第06話【リザさんとの交渉】

  

 木の伐採には手順がある。

 まず倒れた先に空間があるか確認する。他の木に引っかかると手間だからだ。

 さらに下草を刈って足場を確保。そこから木を切っていく。


「デボラさん、おねがいします!」

「いくよ!」


 僕が出した岩の上からデボラさんが大斧を太い枝にたたきつける。

 下から二回、上から一回刃をたたき込むと枝が幹から離れたので、すかさず大楯で収納する。

 けれど、木だけに集中しているわけにもいかない。



「団長ー! マンティコアが二匹結界に入りました! そっちに向かっています!」


 もう一つの岩の上からミワが警告するのと同時に森の木が次々に揺れる。


「団長! マンティコアは初撃の後に毒の針を打ち込んでくるよ!」


「わかった!」


 デボラさんの邪魔にならない用に前の空間に飛び降りて待つと、枝のすきまから虎の身体とドラゴンの羽根と尻尾をもつ魔獣がおどりでてきた。

 全体が白く、先だけが紫の尻尾が毒々しい。


 木の上を飛び回れるような強い前足による攻撃を避けると、アドバイスの通り尻尾の先を向けられたと同時に大楯を出す。


 毒針の収納を確認する間もなくかみついてくるマンティコアの首の下をかいくぐってホウライ刀で切りつける。

 地面に落ちた所でとどめをさすと、マンティコアの身体は黒い泥に変わった。


「ザートおつかれ! こっちも終わったよ!」

 

 振り向くとリュオネが凝血石を手にしてかけてきた。デボラさんとミワも後ろにいる。



「こういう邪魔が入るから森林伐採って人気ないのよねー」


 デボラさんがぼやくこの依頼をなぜ僕ら【白狼の聖域】の銀級メンバー四人がこなしているのか。

 それには理由がある。



   ――◆◇◆――


「ふふ、来ちゃいました」


 十字街のギルド派出所に呼ばれたので行ってみると、そこにはリザさんがいた。


「……僕達、なにかやっちゃいました?」


 なぜリザさんがこんな所に来るのか。

 建設中のギルドの建物を見に来たついでなのか、それとも僕か僕らがよほど何かやらかしてしまったのか。


「そうね、主にザート君がやらかしたのかも。しかも複数件」


 複数件!


 やはりあれか。

 ハンナ達難民団を救出に行った時のことが外交問題になったか。


「……なにかすごい青い顔をしてるけど、多分違うと思うわよ?」


 ソファをすすめられ、対面に座るとリザさんがいくつかの資料を渡してきた。


「これは……先々月のバーベン領の凝血石買取量?」


 目で追っていると、リザさんが芝居がかったジト目でもう一枚同じ様式の資料を渡してきた。


「日付は先月ですね……一割強減少していますね」


「バーベン支部に冒険者から、理由不明の魔獣の減少が起きているって報告がはいったの。貴方たちが活動を始めたのは先月くらいからよね?」


「僕達がこの現象の原因だと?」


 ちょっと顔をしかめてみせる。

 状況証拠だけで判断されるのは不本意だ。


「断定はしないけれど、一度生まれた疑いを振り払うのは難しいでしょう? 今のうちにボランティアをして心象をよくしておくのをおすすめするわ」


 僕らに割の良くない仕事をたくさんやらせようというのがリザさんの狙いだろう。

 カップに入ったテイを冷ますふりをして静かにため息をついた。

 リザさんに確証はないはず。

 それでも僕はボランティアをする。

 今のうちに評判を上げておくべきという指摘は正しいからだ。

 そして……やらかしたのが僕、というのも正しいからだ。


(魔素だまりをつぶしすぎた!)


 後悔先に立たずというやつだ。

 凝血石が少なかった時、魔獣を倒すより簡単だから、魔素だまりから魔砂をごっそりとトロールしていた。

 多分それのせいでわいて出てくる魔獣が減ったのだろう。

 

「確かに新参者ですから、そういった所には敏感になるべきですね。ただ僕らもブラディア王からの支援だけでは活動が難しいので、第三長城外の活動をやめるわけにはいかないんですよ。今旧皇国軍の冒険者が”本当の”実力をみせようと張り切っていますしね」


 けどこの件は逆に利用させてもらう。

 にっこりと笑みを浮かべると、リザさんにため息をつかれた。


「ザート君、あなた、だんだんあの人に似てきたわね」


 リザさんがどこかアンニュイな笑みを浮かべて資料を受け取るのを黙って見ている。


「あなたたちが第四長城外で活動するならギルドの心象もよくなるでしょう。第四長城外のマンティコア討伐をギルド職員が目視で確認する、という条件で【白狼の聖域】のメンバーが銀級十位とみなせるか、本部にかけあってみるわ」


 第四長城外はほとんどど大森林とかわらない。

 開拓村なんてないし、魔獣の数と銀級冒険者の数があきらかに釣り合っていないのだ。

 【白狼の聖域】の多くが銀級冒険者になれば、僕らは銅級冒険者からのやっかみをさけることができるし、ニコラウス領は開拓が進み、ギルドは多くの凝血石を得られる。


 よし、これで前の幹部会議でうやむやになっていたオットーとバスコの要望がかないそうだな。


「第四長城外で多くのメンバーが活動できるなら僕らの活動費もまかなえるので、よろしくお願いします」



 これですべて勝った、そう思った瞬間、なぜか自分がひどいミスをしたような居心地の悪さを感じた。


「知っているとおもうけど、ギルド職員は引退した冒険者よ。魔素にさらす訳にはいかないから長城の上から討伐の様子を見させてもらうわ」


 リザさんのメガネが光る。これが狙いか……!


 僕はやっぱりリザさんに転がされていたんだ。

 長城沿いの森を大きく削って開けた場所でマンティコアを倒さないとギルド職員は討伐を確認できない。

 しかもマンティコアを追い出すため、その奥の森もある程度手を入れなくてはならない。


「今第四長城壁の外で活動できるのは、ザート君、リュオネちゃん、デボラさん、ミワちゃん……だったかしら? 森林伐採も大変だとおもうけど、頑張ってね。マンティコアの討伐確認は私も立ち会わせてもらうわ」


 ん? リザさんはそんなに本部の仕事を休んでいて平気なのか?

 疑問に思っていた僕の顔がそんなにおかしかったのか、リザさんが今日一番の笑顔を見せた。


「言わなかった? 私、新しくできるギルド第三十字街支部のギルドマスターになるのよ。ブラディア国の行政官も兼ねるから、これからよろしくね」


「よろしくおねがいします……」



   ――◆◇◆――


 そんなわけで、僕ら四人は木を切り倒しているのだ。


「ザート、何遠い目をしてるの?」


 休憩していると、森を散歩してきたリュオネに心配されてしまった。


「うん、リザさんって、長城の上から討伐の様子が見れるのかなって考えてた。リザさん目が悪いだろ?」


「ん? リザさんのメガネって視力矯正用じゃなくて魔道具らしいよ? 用途はおしえてくれなかったけど。だから討伐の様子はみれるんじゃないかなぁ。私達の戦いもみたいって言ってたからがんばろうね!」


 リュオネの力のこもった目を半ば放心した目でみる。


「……そうだな。マンティコアだけじゃなく、グリフォンでもミノタウロスでも目の前で倒して先輩を驚かせてやろう」


 いつの間にそんな話になっているんだ、と言う言葉が喉元まででかかったけど、結局笑って刀の柄を叩いた。

 リュオネのやる気に満ちた笑顔をみていると、交渉事を勝ち負けで考えていたのがばからしくなる。

 今、現役の冒険者である自分達がまわりに見せるべきは武力だ。


「……ところで、手に持っているそれは?」


 リュオネの手の平の上に、球根らしいものいくつかが乗っていた。

 

「カッツェルリリーの一種だと思うけど、地上部が枯れかけだったから詳しくはわからないんだ。百合の仲間なのは間違いないから、育てれば綺麗な花が咲くはずだよ」


 咲いた時の事を考えているのか、穏やかな笑みを浮かべながらリュオネが両手を差し出してくる。

 

 木を切ったせいで明るくなった森のなかで、僕は新たな思い出の植物を収納した。


    ――◆ 後書き ◆――



いつもお読みいただき、ありがとうございます。


もうすぐ貴族になるんだ、と気負っているザートでしたけど、結局リュオネに毒気をぬかれる、という話でした。



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