第39話 交渉

 宿屋の扉を開け、広場に出る。

 広場には馬に乗った兵士が整列し、周囲に目を光らせていた。

 俺は意を決し、声をあげる。


「神の使いを探してるんだって?」


 すると、騎馬隊の中央にいた男がこちらに目を向けた。

 最初に叫んでいたリーダー格の男だ。

 馬を操り、俺に近づいてくる。


「お前が神の使いの一人か?」

「ああそうだ」

「仲間はどこにいる?」

「この中で休んでるぜ」

「ここへはどうやって来た?」

「洞窟を歩いてだ」


 緊迫したやり取りが続く。

 完全に腹の探り合いだ。


「ところで、お前らは何なんだ?」


 俺が問いかけると、男は顔を顰めて言う。


「まずはお前が名乗れ」


 相手のペースに飲まれないようにと思ったが、そう簡単に主導権を握らせてはもらえなかった。

 ここは指示に従う。


「俺は弘前ユウトだ」

「ではユウト、お前の生まれは?」

「東京」

「トウキョウ? それはどこにある街だ?」

「俺たちの住む世界だ」


 数秒の沈黙。

 そして、男が口を開く。


「我々は王国軍第一小隊。私は隊長のホグリードである」

「ホグリード……」


 ようやく相手の正体が分かった。

 敵かどうかはまだ定かでないが、少なくとも話は通じる。

 友好的な関係を築けるか、運命の分かれ目だ。


「ホグリード、俺たちはワールドリゲインタワーを目指してるんだ。世界の果てにある塔、そこに向かうのが目的であって、王国に手出しするつもりはない」

「ワールドリゲインタワー? そんな建物は聞いたことがない」


 訝しんでいる様子のホグリード。

 ワールドリゲインタワーを知らないのなら、とにかく敵対する意思が無いことを示さなければ。


「俺たちとしては王国と協力関係になりたいと思ってる。俺たちも王国に対して出来る限りのことはする。だから王国の力を貸して欲しいんだ」


 ホグリードの鋭い視線に思わず目を逸らしそうになる。

 だが、逸らした時点できっと交渉決裂だ。

 俺は真っ直ぐに男の目を見つめる。


「……ふむ。神の使いの目的、詳しく聞かせてもらおうか。皆の者、武器を下ろせ」


 ホグリードの指示で、騎馬隊が構えていた武器を下ろす。

 とりあえず危機は脱したようだ。

 ホッと胸をなでおろす。


「ユウト。私を前にしてここまで堂々としていた人間は初めてだ」


 馬を降りたホグリードが手を差し伸べる。


「それはどうも……」


 握手を交わし、俺はホグリードとともに宿屋へと戻る。

 ロビーにはミサキとカナミ、レナ、ホノカ、アカリの五人が立っていた。


「王国軍のホグリードさんだそうだ」


 俺が紹介すると、ホグリードは深く一礼した。

 女子五人も怖がりつつ頭を下げる。

 ロビーの椅子に腰掛け、俺たちとホグリードは話を始める。


「ユウトからワールドリゲインタワーなる塔を目指していると聞いた。それは事実か?」


 ホグリードの問いかけに、五人は首を縦に振る。


「では、お前たちの得意なことを教えて欲しい。あとユウト以外の名前も。それを踏まえて王国への協力分野を検討する」


 俺たちは顔を見合わせ、順番に答える。


「俺は剣で戦うことだ」

「私は広尾ミサキです。火炎魔法が使えます」

「私は弘前カナミです。得意なことは料理、ですかね」

「吉野レナ。銃撃が得意よ」

「き、霧島ホノカですっ。得意なことは、えっと……。に、逃げ足が早いっ、ですっ……!」

「夙川アカリだ。頭を使うことは割合得意だ」


 一通り聞き終えると、ホグリードはこくりと頷いた。


「神の使いと言っても得意なことはそれぞれ違うのだな。ふむ、まずはこの村で手伝いをしてもらおう。王と検討を重ね、また後日最終的な協力分野を伝える」


 ホグリードは立ち上がり、宿屋を出て行く。

 バタンと扉が閉まると、一気に肩の力が抜けた。


「いやぁ、怖かった〜」


 カナミがテーブルに突っ伏しながら呟く。


「ユウト君、あんな人とよく交渉まで持ち込んだね?」


 質問するミサキは、心拍数が上がっているのか胸に手を当てている。


「そうしないと殺されると思ったから、やるしかなかったんだよ……」


 俺はそう返して、大きなため息を吐く。

 あの騎馬隊全員に襲いかかられようものなら、折りたたみ傘一本で防ぐのは絶対に不可能だ。敵対することなくこの場を収めるには交渉に持ち込むほかなかった。


「あの、ユウトさんっ。さっきの人、協力がどうとか言ってましたけど、何をさせられるんですかねっ?」


 不安そうに首を傾げるホノカ。

 俺は微笑んで答える。


「得意なことを聞いたくらいだし、それぞれに合った仕事を割り振ってくれるんじゃないか?」

「ああ。協力する気があるのなら、こちらの言い分もある程度は聞き入れるはずだ」


 アカリも続けて言う。

 するとホノカは少し安心したのか、ホッと息を吐いた。


 しばらくして、アルジオとルーラが二階から降りてきた。


「良かった、無事だったんだね……」

「皆さん、お怪我とかしていませんか?」

「大丈夫、何もされてないよ」


 俺は手を水平に動かし、笑顔を見せる。


「王国軍がこの村に来るなんて滅多に無いから、僕もびっくりしちゃって……」

「神の使いが現れたとなれば軍が放っておくはずがないと、もっと早くに気が付くべきでした」


 アルジオとルーラの言葉を聞いて、ミサキが口を開く。


「二人は悪くないよ。元はと言えば私たちのせいだし。夜中に起こしちゃってごめんね」

「いえ、ミサキ様が謝ることでは……!」


 ルーラは慌てて手をひらひらと振る。

 このままではお互いに謝り続ける流れになりそうだ。


「まあ、丸く収まったんだからいいじゃないか。部屋に戻って寝ようぜ」


 見兼ねて声をあげると、全員が頷いて立ち上がった。

 俺たちは二階へと階段を上る。

 その時、扉がバンと勢いよく開いた。


「ホグリード、まだ何か用か……?」


 聞き忘れたことでもあったのだろうか?

 扉の方に目を向けると、そこにいたのはホグリードではなかった。


「あ、あのお方は……!」


 アルジオとルーラが息を呑む。

 真っ黒なマントに身を包み、顔を仮面で覆った謎の人物。

 仮面の目が赤く光り、俺を見つめる。


「貴様がユウトか?」


 俺はあまりの恐怖に、言葉を失ってしまった。

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