アフリカンシンフォニー

三河安城

第1話

桜の花びらも集まらない春じゃ終われなかったこの旅は、真夏もまだ続いていた。そしてむしろ、夏にたどり着いたここは、桜どころか草木が生い茂っていた。

「完全にあんたは何もしていないがな」

そう吐き捨てられてもなお、僕は無感情でいた。

「次のがあったらはぶろうぜこいつ」

おいおい、それはまた厳しいだろ。てか誰に言ったんだ。ここには2人しかいないだろ。

「しょうがないじゃんか。女性陣しか触っちゃいけないって言うんですから」

「またこれだよ。じゃあアレ? あんたも女性だったら手伝ってくれるの?」

「もちろんです。書いてあるルールブックに従うのが、僕のモットーですからね」

「はいはい、汝は何も悪くないですよー」

「また怒りましたね」

「ていうか、今回の仕事、どういう内容なのよ」

「ヴィクトリア王妃の直々の依頼として請け負ったもので、『ヴァージン』が作りたいんだとか」

「『ヴァージン』? 何それ?」

「いやまったく知らないです」

「きちんとフックにグー入れるわよ」

「入れないでください。きちんと入れられたら、腹だけじゃなくて思考回路もぶっ壊れて死にます」

「それくらいきちんとしなさいってことよ。知らないなんてちゃんちゃらおかしいって自分でも気づきなさいこのスケープゴート。それともダウンするまでやり続ける?」

「いつの間に生贄にされてたんですか、僕。ダウンする前にスケープします」

「で、話し戻すけど。森の中で何を探せばいいって言うの?」

「全容は知りませんけれど、言づーけによると綺麗と思ったものならなんでもいいそうです」

「今なんでちょっと伸ばしたのよ」

「ちょっと虫が飛んできたもので」

「粉振りまく奴じゃないんだし、それくらい我慢しなさいよ」

「三歩目に来たから、むしろそれで済んだんですよ。一歩目なら死んでました」

「死にすぎよ」

「というか、粉振りまく奴なんているんですか?」

「いたのよ。私の地元に」

「お嬢の地元って地味に田舎ですよね。熊とか出そうな」

「少なくともあんたの地元よりは」

「褒められると胸が高まる侍従です」

「褒めてないわよ」

「そろそろ、綺麗な物見つかりませんか?約束の9時過ぎちゃいますよ?」

「分かってるわよ。おいおい言い訳は考えるわ」

「そんな頭無いのに?」

「お嬢にその口の利き方は無いんじゃない?」

「知らね」

「あんた、完全に飽きてきたでしょ。面倒くさがっているでしょ。10個くらい下の王妃からの依頼を。そして、私に付き合わされているのを。あんた、絶対買い物付き合いきれないでしょ」

「上手くそっと逃げ出します」

「そんなんだから、関わってくれるのがマフィアの娘だけになったのよ」

「そもそも王妃とマフィアの娘がどうしてつながっていられるんです?処罰される運命でしょうに」

「知らないわよ。親父同士が仲良いんじゃないの?」

「なるほどぉ。調べてみると面白そうですね」

「気になる?」

「少しは」

「へぇ。あんまりいいものじゃないと思うけれど」

「そうなんですか?」

「少しの矛盾すら、ご都合主義すら許されない闇がそこにはあるのよ」

「……そう、ですか」

お嬢に辛い顔をさせてしまった。気が強い女性であるお嬢だが、これでもまだ思春期の少女なのだ。フラジャイルな心を持っているのだ。

「まあとにかく、探しましょ。綺麗なものを」

「そうですね。お嬢にとって綺麗な物って何ですか?触るのは無理でも探すのはたぶん大丈夫なので」

「って言われてもいまいちわかんないんだよなぁ。私って、夢を見ないから。あんまり、そういうのも分かんないし。リアリストって言うの? 数値主義の私には、ほんと無理すぎる課題だよ」

「リアリストでも、綺麗なものとか知っていると思うんですけど。というか、そういうことなんじゃないですか?」

「ん?」

「つまり、綺麗なものを探させる真の理由は、お嬢が数値では語れない綺麗なものと出会うのを期待しているんじゃないんですか?」

「……それ、正解なんじゃないの? 本人に言っていいの?」

「まあもうどうせ見つからないですし。お嬢がこんなんじゃ」

「そんな言う? 傷つくんだけど、モロに」

「キチンとフック入れられるよりは楽ですよ」

「そんときはきちんと宣言するわ」

「あれ、言葉が崩れましたか」

「別に、マフィアの娘よ? それくらい出てくるわよ」

「そうですか?」

「ほら、もう休んでいいわ。そろそろママと合流する時間だし」

「ママ?」

母上、それでいいのですか?母上が「可愛い子には旅をさせよってことで」って言ったからこんなとこまで来たのに、これでは全く意味なくないですか?

「ええ、そうよ。これから良い靴見に行くの。この靴じゃ、芋くせぇでしょ?」

まあ、でもお嬢が楽しそうならいいのか。

もはや目的を見失う侍従ーー僕であった。

「お嬢の崩れ言葉好きですが、芋くせぇってことは無いですよ。十分に可愛いです」

「お世辞言うな。不満があるんだろ?」

「まさか。つまらない冗談はやめてください。本心です。お嬢が選ぶ靴は、いつだってセンスがあって、可愛いですよ、とても。」

「……」

あ、照れた。赤らめた頬を見ると、やはり彼女はまだ十数年しか生きていない幼気な少女なんだなと感じてしまう。

そう言えば、この件を提案してきたのはお嬢の母上だった。母上と王妃は仲が良いことで有名だ。しかし、二人とも嫁いできていると聞いているから、この2つの家にきっちりと関わっているわけではないのだろう。それはともかくとして、もしかしてこれは母上の策略だったのだろうか。

「……まさか、母上」

僕とお嬢を引っ付けようとしてないか?

「……ん?どうした?」

「いえ、何でもないです。お嬢」

その疑いが本当なら、僕はこう言うしかない。

「んー、やべえな」

ここで働く前から、僕が一途に思っているのは、ヴィクトリア王妃である。

「帰ってこれるのは、いつ頃なんだろうな」

前を行く彼女の表情は見えないが、その声色は、少しだけ上機嫌だった。

王家とマフィアが奏でる恋物語の結末は、今はだれにも分からない。

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アフリカンシンフォニー 三河安城 @kossie

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