第04話【ごねる男爵と突っぱねるクローリス】
〈視点:クローリス〉
工廠を出た私は西側の練兵場にむかった。
途中、そこかしこで工事をしている第三十字街の真下のドームをとおる。
労働者の殆どはティルク難民だ。
現場の隣に住んでいるのだから、当然といえば当然だろう。
そんな彼らの胃袋を満たす屋台は、一本の線上に綺麗に並んでいる。
引き戸になっている大門のレールの側だ。
かつて最前線だった頃とは違って開きっぱなしだけど、建築資材などを置いてはいけないと決められている。
そこに移動式屋台が入り込んで商売をしているのだ。
うーん、グランベイから来た食べ物屋さんがちらほら。
「あ、あつあつのルゥピンがある!」
ルゥピンは簡単にいえばお焼きと肉まんの間のような屋台の食べ物だ。
ルゥという白味噌のようなペーストで味付けした具材を薄いパン生地で包んで鉄板で焼く。
「すいませーん、白マスルゥピンと、グースシェードとコンチャの串焼きルゥピンください!」
前の客に紙袋を手渡した店主のおじちゃんに注文すると、前の人も一緒にふりむいてきた。
「あれ? クローリスじゃない」
目の前には乗馬ズボンのジョッパーズに、ボレロのようなショートジャケットを着たスズさんが紙袋いっぱいのルゥピンをかかえていた。
スズさん、今日オフのはずですけど、もしかしてそれ一人でたべるんですか?
私が注文したものを受け取ってから、スズさんと私は階段で拠点にもどった。
いい加減だれか拠点に名前をつけてくれませんかね。
不便でしかたないですよ。
「どこで食べる?」
「うーん、とりあえずここにしましょう」
一階の食堂フロアのテーブルの一つに荷物をおいてバーカウンターの女の子に飲み物をたのむ。
フィオさん夫妻のコロウ亭で働いていたネズミ獣人の子で、ちょこちょことコマネズミのように働くのでクランの団員にも人気だ。
「じゃ、たべましょうか」
そういって紙袋からルゥピンをとりだすスズさん。
「ねえスズさん、この後誰かと待ち合わせとかあります?」
「え? ないけど、どうして?」
「んーん、なんでもないです」
一人でそれ全部食べるんですね。
スズさん、大食いにもほどがありますよ。
「そうだ。お休み中に悪いんですけど、新しい防具の素材について聞いてもらえます?」
不審そうにみるスズさんの追求をかわすため、さっきウィールド工廠での事を話す。
ルゥピンを次々とおなかにおさめながら私が見せる資料にうなずいている。
キリッとした美人はルゥピンをくわえていても様になりますね。
「ふむ、マントで敵の魔法や魔弾を防げるならたしかに良いですね」
左半身をマントで隠しながら膝射する方法を説明すると、スズさんは細い顎をうなずかせながらルゥピンの残りを口に放り込んだ。
「ですよね。敵が魔鉱銃を持ち出してきても、伏せ撃ちせずに膝射で応戦できるなら、兵の機動力が一気に上がります」
良い感触なのでもう少し煮詰めて他の人にもみせる書類にしましょう。
その後も食べながら他の装備について計画の進み具合を話していると、リザさんが拠点に入ってきて、まっすぐこちらにむかってきた。
「クローリスさん、グランベイのファストプレーン男爵がもうすぐ貴方たちに会いに十字街にくるようですよ」
「え? そんな先触れ来ませんでしたよ?」
ザートとリュオネが休暇の今、貴族が来るなら私が対応しなければいけない。
けれど私はそんな事きいていない、はず。
あれ、もしかしてやらかした?
「さっき私が居住区を視察して庁舎を開けているときに、先触れがきたらしいのよ」
信じられないでしょう? とリザさんが頭をふる。
私が忘れているんじゃなかったとほっとする一方、怒りがこみ上げてきた。
あのケチ男爵、なぜアポなしでいけるとおもったんでしょう?
そして行政官を先触れがわりにするなんて、薄々きづいてましたけど、ダメな人なんですね。
―― ◆ ◇ ◆ ――
ギルドと行政庁が入っている建物の会議室で、ふたりで待っていると、男爵が肩で風をきって部屋に入ってきたので立ち上がってむかえた。
あいかわらず斥候にいそうな小柄な身体と態度のギャップがすごい。
「なんだ、白狼姫が出迎えるかと来てみればお前らか」
側近を後ろに従え、上座の席に横柄に座る男爵。
しょっぱなからナチュラルなセクハラです。
リュオネは接客要員ではありません。
だから対応したくなかったんですよ。
「副団長は休暇をとっておりますので私どもがご用件をおうかがいします」
そういって明紫色の髪をゆらし、メガネをくいっとあげる今日の事務方様。
あまりご機嫌はよろしくない様子だ。
「民も官も、ここは全然なっとらんな。王国の行政官も不在で引き継ぎもまともにされていない。いっそわしがここで代官になってやろうか」
高笑いする男爵様だけど、ちょっと笑いどころがわからないですね。
「本日はどのようなご用件来られたのでしょうか?」
「ふん、いきなり用件か、まあ平民に多くを求めてもしかたあるまい。お前達のクランでは攻撃魔法をうてる魔道具を使っていると聞いた。それはどうやって作った?」
アポなしできた人に言われたくないです。
用件は魔鉱銃か。
たぶん第五中央砦の事件が起きたときクラン総出で警備して魔獣も撃退したからその時に魔鉱銃の事を知ったんだろう。
「製法は職人の財産ですので、いかに男爵閣下といえど教えるわけには参りません」
問題はわざわざ男爵本人が魔鉱銃を手に入れようと出向いている事だ。
ここで求めるものが手に入らないと貴族の面目が潰れた、など色々面倒なことになる。
「ふむ。それはその通りだな。ではその職人に引き合わせよ」
貴族らしく、おうようにうなずく男爵。
ああもう、早く結論に行きたい。魔鉱銃は渡せないといったらだめですかね?
「職人はクランの団員です。そして私がそのとりまとめをしております」
男爵のこめかみがピクッとなる。
職人個人ならなんとかなるとふんでいたんだろう。
「ではお前達に依頼する。その、なんとか言う魔道具を製造しろ!」
まわりくどいやり方に自分で嫌になったのかいきなりの命令口調だ。
「申し訳ありませんが、製造しても納品はかなり先になります。魔鉱銃は先約がたいへん多く、順番に納品せねばならないからです」
「先約? どこのクランだ、申してみよ」
どうやら先約が多い、というのをただもったいぶっているだけだと思ったらしい。
なぜ顧客が一般の冒険者だと思ったのでしょうか。
「クランではありません。グランドル領、バーベン領、ニコラウス領、コズウェイ領、ロター領……第一にブラディア王国より相当量を受注しております」
一気に言い終えた後に残ったのは沈黙だった。
男爵陣営は一言も発せられない。
自分が六爵のなかで一番出遅れていた事に気づき、同時に魔鉱銃を手に入れて帰るというもくろみが叶わないとわかったのだろう。
領の名をあげるごとに男爵の顔が青くなり、赤くなっていった。
―― ◆ ◇ ◆ ――
「男爵は帰りましたか?」
「ええ、グランベイにね」
会議室を飛び出した男爵はこの街にすら居たくなかったらしい。
出張からもどってきた行政官として見送ったリザさんが会議室に戻ってきた。
「おつかれさまでした。それで、あんな感じで良かったんですか?」
リザさんの眼鏡を渡しながら今日の首尾について訊く。
「ええ、ありがとう。おかげで王様に報告する良い資料がつくれそうよ」
明紫色だった髪が、明青色へと変わっていく。
借りていたゾフィーさんの眼鏡と私の髪色を変える魔道具をさしだしたリザさんは明るく、そして
ホントに、今日の事務方様はこわかった。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます!
男爵とクローリスが交渉している席の後ろにいたのはゾフィーさんではなく、
男爵のダメさを報告するためにゾフィーに変装したリザさんでした。
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