第44話 親友以上

 二階に上がり、アカリの部屋のドアをノックする。


「アカリさん、ホノカですっ。入りますよっ」

「…………」


 返事は無いが、ドアを開けてみる。

 しかし、ドアには内側から鍵がかけられていた。

 アカリの母の言う通り、直接顔を合わせるのは難しそうだ。

 ホノカはドアに寄りかかるようにしてその場に座る。


「昨日、何があったんですかっ? 東都情報大学には行ったんですよねっ?」

「…………」

「もしかして、フルダイブ技術の体験が出来なかったとかっ?」

「…………」

「黙ってたら分かりませんよっ? ちゃんと話してくださいっ。私とアカリさんは……親友っ、ですよねっ?」


 親友。

 アカリがどう思っているのかは知らないが、少なくともホノカはアカリのことを親友だと思っている。いや、心のどこかには親友以上だと思っているような、友情以外の感情もあるような、そんな気もしている。

 ホノカは静かにアカリの答えを待つ。

 するとドア越しに、アカリが話しかけてきた。


「……東都情報大学には行ったし、仮想世界も見てきた」

「はいっ」


 ホノカは優しく相槌を打つ。


「だが、仮想世界の中で、私は……。私は殺されたのだ……」

「殺されたっ……?」

「ああ。剣で何度も何度も刺された。その記憶が脳裏に焼き付いて、ずっと頭から離れない」

「トラウマ、ですねっ……」


 アカリが泣いていることは、ドア越しのホノカにも伝わっていた。


「アカリさん、一人になりたかったんですねっ……。ごめんなさいっ。夏休み明け、また学校でっ……」


 ホノカは立ち上がり、階段を下りる。

 一階ではアカリの母が心配そうにこちらを眺めていた。


「ホノカちゃん。話出来たの?」

「はいっ、少しだけですけどっ……」

「アカリは何て?」

「昨日、アカリさんはフルダイブ技術を体験するイベントに参加していたんですっ。そこで怖い思いをしたみたいでっ……」


 それを聞いたアカリの母は困ったように呟く。


「あの子、一言も喋らずに部屋に閉じこもったから、全然そんなこと知らなかったわ……」

「とりあえずしばらくは一人にさせてあげてくださいっ。落ち着いたら部屋から出てくると思いますからっ」


 ホノカが言うと、アカリの母は微笑んで返す。


「ありがとね、ホノカちゃん。さすがは幼馴染ね」

「いえっ、無理言ってお邪魔しちゃってすみませんでしたっ」


 ホノカはぺこりと頭を下げ、靴を履いた。


「また遊びに来てね」

「はいっ、失礼しますっ」


 扉を開け、外に出る。


「アカリさん、学校には来ますよねっ……」


 アカリの家を見上げたホノカは、ぽつりと不安を口にした。




 西暦二〇二三年九月一日。

 ホノカは教室でアカリが来るのを待っていた。


「もうすぐでチャイム鳴っちゃいますけど、まだ来てませんよねっ……」


 そわそわしていると、クラスメイトの七越ななこしセイラが声を掛けてきた。


「なあホノカ? アカリ休みなん?」

「あのっ、えっと、分からない、ですっ……」

「何、喧嘩でもしよったか?」

「いやっ、そういうわけじゃ、ないんですけどっ……」


 俯きがちに言うと、セイラはホノカの背中をトントンと叩く。


「ま、幼馴染なら色々あるわな。仲良くしいや」

「は、はいっ……」


 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが鳴り響き、教室に担任の先生が入ってくる。


「よーし、夏休み明け一発目だ。元気に行くぞー。って、夙川はどうした?」


 先生は首を傾げ、おかしいなぁといった表情を浮かべている。

 この中で事情を知っているのはホノカだけ。

 私が、答えないと……。

 頭では理解しているが、口が動かない。

 アカリの許可なくあの出来事について話すのは憚られたからだ。

 するとセイラがさっと手を挙げた。


「せんせー! もしかしてアカリのやつ、休み気分でまだ寝てんじゃないっすか?」

「まーさかー。夙川に限ってそれはないだろ」


 教室が笑いに包まれる。

 セイラはホノカに向かって机の下で親指を立てる。

 ホノカは「すみませんっ」と小さくお辞儀をした。


「夙川ん家には後で連絡入れるわ。んじゃ、改めて朝礼始めるぞー」


 朝礼が終わり、始業式が始まる。

 しかし、式の間もアカリが姿を見せることはなかった。


「先生さようならー」

「お前ら、土日の間に生活リズム戻しとけよー」


 今日は午前登校なので、昼前に下校できる。

 みんなは「寄り道行こうよ」みたいな会話をしているが、ホノカはそんな気分にはなれない。


「ホノカ、いつまで座ってるん? もうみんな帰ってるで」

「セイラさんっ……」


 椅子に座ったままのホノカの元にセイラが近づいてきて、顔を覗き込む。


「アカリのことやろ? ウチは何も知らんから変に手出せへんし、ホノカが何とかしてやらんといかんのちゃう?」


 セイラの言葉は確かに正論だ。

 アカリに寄り添ってあげられるのはホノカしかいない。

 だが、そもそもあのイベントに誘っていなければ、アカリはあのトラウマを背負うこともなかったのだ。

 私のせいで、アカリさんに辛い思いをさせてしまった……。

 そんな考えが日に日に強まって、ドア越しに会話をして以来、アカリにメッセージを送ることすらしていなかった。


「でも、私はっ……」


 下を向いたまま小声で答えるホノカ。

 セイラは髪をくしゃくしゃと掻いてから苛立ったように言う。


「ああもう辛気臭い。思うことがあるなら本人に直接言いや。こんなとこでウジウジしとってもしょうがないやろ」


 別に、ウジウジしてる訳じゃない。

 どうしたらいいか、分からないだけ。


「じゃあ私、なんて言えばいいんですかっ? 元はと言えば、私のせいなのにっ……」


 思わず立ち上がって、そんな言葉を放ってしまった。

 無関係のセイラに、何でこんなこと。これじゃあただの八つ当たりだ。


「セイラさん、ごめんなさいっ。何でもないですっ……」


 慌てて謝るホノカ。

 セイラは一瞬驚いた様子だったが、すぐに微笑みを見せた。


「ホノカとアカリって、なんかほら、親友以上の関係やろ? ちょっと下手したくらいで壊れるような仲じゃないって、ウチは思うけどな」

「親友、以上っ……」


 そうだ。私とアカリさんの絆は、そんな簡単に崩れるものじゃない。

 セイラの言葉で、ホノカはアカリと会う決心がついた。


「ありがとうございますっ。私、この後アカリさんの家に行ってみますっ」

「その意気や」


 セイラはホノカの肩をトンと叩く。


「よし、行ってこい!」

「はいっ!」


 ホノカはスクールバッグを持ち、勢いよく教室から駆け出していった。

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