第19話【第二・第五小隊活動記録】

《三人称視点》


 街を囲む、汚水が流れ込む埋まりかけた粗末な堀の外側では武装した八十名ほどの狼獣人が休憩がてら待機している。

 彼らは元皇国駐留軍の第二小隊と第五小隊だ。

 彼らはアルドヴィン王国の西部を回ってブラディアに入るようにスズに指示されてこの地をおとずれていた。


 街の入り口の間には、ところどころに紫をあしらった黒の革鎧をきて髪を後ろにしばった弓兵の狼獣人の女と、朱色の髪と同色の短剣を二本腰に差した、みるからにやる気のなさそうな、小柄な男が立っていた。


「ここに残ればバルド教の奴隷狩りに会うのだぞ? 一緒に来ないのか?」


 女弓兵は凜とした声で、街の入り口で不安そうにしている様々な種族のティルク人に語りかけた。

 しかし、この街の顔役だという目の前の老いた虎獣人が街の正門前に立ち塞がって女弓兵をにらんでいる。


「そんなバカはこの街にはいない。とっとと落ち武者を引き連れてこの街から離れろ」


 虎獣人は目の前の女を見下ろしながら鼻をならしている。


「ジャンヌもういいだろー? 置いていこうぜー?」


 女の隣で朱色の男が右すねを左足のかかとでたたきながらぼやく。


「コリー、殿下はティルクの民をおもって土地を用意し、民とともに来いとお命じになったのだ。そんな不敬を口にするのはゆるさんぞ」


「だーからそれは来たい奴だけで良いって話だろ? 聞く耳持たないバカ、自分で考えないバカはほっといていいんだって」


 コリーの指摘は指示をしたスズの言うとおりであり、正論だった。

 ジャンヌは悔しそうに顔をゆがめる。

 彼女の知っている情報ではこのままティルク人がここにとどまれば敵性外国人というレッテルを貼られ、これまでの奴隷とは比較にならない過酷な労働が待っている。

 だが、ジャンヌの声が聞こえていないのか、街の人は不安な目を向けるばかりで街の外にでようとはしない。


「行商人の話じゃブラディアは帝国の手に落ちたらしいじゃないか。なのにあんたらはそのブラディアに連れて行くという。帝国じゃティルク人は奴隷だ。俺たちの事も奴隷にするつもりだろう! いぬになったあんたらは別かも知れないがな!」


「なんだと! 今までバルド教の奴隷狩りから守ってきた我らを侮辱するか!」


 虎獣人の威嚇いかくにひるまずにジャンヌが怒鳴り返す。

 

「そもそもバルド教の奴隷狩りだってお前等が駐留するため都合良くでっちあげたんだろう? バルド教は賃金も払っているから奴隷じゃないと言っているらしいぞ?」


「その賃金は中つ人の三分の一だ。残りはバルド教のふところにはいっている。貯蓄もできず、荘園から逃げる事も出来ない者を奴隷といわずして何という!」


「そんなものはでっちあげだ!」


 コリーはだるそうに不毛な水掛け論に割って入った。


「なあ、アンタの話はみんな猿の行商人が根拠らしいが、その行商人が嘘をいっている可能性は考えないのか? せめて他の街で色々な奴に話を聞くべきじゃないのか?」


 コリーがした提案の意味を悟り、ジャンヌは虎獣人を観察した。

 情報源が一つだけ、というのはいくら辺境の街であっても少なすぎる。

 虎獣人はそのなじみの猿獣人にだまされているのかもしれない。

 コリーは半分忠告、半分確認のために問いかけたのだ。


「そんな時間はない! 明日には領軍がきてくれる! 軍ですらなくなったお前等は盗賊団として討伐されるぞ。最後の忠告だ、でていけ!」


 むきになって牙をむく虎獣人をみてジャンヌは説得を諦める。

 ほらみたことか、という顔のコリーとともに引き上げた。


 猿の行商人はこちらの動きを読んでこの地を治めるバルド教徒の子爵に手を回していたのだ。

 今後、バルド教の影響がつよい土地での成果は期待できない。

 本隊は親バルド教の領を避けて行く必要があるな、と考えながらジャンヌは自らが率いる第二小隊に出発準備の命令をしようとしたが、その手を止めた。


「そこの子供達は?」


 年若い兎獣人の新兵に問いかける。


「はい、先ほど川につづく堀から出てきました。一緒について行きたいとの事です」


 ジャンヌは改めてこちらを見ている五人の子供達をみた。

 年齢は十歳くらい、種族はバラバラだ。


「お前達、親はどうした」


「置いてきた」


 リーダーらしい猫獣人の男の子があっさり答える


「置いてきた?」


 あ然としておもわず聞き返すと男の子は年齢に似合わない冷めた目でジャンヌをみた。


「ああ。中つ人の友達から逃げろって忠告されたんだ。それから色々情報集めて、バルド教が獣人を収容所にいれているってわかった。親達に逃げようって言ったけど、長老が大丈夫だって言っているの一点張りさ。どうせ親にだまって冒険者になろうとしてたんだ、丁度良いから連れて行ってくれよ」


 ひょうひょうとした様子で答えるリーダーと後ろの子供達を見る。


「つれてこうぜジャンヌ。俺ぁ気に入ったね。自分で考えて逃げ出す肝っ玉もあるんだ。上等だろう。口の利き方は教えなくちゃいけないけどな」


 気がつけばコリーがニヤニヤしながら子供達の頭をなで回していた。


「口についてはお前がいっても説得力がないな」


 違いないと肩をすくめるコリーにジャンヌはニヤリと不敵な笑みをこぼした。





    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


今回、メインキャラクターの話ではないので三人称にしてみました。

この方向で良いか、もしアドバイスがあればメッセージでいただければ幸いです!


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