第20話【第三・第六小隊の場合】

《三人称視点・ちょいグロ注意》


 灰色の雲が渦をまきながら流れていく空の下、海岸線にちかい草原の道を馬車の集団がとおっていく。

 商人の馬車のようにこぎれいではない馬車は街のそうじや農作業に使われてきたのだろう。

 風雨にさらされ、流木か骨のように白くなった荷台の多くにほろはなく、前半分をおおうものがあれば上等という体だった。


 荷台には雨に備えてマントを頭にかぶせた女子供がじっと座り、その後ろを男達が歩いて行く。

 希望に満ちた歓喜も、諦念をこめた悲嘆もなく、巡礼者のごとく沈黙したまま歩き続けている。


 心もとない隊商の武装に対し、その前後側面を守る兵士の装備は充実している。

 革の甲冑を着込み、槍で武装した彼らを襲う山賊などいないだろう。


 馬に乗って最後尾を進む男は更に目を引く。

 二ジィに届く身体を深い緑の布がのぞく甲冑につつみ、長大な穂先を合わせれば四ジィに届く大型の槍を肩にかける姿はまさしく強者のそれだった。



 しばらく隊列が進むと草原は下り坂にかかる。丘の頂上に登った大男はかすかに眉をひそめた。

 彼がしんがりをつとめる隊列のずっと先、草原の先に茂る林のさらに先に、かすかに三角の旗がはためいているのが見えたからだ。


「第六小隊に伝令、道の先にリモージュ領の軍勢ありと伝えよ。第三小隊は護衛対象の前に出るぞ!」


 大男の声は腹に響く音でありながら不思議と人を落ち着かせた。

 難民はその場にとどまり、兵士達は道の外れて草の中を進む。

 彼の第三小隊は馬車の集団と護衛を後ろに残し、森の手前にて隊形を整え相手を待ち受けた。


    ――◆ ◇ ◆――


 目の前の森の道を金縁の三角旗を掲げた隊列が進みでてきて大男の前でとまった。


「馬上より失礼。皇国駐留軍のオットー=グラーツ殿でよろしいですかな?」


 武装してはいるが、柔和な笑みを浮かべた小太りの貴族が男に語りかけてきた。


「いかにも。そちらはリモージュの領主殿とお見受けするが、そのような出で立ちでどこへ向かわれるかうかがってもよろしいか」


 第三小隊隊長、オットーは馬で遠乗りをした帰りのような気軽さでリモージュを治める男爵に訊ねた。


「やはりグラーツ殿でしたか。ご苦労様にございます。他領よりもどった使いより、大柄な男性に率いられたティルクの民が移動しているという報をうけましてな。急ぎまいった次第です」


 対する領主も笑みを崩さずに馬上のままオットーに返答する。


「我らに何か御用でも?」


 オットーの問いに対し、領主は虚をつかれたような顔をした。


「御用でも、とはつれない言葉ではありませんか。我らはティルクの民の護衛に協力するためにまいったのですぞ。バルド教がティルクの難民のために用意した居留地まで案内も必要でしょう」


 領主の顔は驚きからあきれた笑みへ変わったが、その笑みは友愛の情ではなくある種のおどしめいた笑みだった。

 しかしオットーは相手の腹の底などどうでもいいとばかりに愚直に答える。


「お心づかいいたみいるが、我らの向かう先はそちらではない。早々に戻られるがよい」


 ここにきてリモージュの領主の顔色が変わる。


「ではどこへ向かわれるか。グランベイは既に帝国の手に落ちております。ペリエール港ならこの道ではありませんぞ」


 なお食い下がる相手にオットーも少しだけ不機嫌になった。


「そのような報告はきいておらぬ。くどいぞ。退かぬというならばおして通るがいかがする?」


 笑みを消した領主が右手を挙げると、森の中からリモージュ領軍の兵が一五〇ほど現れ、オットーの率いる小隊を取り囲んだ。


「落ち武者風情がいきがるなよ? お前等ごと居留地に押し込んでくれる」


 領主が絶対の自信を表情にうかべて右手を下ろした。


「……? どうした?」


 先ほどまで戦の前でいきり立っていた配下の兵達の声が聞こえない。

 不審におもい振りかえった領主の目は驚愕きょうがくで見開かれた。

 副官を含めた側近の皆が背後から弓で打ち抜かれ、首を切り裂かれ絶命していたのだ。


 なぜ? いつの間に? 

 疑問で正常な思考ができなくなった領主が再び前をむいた時、最後に目に入ったのはオットーが槍を振り上げた姿だった。


    ――◆ ◇ ◆――


「上々だ、エヴァ」


「まぁねぇん。遊撃戦でうちの子達がしくじるなんてありえないかしらぁ」


 オットーの前には明赤色よりもなお鮮やかな色の豊かな髪をした、コルセットが不要なほど完成された肢体の美女がたっていた。

 そのあまりに艶やかな姿に、目が覚めた領主は自らが拘束されている恥辱も忘れ、しばし目を奪われていた。


 しかし、仏頂面した大男に上からのぞき込むように見られると、領主は馬を突き殺され、逃げることもできず縛り上げられた事を思い出した。

「この、縄をほどかぬか狗風情が! 今わしに恩を売っておけばブラディアが潰れた時に助命くらいは願っておいてやるぞ!」


 顔を真っ赤にしてまくし立てた数瞬後、早くも領主は後悔をした。

 鋭い痛みが左耳を襲うと同時に髪をつかまれ強引に顔を向けられた。


——目の前には、さきほど見とれていた美女の笑顔。

 そしてその笑顔の横に、白魚のような指でつままれた自分の左耳があった。


 叫ぶよりはやく、エヴァが哀れな領主の口に耳を放り込んで強引に顎を閉じさせた。


「バルドのワンちゃんは貴方でしょう? 右耳をおかわりしたくないならワンって鳴いて?」


 領主は口の中の感触でなんども絶叫したが、圧倒的な膂力りょりょくで固定された口からはカエルの鳴き声程度しかもれることがなかった。


「エヴァ、自重しろ。そういう事をしていい戦争はまだ先の事だ」


 オットーにとがめられたエヴァは部下に領主を放り投げ、きたなそうに革でナイフを拭きはじめた。


「そんなの知ってますぅ。でもここで心を折っといた方が後々らくじゃなぃぃ? 他の領主への見せしめにもなるしぃ」


 なんでもない様子のエヴァにオットーはため息をついた。


「先はまだ長い。今その貴族に方々にふれまわられると面倒だ。効率的にティルクの民を連れてブラディアに入るのが我らの使命なのだから、そいつは第六の方で処理しておけよ?」


「や。めんどくさぁ」


 ナイフのくもりを確認しながら即答するエヴァに冷たい目を向けるオットーはいつもの言葉を投げつけた。


「殿下に言うぞ」


 その瞬間、エヴァはナイフを放り投げてオットーにすがりついた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! オットー様ごめんゆるして? ね? ね? お願いぃ!」


 このいびつな性格の女は主の事が病的に好きで好きでたまらないのだ。

 主従関係に喜びを感じる皇国人らしいといえばらしいが、その特徴についてこの女の度合いは底が抜けている。

 危ういと感じつつ、オットーは出発の準備を整え、いつもの茶番をみている部下達に出発の号令をかけるのだった。





    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


うんー、こういうのはどうなんでしょうね。

とりあえずザートと彼女が出会ったら一波乱ありそうです。


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