第52話 モクスター

「ついに来たか、弘前ユウトよ」


 モクスターは全身黒ずくめで、相変わらず不気味な感じだ。

 俺は傘を肩に構え、モクスターを睨みつける。


「この世界をおかしくしたのは、お前だな?」

「何のことだ?」

「今さら誤魔化すな。お前は自分のプログラムを進化させるために、俺たちの世界をハッキングして王国とくっつけた。違うか?」

「ふん。勘のいいガキだな」

「勘じゃない。ミサキが気づいたことだ」


 俺は足を一歩前に踏み出し、剣戟スキルを発動させる。


「刺突剣技、クイックスタッブ!」


 傘をモクスターに向かって突き出す。

 しかしモクスターはそれを簡単に躱し、大剣を振るってきた。

 俺は反動硬直が解けたと同時に慌てて回避する。


「ほう、なかなかやるではないか」


 少し感心している様子のモクスターに、俺は傘を構え直しながら返す。


「俺は元の世界を取り戻し、ミサキを現実に返してあげなきゃいけないからな」

「意志の問題ということか。面白い」


 モクスターが大剣を振り上げる。

 俺は体を捻ってモクスターの脇腹に傘を叩き込みにかかる。


「五連撃剣技、リーサルスラッシュ!」

「甘いな」


 だが、その攻撃はモクスターに容易く弾かれてしまった。


「まずい……!」

「これで終わりだ」


 グサッ!

 硬直中の俺の腹部に、モクスターの大剣が突き刺さる。

 じわじわとHPゲージが削れていく。

 このままでは死んでしまう。

 分かっていても、剣に貫かれた体は思うように動かない。


「くっ……」

「弘前ユウト、残念だったな」


 モクスターは勝ち誇ったように言う。

 HPは残り二割まで減少している。

 本当に絶体絶命の状況だ。


「俺は、ここまでなのか……」


 諦めかけたその時、銃声が響き渡った。

 直後、モクスターがよろける。

 俺はその隙に腹部に突き刺さった大剣を引き抜く。


「全く、やられてるんじゃないわよ」

「レナ……!」


 愛銃を下ろすレナを見て、俺は顔を綻ばせる。


「お兄ちゃん、ちょっと離れといてよ!」

「カナミも……!」


 続けてカナミが俺に声を掛けてきた。

 カナミは卵を空高く放り投げる。

 卵は綺麗な放物線を描き、モクスターの目の前に落ちた。


「これは、あのチート武器……!」


 モクスターは地面を蹴ろうとしたが、それより早く卵が大爆発する。

 ドカーン!

 吹き飛ばされ、レンガの壁に背中を打ち付けるモクスター。


「ぐはっ!」

「これで終わりよ、モクスター」


 今度はミサキがスマホを前に突き出す。

 スマホから炎が噴射され、モクスターの体を包み込む。


「ぐおあぁっ!」


 モクスターは苦しそうな叫び声をあげる。


「ユウト君、お願い!」


 ミサキの言葉に、俺は首を縦に振る。


「刺突剣技、クイックスタッブ……!」


 傘が緑色に発光し、キーンと音を立てる。

 俺は全ての感情と力を傘に込め、思い切り足を踏み出した。


「させるか……!」


 残りの力を振り絞り、大剣で防ごうとするモクスター。

 跳ね返される……!

 一瞬焦ったが、傘は大剣をかすめてモクスターの胸を貫いた。


「ぐはあっ!」

「元の世界を返せ、モクスター!」


 モクスターのHPがとてつもない勢いで削られていく。

 七割、六割、五割。

 銃弾、エッググレネード、火炎魔法のコンボで満身創痍のモクスターに、もう抵抗の意思は無いようだった。

 三割、二割、一割。そして、ゼロ。


「見事だ、弘前ユウト……。我の負けだ……」


 モクスターはそう言い残し、光の粒子となって消滅した。


【弘前ユウトのレベルが100に上昇しました】

【ワールドリゲインタワーへの転移アイテムを獲得しました】


 俺はメニューウインドウから転移アイテムを実体化させる。

 するとその瞬間、俺の体が光に包まれてしまった。

 気が付くと、見たことのない空間に転移していた。

 周りを見回すと、ミサキ、カナミ、レナ、ヨシアキ、ホノカ、アカリの姿があった。


「良かった、俺だけじゃなくて……」


 安堵する俺に、カナミが話しかける。


「お兄ちゃん、ここどこ?」

「多分、ここがワールドリゲインタワーの最上階なんだと思う」


 窓の外には地平線が広がっていて、相当高い場所であることが窺える。


「ってことはよ、俺たちクリアしたってことだよな?」

「はい、おそらくっ」

「おそらくも何も、王を倒したのだから当然だろう」


 ヨシアキ、ホノカ、アカリは戸惑った様子で顔を見合わせる。


「ねえ、あそこに何かあるわよ」


 突然、レナが空間の中央を指差す。

 そこには、半透明の画面が空中に浮かんでいた。

 あれはミサキがよく使っていたコンソール画面だ。


「あれを操作すれば、世界は元通りってことだな……」


 俺はゆっくりとコンソールの前まで歩く。

 そして画面を覗き込む。


【Do you want to terminate the program? Yes/No】


 プログラムを終了しますか?

 俺は【Yes】に指を触れる。


『ピッ』


 すると空から鐘の音が鳴り響き、続けて男性の声が聞こえてきた。


『西暦二〇二七年六月十五日。弘前ユウトにより、このゲームはクリアされました』


 この声は、ハッキングされた時と同じ声だ。


【東京への強制転移まで、残り十分】


「やっと、終わったんだ……」


 俺は全身の力が抜け、その場に座り込む。

 そこへミサキが歩み寄ってきて、隣に座った。


「ユウト君、ありがとう」

「えっ?」

「まさか本当に二年でクリアしちゃうなんて、私びっくりしちゃった」

「ああ、いや別に……」


 俺は何だか恥ずかしくて顔を逸らしてしまう。

 しかしミサキは何度もしつこく顔を覗き込んでくる。


「何だよ……?」


 問いかけると、ミサキは顔をぐっと近づけて囁く。


「世界が元通りになったら、私は現実に帰らなきゃいけない。だから最後に、もう一度だけ……」


 ミサキは目を閉じ、さらに顔を近づける。


「しょうがないな、ミサキは……」


 俺も呟いてからそっと目を閉じる。

 そして、ミサキと最後の口づけを交わした。

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