第31話【魔人への救いは存在するか】


 装飾のない建物、大型の馬車が一周できる中央広場。

 他の十字街と同じ倉庫街らしく、露天部分の人通りはない。

 一見して第五中央出城は何も異常がないように見える。


「ぇぎ」


 倉庫の中から奇怪な声が聞こえる事以外は。

 

 追ってくるどころかこちらに注意すら向けていない者達の声は苦悶ではなく、養鶏場の鶏のような知性のなさを感じる。


「リュオネ、この中を確認してみよう、銃を構えてくれ」


 こういうとき発動が遅い土魔法は不利だ。

 銃があって助かった。


 音を立てずにドアを開けて事務所に入る。

 荒らされた書類の上には赤い封蝋がぽたりぽたりとおどっていた。

 封蝋は倉庫の奥へと続いている。


 目で追っていくと、 倉庫の事務員らしい男の足がスライムのようなものになっていた。

 

「えぎ」


 男の表情に知性はなく、ただ時々、しゃっくりのように鳴き声を上げているだけだ。

 

「シルトの時と似たような症状だ。過剰な魔素で肉体の形が保てなくなっている」


「あの時はかなり時間がかかったけど、同じように魔素を吸いきって戻せるかな?」


「浄眼でできるかやってみよう」


 右眼の視界にうつる白い光を吸い取るように意識する。

 けれど、さっき魔人に試したように足の白い炎から光が供給されて光が消えない。


「できないな。けど接触して魔力操作と併用すればできるかもしれない」


 この際だ。

 浄眼で出来る事は知っておきたい。

 拘束用に使う鋼糸で男をうつ伏せに縫い止め、右手から魔素を収納していく。


 リュオネがコトガネ様から聞いた話では、牙持ちに襲われてもすべてが牙持ちになるわけではないらしい。

 牙狩りはそういったなり損ないも、慈悲という理由で消しているという。


「やはり直接吸うより早いけど、すぐにとはいかないな」


 時が刻々と過ぎていく。

 これだけ時間が必要なら、少なくとも戦闘中に行うことは無理だ。


「……吸いきった。白い炎がかすかに残っているだけだ」


 これが事務員が本来もつ魔素なんだろう。

 左足も普通のお大きさに戻っている。

 これで彼の意識がもどれば……



「ぇぎぃ」


 三度、男の鳴き声が倉庫にひびいた。

 離れて鋼糸を消しても事務員は立ち上がる事なく、床にうつ伏せている。

 沈黙が場を支配する。



 これは浄眼の能力をしるための実験だ。

 善意ではない以上、期待と違っても罪悪感は感じる必要はない。


 もともと魔人になった人を元に戻す方法はない。

 けれど心の中で、浄眼という未知の能力ならば、いつか大切な人が魔人になっても元に戻せるかもしれないという期待を、僕は傲慢にも持ってしまった。


 だから落胆する気持ちをは認めざるを得ない。

 さらに遺族の悲しみを思うと心も重くなる。


「ザート、私がするよ」


 男の理性が戻ってこない以上、このまま生かしているのは酷だ。

 僕が無言でうなずくと、リオンも無言のまま男の背に逆鉾をつきさし、マガエシでその肉体を血殻とわずかな魔素に変えた。


「……勝手に実験につかって悪かった」


 偽善とわかっていても事務員に向かってつぶやいた。

 けれど、リュオネは静かに首をふった。


「ううん、ザートが悔やむ必要はないよ。出来るのにやらなかった訳じゃ無いんだから。もし、そんなときが来ても後悔は二人でしよう」


 古城でグレンデールを倒した後、二人で約束した事だった。

 その言葉で、僕は頭を切り替えた。 


「そうだな。ありがとう」


「うん」


 僕を安心させるようにリュオネは笑った。

 一人で勝手に後悔に苦しめばリュオネも苦しめる事になる。

 自己満足の後悔はやめよう。


「まだ複数の魔人がいる可能性が高いから、気を引き締めよう。ためらっている場合じゃない」


 ためらえば隙が生まれる。

 僕らに魔人は救えない。

 改めて教えてくれた事務員に、懺悔のかわりに感謝をして、僕は倉庫を出た。




    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます!


今回は少し暗い話になりました。

この世界の冒険者が魔獣、魔物を倒すのとは違って、倫理観や自責を押し殺して魔人を倒している。という感じが伝われば幸いです。




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