第19話【シド港ーシルトとの再会】


 海からみるシドの港はロターとは違って倉庫が並ぶ貨物基地、といった感じだった。

 船から下りて最初に目に入るのは山。

 すぐ近くまで山が迫っていて、倉庫で埋まっている平地の奥の山すそに、わずかな街が張り付いているぐあいだった。

 

 船主のフランシスコさんの話によると、ここは内陸の都市で生活する商人や工房の関係者が使う港らしい。

 山すその街には大きな商会の支所や行商人、風待ちする船乗り達用の宿がある。

 同じ船に乗っていた鉄級冒険者達は、はやばやと宿に向かっていった。


 僕らは船ではなく、フランシスコさん本人がロターに戻るまでの護衛依頼も受けている。

 だから明日朝に行うという、例のブロックの引き渡しにもついて行かなくてはならない。

 それまでは自由にしていいらしいけど、地理の把握はする必要があるので、僕らは彼の商会の支所にむかっている。


「これは予想だが、シルト君はわしの支所で会えるんじゃないかな」


 しっかりと石で舗装された坂道を歩いて行く。

 フランシスコさんには僕とシルトが友人であることを船上で伝えていた。

 彼の話では、シルトを探しているかも知れない女性がシドにいたらしい。

 シルトにその話をしたところ、シドに連れていけと急に迫ってきた、ということだった。


「狭い街だから、件の女性がいるかいないかはすぐわかるだろう。もし見つかったなら商会の船を使うし、見つからなければわしの所に来るだろう。どちらにしても確実に会えるのは支所だ。二、三日も待てば向こうから来るだろう」


 なるほど、理にかなっている。

 しかし、シルトと再会したらどういう顔をしたらいいんだろう。

 聞いた話では人さがしをしていたみたいだけど、まだなにも相談されていないのに、僕の口から手伝おうか、と言うのも違う気がする。


「そら、わしのいった通りだろう」


 フランシスコさんの得意げな声を上げるので。考え込んでいた顔を上げ坂の上を見上げると、そこには丈の長いキャメル色のコートオブプレートを着て大きく目を見開いたシルトの姿があった。


   ――◆◇◆――


「それで、フランシスコさんの護衛でこっちまで来たってことか」


 シルトがブイヤベースのペルセペをよけながら笑った。

 ここはシルトの泊まっている宿だ。

 シルトも明日の護衛に加わる事になったので、同じ宿屋に泊まることにした。

 おなじテーブルを囲んで、お互いのこれまでの活動をさかなに話している。


 シルトのロターでの活動はチャドが言っていた通り波乱に満ちたものだったらしい。

 ただ、ブラディアの長城壁で別れた時の笑顔ではなく、どこかくすんだ笑みだ。

 

「ああ。銅級がごっそりいなくなったのもそうだけど、個人で護衛を請け負う、熱心な鉄級二位がシドに行ってしまって困ってたからな」


 魚介の出汁のよくでたスープを眺めつつ口に運んだ。

 久しぶりの陸で羽を伸ばす水夫達の騒ぐ声が遠くにきこえる。


 いつもは楽しげに食事をするリオンも無言でコンチャとレタのオイル煮を口に運んでいる。

 隣にいるのに気配が消えているんだから、気配遮断でもしてるのかと思ってしまう。


「……じゃあ俺がここに来た理由が人さがしだってこともきいてるか」


 シルトは一族で一部ずつ管理していた具足を王国軍に奪われた事、王都にいた許嫁と離ればなれになったことをかいつまんで話した。


「なるほど、その許嫁の話しか聞いていなかったけど、だいぶ焦っていたらしいな」


 こちらの反応に、シルトは苦笑し、ため息をついた。

 最初にあったときに思ったけれど、そうとう疲れているのがわかる。


「そうだな……今日まで探したんだけど、見つからなかった。ガセだったかもしれないな。明日の朝の護衛が終わったら商会長にもう一度たしかな話だったかきいてみるよ」


 そう言って大きくジョッキをあおった。


「ねぇ、シルト。気を悪くしないでほしいけど、だいぶ疲れてそうだから、今日は早めに休まない?」


給仕の女の子に追加のエールを頼もうとしたシルトは、それまで気配がなかったリオンに声をかけられたので驚いたみたいだけど、ジョッキの底をちょっとみると納得したようだった。


「確かにそうだな。じゃ、ふたりとも明日な」


 自分でも疲れている自覚はあったのか、シルトは食事を切り上げて素直に階段を上がっていった。


「ザート。こっそりで良いから、例の白いブロック出して見せてくれない?」


 うん? なんだろう。


「ちょっと待ってくれ……これでいいか?」


真剣なリオンの表情に驚きつつ、ブロックをにぎった右手をテーブルの上に置き、指の間からリオンに見えるようにした。


「ありがと。うん……ザート、この白いブロックと、シルトの付けていた黒い篭手は同じ素材だよ」


「どういう事だ?」


 シルトがソロ志望だった理由はいつも付けていた篭手にあると思っていた。

 そのシルトが探している女性も無関係とは考えにくい。


「シルトの探す女性と白いブロックとの間に何か関係があるのかもしれないけど……しょせん憶測だからね。シルトにいうのはやめておいたんだよ」


 その選択は正解だと思う。

 今のシルトはあんまり冷静とは言えない。

 けれど、もしすべてが関係しているとしたら、何かトラブルが起きるかも知れない。

 明日は何が起きても良いように警戒しなきゃな。


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