第24話【幼女にしてライバル】


 第三十字街の東のはしに立つと、うす曇りの空を照らすレミア海のきらめきが遠くに見えた。


 左右に首をめぐらせば、第三長城壁、中央幹線城壁が伸びている。

 僕とリオンは長城壁から二枚ずつ伸びる、白い厚手の壁のできばえを眺めていた。


「うん、やっぱり計画をスズさんにたのんで正解だったな」


 白い壁は居住区の骨組み、連続する長屋の背の部分にあたる壁だ。

 非常時には上を走って逃げられるように長城壁とつながる所には階段もついている。


「うん……そうだね……」


 リオンの声にはいつもの元気がない。

 リオンはさっきからしきりに自分が着ている服を気にしている。


「その陣羽織って元々はホウライのマントみたいなものだったんだろ? それをベースにしたんだからおかしくないよ」


 リオンの着ているのはいわゆる軍服だ。

 防御力の高い鋼糸布こうしふに、さらに魔力をよく通す翠金鋼すいきんこうなどの高魔導金属で装飾されている。


 強力な耐性付与をしてあり、下手な鎧などよりよほど頑丈にできている。

 色もリオンの銀髪とあいまって、とても綺麗だ


「そういう問題じゃなくて……やっぱり今日、このかっこうで出なきゃだめ?」


 うつむき、後ろを振りかえってバランスを確認する様子がかわいらしく、ついだめじゃないです、と言いかけた。


 今リオンが着ているのは幹部専用装備だ。

 エンツォさんやスズさん達がした提案に対して、クローリスがノリノリでつくった一着である。

 戦闘になればさらに血殻をつかった甲冑をつける予定だ。



「うん、外ではその服を着て欲しい。ティルク保護の象徴、というイメージをつけるために幹部装備は重要な要素なんだ。休みの日や拠点の中だったら普段着でいいからさ」


「自分で言い出したことだし、仕方ないか……いいよねザートはそのコートだけで」


 僕の幹部装備はシンプルなマントだ。

 リオンはすねたように僕のマントをみていたけど、諦めたのか一つため息をつき、地上に降りる階段へと向かった。


「それで、今日は居住スペースの規格を決めるんだよね?」


「そう。本格的な難民がくる前に、すぐに休める場所まで作っておきたいからね。ティルクのいろんな種族の人から聞き取りをするよ」



 地上には建築を担当する職員さんが既にきていた。

 しばらくすると意見を聞くために呼んだティルクの人も着た。

 とはいっても、半数は知り合いだ。

 軽くあいさつなどして、さっそくあらかじめ作っておいたモデルハウスをみてもらう。


「へー、難民受入用っていうから最悪遠征に使うテントを想像してたけど、ほとんど宿屋じゃない」


 機嫌良く見回すのは以前領都でトラブルがあったときに知り合った虎獣人のデボラさんだ。

 クローリスからの報告では、彼女はクラン【伏姫】と一緒にクランへの加入をしてくれたらしい。


「実際はクランで用意できるのは基礎だけです。あとは各人で床板や設備を整えてもらうんですけどね」


 さて、見てもらった所で本題に入ろう。


「王国各地から来る人達には、非常時であるとはいえ、可能な限り快適に過ごしてもらいたいと考えています。僕はティルク各国の生活様式について詳しくないので部屋づくりのアドバイスをください」


「あ、はーい」


「はいジェシカ」


 ジェシカは領都でまっさきに第三十字街の居住区への移動を希望してきたティルク人だ。

 なんでも、ウィールドさんがこっちへの移住を希望してきたらしい。


「居住区で商売はできるん? 親方が出来れば工房も作って欲しいって虫の良いこといってるんだー」


 うん、さすがウィールドさん。ためらいというものが無いな。

 まあ、クランの武器もお世話になるだろうし、商工業区の設置ははじめから決めていたので問題ない。


「ブラディア山側の北区に工業区を作る予定だ。あまり凝ったものは無理だけど、炉みたいなシンプルな基礎なら建築時にオーダーしてくれれば対応するよ」


「おぉー。太っ腹だねー」


 ちなみに南区は難民が収入を得るための農場をつくる。

 一か月で食べられるジオード豆の若苗なんかが良いかもしれない。

 東区は居住区として、西区は【白狼の聖域】の練兵場として使う。

 戦時にはブラディア軍や他の六爵軍の駐屯所にもなるだろう。


「あ、あと屋上を希望ー。ひなたぼっこは猫獣人にとって必須」


「あ、我々も。高い所は落ち着くのです」


 ジェシカに続いて一般募集の山羊獣人のおじさんが手を上げる。


「ああ、屋上は全棟につけるので安心してください」


 希望内容をメモしておく。


「はいはい! 兎獣人は地下室を希望します! できれば同じ種族で固まりたいです!」


「そうねぇ、寝室が地下なら安心するかしらぁ。防音ならとくに」


 一般の兎獣人と狐獣人のフィオさんは地下室か……防音にはつっこまないでおこう。


「地下室は地中の家と家の間の壁を厚くすれば防音はできます。避難民は来た順に入居してもらいますから同じ種族で固まるのは難しいかも……相談してみます」


 うーん、いろんな好みがあるもんだなぁ。

 皆の要望に感心しながらメモを取っていると、デボラさんが自分の後ろに隠れていた女の子を前に押し出してきた。

 明赤色の髪色をした小柄な狼獣人女の子だ。


「ほらミワ、何か希望があったんでしょ?」


「あの……その……」


 しばらくチラチラとリオンをみていたけれど、決心したかのように寝かせていた耳をピンと立てて口を開いた。

 

「あの、この度クランに加入させていただきましたミワです! もし席が空いていれば、殿下の側仕えに取りたてていただけないでしょうか!」


 一息に言い切ってリオンをみる。

 あまりの勢いに僕とリオンも声を失う。

 ふんす、と鼻息あらく返事をまつミワ。


 席が空いているもなにも、今のリオンに側仕えの席自体がない。

 あえていうならスズさんだけど、彼女に雑用なんて任せたことがない。


「どうしようか、ザート……」


 リオンが困った顔をこちらにむけてくる。

 ミワみたいに無条件になついてくる相手にリオンは弱いんだよな。


「あー……、どういう形になるかわからないけど、他の個人やパーティより近くで活動してもらう、という事でいいかな?」


「はい! ありがとうございますザート様!」


 全力の笑顔で尻尾をぶんぶんふるミワにおもわず顔がほころぶ。

 これから来る皇国軍の他の女性との調整も必要だろうな。  



「そういえばミワさん、位階は何位?」


 さすがに銅級に上がったばかりだと一緒に行動するのは難しい。


「はい! 銀級四位です!」


 満面の笑みでなされた答えに、僕とリオンはなんとも言えない顔になった。

 そういえば元クランリーダーだった。

 僕らより上だったよこの子……





    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


ザートのライバル(女)がどんどん増えていくという……

なにこの状況。


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