第15話【怒れるクランリーダー】


(カンカンカンカンカン、コッコッコッコッコッ)


 相変わらず改装工事の音が響くギルドの会議室で、僕とショーンとショーンの兄である傭兵のバシルが椅子にすわり、対面のリザさんの言葉をじっとまっている。


「……事件の経緯は承知しました。傭兵のバシルさんはアルバ地方の警戒区域がティランジア地方のそれより広いことに気づかず街に近づき過ぎてしまった。危険を感じた【白狼の聖域】の団長は魔法で威嚇し強制的に着陸させ身分をただした。すると、自らのクランが雇った竜使いであることが分かった……これで良いかしら?」


 良いも悪いも無い。

 クランが雇った傭兵が『避難訓練』と称してわざと警戒区域に入ってきました、なんて公式に発表できるはずがない。

 報告した内容を元に、行政官としてのリザさんが事件に落着をつけるために描いてくれたシナリオだ。

 こちらが知らない事情までも加味してくれた内容にケチをつけられるはずもない。


「はい……本件は【白狼の聖域】の連絡不足のため起きたものです。以降はこのようなことが無いよう努めます。この度は当クランが第三十字街の皆様にご迷惑をおかけしたこと、団長として心よりお詫び申し上げます……お収め下さい」


 王国に提出する報告書に添える謝罪文を読み上げ、リザさんの方に差し出す。


「はい、受け取りました……王国も今の第三十字街の軍事拠点化には力を入れているから罰も注意程度で済むだろうけど、お互い忙しいんだから、仕事を増やさないでよね」


「もうしわけないです……」


 クランメンバーが十字街の元の住民に謝って回っている事を伝えると、ようやくリザさんが書類を横に置いてくれた。

 行政官として厳格な仮面をつけていたリザさんの表情がようやくやわらかくなる。


「それで、新人さんはだいたい事情は把握しているのかしら?」


「あ、もうだらけてもいいっすか?」


「限度はありますけれど、楽にして結構よ」


 リザさんのお許しがでるなり、僕の両側から大きなため息がでた。

 ショーンもかよ、さすが兄弟だな。


「あー、そう、事情ね。スカウトからブラディアが戦争するって話はきいてるわ。で、【白狼の聖域】はできたばっかりのブラディア王国が皇国との関係を保つためティルク人を保護するクランなんだろ? きいてるきいてる」


 だらしない態度と話し方にリザさんの目尻が跳ね上がったけれど、当人は気にした風も無い。

 文化的なものもあるだろうけど、竜使いだもんなぁ。

 怒られたら逃げたら良いという感じなんだろう。


「俺たちってティランジアの小国が小競り合いをするときに雇われて出張でばるんだけどさ。長年の付き合いってのもあるし、どこの国もなあなあでやってきたのよ。でも今回の話はそうじゃないんでしょ?」


 ショーンを三倍だらしなくした態度にショーン自身が頭を抱えている。

 少しは自分の態度もくいあらためたら良いんじゃ無いかな?


「そうね。だいたいはそんな感じね。でも他の皆、特に副団長のリュオネにそんな口をきいたら後悔するわよ?」


 団員みんなが敵にまわるからね。

 リザさんのいらだちが増えてきた。

 この二人相性悪いかもな。


「皇国の姫様なんだろ? 大丈夫、さすがにトップには丁寧に接するさ」


 ん?


「団長は隣のザート君だから、彼にも丁寧に接した方が良いわよ」


 まあ、バシルが自由人だとしても、今回の件で皆悪感情をもってるし、上下関係に厳しい皇国人が団員の大半だしそうして欲しいな。

 とかおもったんだけど、バシルはんー、んーとなかなか首を縦に振らない。

 そこは悩むところか?



「いや、俺のポリシーの問題でだめだわ。だってこいつ、皇国軍がクランの皮をかぶるためのお飾りなんだろ?」



 会議室の空気が一気に固まる。

 左となりの人間との間の空気がひりつくようになっていく。


「勘違いしないで。ザート君は実力でも、統率力でもクランのリーダーとして認められているわ」


 リザさんが取りなしてくれるが、収まる事がないのはリザさん自身わかっているだろう。

 僕とバシルの間の空気がはらむ熱量はもう散ることができないほど高まっている。

 それでもバシルの顔色は変わらない。

 悪気がないんだろうな。

 挑発じゃなく、本気で信じている事を曲げるという事を知らないんだろう。

 ふざけた態度のわりに頑固な男だ。



「そりゃ姫様の愛人はそうでなきゃならないからだろ」



 だって本当の事だろ、といわんばかりの子供っぽい口調で遠慮無くこちらの我慢のフタというものを踏み抜いてきたな。

 ふむ、何をきいてそういう結論になったのかわからないけど、とりあえずやらなきゃいけないことがあるな。


「ショーン、そっちの文化の決闘ってどうやって申し込むんだ? あと命はかけなくていいんだよな?」


「あ、ああ。左手の握手だ。それで、相手が右手での握手を求めたら握る。それで成立する。命はかけない。こっちの決闘と同じだ」


 ショーンの方を向くとなぜか目をそらされたけど、作法は理解できた。


「バシル。さっきの物言いは不愉快なのでとりけせ。取り消してもむかついたから決闘を申し込むけどな」


 こちらの敵意が伝わったのだろう。

 長いまつげの目を大きく開き、犬歯をむき出した獰猛な笑いを浮かべるバシルはきちんと左手を差し出してきた。

 僕も同じ顔をしているだろう。

 今度は文化の違いで逃がすわけにはいかないからな。





    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただき、ありがとうございます。



次回、キレキレなザートをお送りいたします。




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