 隣に座っているリュオネが心配そうに見ている。

 僕がフリージアに名乗った名前を彼女は聞いている。

 そこからおおよその事情は理解できたのだろう。


「……僕はジョンの甥なんだ。どういうわけか、今年の春にジョンの葬儀が行われて、その時にこの法具を形見分けにもらった。だから、喪主がウジャトに所属しているか、ウジャトにつながる何かを知っている可能性がある」


「その喪主は誰なんだ?」


 はやるアルマンをペトラが押さえるのをみて考える。

 ジョアン叔父との関係は教えられても、家名を名乗る事はシルバーグラスへの最後の義理を捨てることになる。

 それはやはりしたくない。


「ごめん、誰かまでは言えない。けれど、その人がいるのは敵国王都のアルドヴィンかアルドヴィン南部で、とても今行ける状況じゃない。出会える可能性があるならば、たぶん戦場だ。けど、その時は話を聞ける状況じゃないだろう」


 こちらの事情を察したアルマンが謝るのと同時に沈黙した空気を変えたのは意外にもギルベルトさんだった。


「いずれにせよ、出来る事はしておくべきです。ジョンさんの話を実行するには一万ディルムという大量の凝血石のカラが必要なのですから、まずその確保からはじめませんか?」


「そう……ですね。今【白狼の聖域】も魔弾その他の材料として確保しようとしていますが、王国からも協力いただけるのであればありがたいです」


 ジョアン叔父によれば、彼の魄には大量の魔素が蓄えられていて、倒すと一気に放出されてしまうらしい。

 封印の鍵を手に入れる僕らが魔人にならないためには、そばにある魔素を吸収する能力をもつ神像に血殻を貯める必要があるのだけど、その際、必要な量が一万ディルムだというのだ。

 今、神像の右眼に入っている血殻は三千ディルム、魔弾など加工に回しているのが千ディルムだ。一万には全然足りない。


「フリージアさんの時のようにするか。いや、無理か……」


 誰にもきかれないようにつぶやく。

 フリージアさんの体内魔素を抜けたのは行動不能にできたからだ。

 一万ディルムの血殻を満たす魔素を持つジョアン叔父を行動不能にして体内魔素を抜く? とてもじゃないけど、無茶じゃないか?


 やっぱり最初の予定通りにするのが一番良い。

 フリージアさんとの約束は守れないけれど、次に異界門が開く時、封印の鍵が用意されていなければ、異界門事変以上の悲劇が生まれる可能性があるんだ。


 それなのに、ちらつく


 穏やかに、希望を抱いて、安らかに目を閉じたフリージアさんの顔が


 ふたたび棺のフタが開いたときに、絶望に染まる彼女の顔が


「ザート」


 不意に呼びかけられて、振り向くと、リュオネが逆鉾をもち、一つ叩いた。

 鈴のような音とともに、翠の粒子が舞い散る。


「私なら切らなくても、魔素を散らす事はできるよ」


 肯定も、否定もしない。

 決めるのは、決める責任があるのは法具を持つ僕自身だ。

 でも、リュオネの勇ましい仕草が僕が本当にしたいことを後押ししてくれた。


「僕らには、ジョンに生きて会わせたい人がいる。そのために、たとえ戦ってでもジョンを生かす。成功の可能性を上げるために、血殻を集めると同時に、ウジャトと接触するつもりだ。みんな、情報を集めるのに協力してほしい」


 腹に力を込め、ぐいと頭を下げると、帰ってきたのは力強い言葉だった。


「俺らも同じだ。返してねぇ恩をようやく返せるんなら、喜んで協力するぜ」


「他人のロマンスのために身体張るのって素敵じゃない? 私もまぜて!」


 顔を上げると、正面には皆の笑顔が、隣にはリュオネの微笑みがあった。

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