第10話【決着、からの説教タイム】


「お、ザート久しぶりだな。ちょっとまってろ」


 エンツォさんはチラリとこちらを見ると、小隊長の右半身からの鋭い突きを半歩さがってかわした。

 そのまま伸びた小隊長の右腕に左の短い刀を振り下ろす。

 対する小隊長は右手を下げ、そのまま縦に回転するように槍のけら首を持った左手を振り下ろす。


 ちょっとでは終わりそうにない攻防からいったん意識をそらし、壁ぎわでこちらを手招きしている人に再会のあいさつをした。


「フィオさん、お久しぶりです」


 ベージュの光沢があるブラウスに白いタイトスカートをはいたフィオさんが立っていた。

 スリットから伸びる太ももがあいかわらず目に毒だ。


「ひさしぶりぃ、ごめんね、我慢できない二人が一足先にはじめちゃったのよ」


 フィオさんは苦笑いし、腕組みしていた左手をヒラヒラさせた。

 奥さんが静観しているならやめさせる必要はないか。

 事情は終わってから聞けばいい。


 小隊長、バスコさんの双頭短槍は槍にもかかわらず、殆ど穂先をしごき出す動きをしていない。

 長さが両手を広げたくらいしかないあれは槍ではなく、使い方からしてティランジア僧兵が使う杖だろう。

 刀でも槍でも、打ち込みに対して杖は半身になって制し、近接から突くのを基本とする。

 バスコさんは杖の両端に槍の穂先をつけ、双頭短槍とすることで、杖に殺傷能力をつけているわけだ。


 けれどエンツォさん、マスターは、ほぼ零距離から繰り出される穂先をことごとくよけている。

 あせったのか、それまでカウンターを狙ってきたバスコさんは柄を手の内で滑らせ、穂先を回して打ち込みはじめた。


「くっ、ロートル《老兵》がっ!」


 『連打』、『スイッチ』といったスキルを使い、短槍の両端で上下左右に打ち分けるバスコさんの動きはかなりのものだ。

 それでもマスターの十字受けは崩せない。

 それどころか十字でそのまま切りつける攻防一体の打ちに対してバスコさんが受けにまわり始めた。


 まだしばらく打ち合いが続くかと思ったけれど、終わりは唐突だった。


「もらった!」


 バスコさんは浅く入った右手打ちを外に受け流し、左の槍穂をエンツォさんの左肩にたたき込もうとした。

 けれどその右手は長柄の下をかいくぐったエンツォさんの左刀の柄により極められ、引き落とされた所で伸びた首元に右の刀をつけられてしまった。


「終わったな」


「ぐ、うぅ」


 バスコさんが地面に組み伏せられた所で小隊から歓声が巻き起こった。

 小隊長がやられても彼らとしては問題ないらしい。


 得物を手放したバスコさんをエンツォさんが引き起こして抱き合う。


「くそ、全然つえぇじゃねぇか。あんた本当に引退してんのか?」


「引退した人間と戦うのは初めてか? 引退した冒険者っていうのは、戦う理由がなくなっただけだ。スキルだってそのまま残っているから、一時的なら全盛期の動きはできるし、鍛え続けていればスキルの練度だって上がる」


 一応ハグして戦いはやめたけど、バスコさんは渋い顔をして文句をいっている。

 なんで戦ってたのかわからないけど、とりあえず場は収まったみたいだ。

 そろそろ事情を聞いてもいいかな。

 そんなことを思っていた僕の横を豊かな狐の尻尾が追い抜いていった。


「エーンツォ。クランリーダーをほったらかして何のんびり説教してるのかしらぁ?」


 ……おぅ、次は奥さんの説教タイムか。

 マスターと小隊長の耳が寝ちゃってるよ。

 これ僕が割って入る必要ないんじゃないか?




    ――◆ 後書き ◆――


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