第43話 二年前の記憶

 ホノカは木の幹に寄りかかり、アカリの様子を見守る。


 アカリとは幼稚園からの幼馴染で、小学校も中学校も高校も、ずっと一緒だった。お互いゲーム好きということもあって、放課後や休日はよく二人で遊んだものだ。

 しかし、高校二年生の時。アカリはあの出来事に巻き込まれてしまった。

 私が、アカリさんを誘ったから……。

 ホノカはあの日以来、自分を責め続けていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 西暦二〇二三年八月十五日、夜九時三十分。

 ホノカは自室のベッドに座り、アカリとチャットでやり取りをしていた。


【私だけ当選してしまって、なんか申し訳ないな】

【気にしないでください。私も本当は行きたかったですけど、こればっかりは仕方ありませんから。アカリさん、楽しんできてくださいね】

【ああ。仮想世界で思い切り遊んでくるとするよ】

【感想待ってますね!】


 ホノカはスマホをサイドテーブルに置き、ベッドに横になる。


 東都情報大学で行われるフルダイブVR技術の体験会の参加抽選に、ホノカとアカリは応募をした。だが、アカリだけがそれに当選し、ホノカは抽選から外れてしまった。

 倍率も相当高かったらしいので、仕方ないといえば仕方ないのだが、それでもアカリが選ばれているのを考えると少し悔しい。

 左腕で目を覆い、瞼を閉じる。


「フルダイブって、どんな感じなんでしょうっ……」


 仮想世界に思いを馳せ、ぽつりと呟く。

 ホノカはゲーム好きが高じて、フルダイブ技術に興味を抱いていた。

 東都情報大学はフルダイブ技術研究においては世界トップクラスの大学で、ホノカの進学希望校だ。

 そこで体験会が行われると聞いて、すぐに応募しようと思ったのだが、一人で参加するのは少し心細かった。そこでアカリに一緒に応募しようと誘ったのだが、まさかこんな結果になるなんて。


「はぁ……」


 大きなため息を吐いて、ホノカはベッドから起き上がる。


「お風呂入って寝ますっ……」


 伸びをしてから立ち上がり、自室の扉を開けた。




 翌日、夕方四時。


「そろそろ終わった頃ですかねっ」


 ホノカはスマホのチャットアプリを開き、アカリにメッセージを飛ばす。


【アカリさん、仮想世界はどうでしたか?】


 きっと夢がいっぱいの楽しい時間を過ごしたんだろうなぁ、なんて想像を膨らませつつ、返信を待つ。

 しかし、なかなか既読が付かない。


「まだ終わってないんでしょうかっ……?」


 体験会は三時三十分までの予定だったはず。

 もう電車に乗っていてもおかしくない時間なのだが。


「まあ、夜には返信来てますよねっ」


 ホノカは画面を閉じ、受験勉強をするべく机に向かった。


 夕飯を食べ、お風呂に入り、ベッドに入る。

 気がつけば夜十一時。未だ返信は無い。

 さすがにこれはおかしい。

 まさかアカリさんの身に何かあったんじゃ……。

 ホノカの心は不安な感情に覆われていく。

 結局、その日のうちに既読は付くことは無かった。


「ほとんど眠れませんでしたっ……」


 翌朝。

 目をこすりながらリビングへと向かうホノカ。

 朝食を食べ、身だしなみを整えると、すぐに家を出た。


【アカリさん、どうして返事くれないんですか? このまま返事が無ければ、今から家に行きます】


 メッセージを飛ばし、アカリの家へと歩く。

 どう考えてもこれは変だ。

 いつもなら未読スルーなんてしないのに。


「アカリさん、どうしちゃったんですかっ……」


 怒り半分心配半分の言葉を呟く。

 ホノカは普通なら十五分かかる距離を十分で歩いた。

 無意識に早歩きになっていたらしい。


【新着メッセージはありません】


 返信が無いことを確認し、呼び鈴を鳴らす。


『ピンポーン』


 アカリの家とホノカの家は同じ目黒区内にあり、昔からよく遊びに行っていた。アカリが風邪で休んだ日にはプリントを届けてあげたことだってある。

 でも、今日は何だか緊張する。


「アカリさん、出てくれますよねっ……」


 ガチャッと鍵が回り、扉が開く。


「あらホノカちゃん。急にどうしたの?」


 出てきたのはアカリの母親だった。


「あっ、あのっ。アカリさん、いますかっ?」


 恐る恐る問いかけてみると、アカリの母は階段の方を見ながら答える。


「あの子、昨日家に帰ってからずっと部屋に籠ってるのよ。ホノカちゃんなら何か知ってるかと思ったんだけど、その感じだと……」

「はいっ、私も音信不通ですっ……」

「全く、一体どうしちゃったのかしら……?」


 しばらくの沈黙の後、アカリの母が口を開く。


「折角来てもらったのにごめんなさいね。また今度遊びに来て。お菓子とか用意しとくから」


 微笑みかけるアカリの母の表情は、どこか暗い気がする。

 アカリがどうして引きこもっているのか、理由も分からないのだ。

 ホノカと同じく、いや、それ以上に不安なのだろう。

 やっぱり、私が何とかしないと。

 閉まりかける扉に手を伸ばし、ドアノブを掴む。


「待ってくださいっ! 少しだけでも、アカリさんと話させてもらえませんかっ?」


 再び扉が開く。アカリの母は一瞬驚いた表情を浮かべてから言う。


「あの様子だと、ホノカちゃんとも会話してくれるかどうか……」

「ドア越しでも何でもいいので、話がしたいんですっ。きっと私になら、何があったのか話してくれると思うんですっ!」


 必死に訴えかけるホノカ。

 アカリの母は少考し、小さく頷いた。


「ホノカちゃんがそこまで言うの、なんか珍しいわね。上がって」

「すみません、お邪魔しますっ」


 アカリの母に促され、ホノカは家へと入った。

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