第36話【ノーム(起死回生)】
おそろしく分の悪い賭けよりマシな策はないか。もう一度考えよう。
まだ若干ふらついているビビに確認してみる。
「ノームの弱点は?」
「今は火の属性を帯びているはずだから水魔法。でもあんたアイスボルトとか連射できる?」
高位魔法が連発? そこまでの魔物なのかノームって。
ふつうなら銅級上位か銀級のパーティが戦う魔物だ。
まともにやれば万の一つにも勝ち目がないと、今の自分には手に余る化け物だと心が折れそうになる。いや、ブラディアに着いた頃の自分なら確実に折れていた。
けれど、今の自分の手札にはジョーカー《ジョアンの書庫》がある。これで打開できないか?
ノームを飲み込めないか?
無理だ。試したけど生物は収納できなかった。
石を斉射したら?
投石でどうにかなるなら世話はない。
なにかが脳裏をかすめた。
思わずバックラーの裏側でせわしなく動く指を止めた。
石。
スリングショットの石。魔法でつくった石——
石。
石は収納できた。
——なら魔法で作った水は?
後ろを振り返ると座り込み、力なく笑っているビビと目が合った。
「いいわよ。あんたの事せめたりしないから。こんな何重にも不幸が重なるなんて、私なにかしたのかな……」
それでも、ごめんビビ。
向こうをむいてしまったビビに心の中で謝り、やれることをする。
——水よ。我が意に沿って事を為せ。
ジョアンの書庫に向かって延々とウォーターショットを放ち続ける。
・ウォーターショット
・ウォーターショット
・ウォーターショット
・ウォーターショット
・ウォーターショット
・ウォーターショット
……
バックラーの裏に展開したページに、順調に魔法が表示されていく。
でも、もう限界だ。バックラーからの魔力の供給に身体が耐えられない。これ以上は多分身体強化や魔力操作に支障がでてしまう。
斉射のためにウォーターショットの一つに指を置き、一つにまとめる。
・ウォーターショット×50
この程度のウォーターショットの斉射がアイスボルトの連射と同じわけがない。
どうする? どう使えば良い?
「——ん?」
違うアプローチが思いつかず『ウォーターショット×50』から指が離せないでいると、文字がゆっくりと明滅し始めた。
>
ウォーターアロー×40
>
ウォーターボルト×30
>
ウォーターカッター×20
……
明滅するたび、指の下の表示が水属性の下位魔法から次第に中位魔法へと変わっていき、明滅がとまり、一つの魔法の名前と『×1』の文字が表示された。
——いける。
「ビビ、立って!」
一瞬で戦術を組み立て、後ろをふりむくとビビが目を見開いて立っていた。その視線は僕に向けられていない。
振り返ると三十ジィほど向こうの壁の影から、全身に炎をまとった人影が現れた。
『ヴォオオオ!』
ノームの突進が距離を一気に詰めてくる!
——ヒュ、カッ!
『!?』
なにもかもが唐突で、自分が無意識に灼炎石のナイフを投げていた事に気がついた。
本能なのか、手前の地面に刺さったナイフを見て急停止するノーム。次の瞬間には溶けるように、ナイフを抱くようにうずくまった。
——水よ
——汝水にして水にあらず
——弾指の狭間、万法の理を外れてなお本質たれ
——汝水にして水にあらず
——汝は我 主にして僕 いずくんぞ我が意にそわぬ事あらんや
——アイス・ラム——
朝夕の一時、逢魔が時の青色を孕んだ指輪をむけた直後、向けた先には散り散りになって氷で坑道に縫い止められている炎。
そして、ゆらりと陽炎が立ち上る灼炎石のナイフがあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます