第29話 揺れる炎
夜八時。キャンプファイヤーは盛り上がりを見せていた。
歌ったり隠し芸をやったり、それぞれが即興なりに面白いことを披露する。
「次はアカリの番だな」
パチパチと拍手を送られ、アカリが立ち上がる。
真面目そうなアカリは一体何をやってくれるのだろう?
全員から期待の眼差しが向けられる。
「では、私の出し物だが……」
アカリはそこまで言うと、目を閉じて動きを止めた。
俺はミサキやカナミと顔を見合わせ、首を傾げる。
「状態異常魔法、麻痺!」
直後、アカリが声をあげる。
その瞬間、体に異変が起きた。
「か、体がっ、動かない……!」
全身が痺れ、息が苦しくなる。
その場に倒れ込んだ俺は、目を動かして状況を確認する。
HPバーの横には【paralysis】と紫色の文字が出現している。それも、俺だけでなくパーティーメンバー三人全員のHPバーの横に表示されている。
「ユウト、君……」
「お兄ちゃん、助けて……」
「何よ、これ……!」
隣のミサキとカナミ、レナも地面に倒れていて、とても苦しそうだ。
「ミサキ、カナミ、レナ……!」
必死に手を伸ばそうと試みるが、体が言うことを聞いてくれない。
黙ってその様子を眺めているアカリに、ヨシアキが怒りをあらわにする。
「おい、アカリ! こりゃあどういうつもりだ?」
「…………」
しかし、アカリはそれに答えようとしない。
それどころか、ストレージから包丁を取り出し、切っ先をこちらに向けた。
「ちょっと待て! アカリ、お前の目的は何だ?」
俺が何とか口を動かして問いかけると、アカリは包丁を振り上げながら言う。
「ここはゲームの世界だ。何をするのも自由だろう?」
グサッ!
右足に激痛が走る。
【HP:32000/35000】
「一撃ではこの程度しか減らんのか」
呟いたアカリはもう一度包丁を振り上げ、今度は腹部に突き刺した。
グサッ!
【HP:26000/35000】
「ユウト君!」
「お兄ちゃん!」
「ユウト!」
ミサキとカナミ、レナの不安げな声が聞こえる。三人には俺の残りHPが見えているのだから、それは当然の反応か。
とにかく、このままではHPがゼロになり、俺は世界から消滅してしまう。何とかしてこの状態異常を解かなければ。
「やはり心臓を狙うべきか……」
アカリが再び包丁を振り上げる。
その瞬間、目の前にメッセージウインドウが現れた。
【霧島ホノカさんから浄化ポーションを受け取りました】
視線を送ると、ホノカはニコッと微笑んだ。
苦しい思いをしているのは彼女だって同じはずなのに、彼女は俺を助けようとしてくれている。ホノカの想いを無駄にするわけにはいかない。
俺は無理やり指を動かし、浄化ポーションを物体化させる。
「よし、これで解除だ……!」
浄化ポーションを口に含むと、【paralysis】の文字は消え全身の痺れが無くなった。
それに気付いたアカリは、焦った表情を浮かべ急におどおどし始める。
「アカリ、どういうことか説明してもらおうか?」
立ち上がり、折りたたみ傘を右手に構える。
するとアカリは、観念したのかその場に包丁を捨てて地面に膝をついた。
「すまない、殺すつもりは無かった。信じてくれ」
「信じろと言われてもだな、さすがに『はいそうですか』とはならないぞ?」
問い詰めると、アカリは「本当に申し訳ないと思っている」と俯いた。
一定時間が経過し、全員の麻痺も解除される。
ヨシアキとホノカはアカリの元に駆け寄り、鋭い視線を向ける。
「おいアカリ、ちゃんと説明してくれねぇか?」
「ゲームの世界だから何をしても自由って、それじゃああの人と変わらないじゃないですかっ! アカリさん、自分のトラウマを他人に味わわせようとするなんて、そんなの酷すぎますっ!」
ホノカがアカリに平手打ちし、その音が夜の森に響き渡る。
しばらくして、アカリが口を開く。
「……私は、高校生の頃にフルダイブVRの試作機を体験させてもらったことがある。その時、私は仮想世界の中で殺されたんだ。ある研究者に」
「ある、研究者……?」
ミサキが首を傾げる。
「ああ。名前は確か《スプリングストーム》と言った気がする。あの男は幼い私を剣で何度も何度も刺し、殺したのだ」
「所謂プレイヤーキルって奴ね」
レナが呟く。
「それ以来、私は恐怖に怯えながら毎日を過ごすことになってしまった。この世界は現実だ、だから大丈夫。そう思うことで精神を保っていたが、ある日突然、その前提条件が崩れてしまった」
「ハッキング……」
カナミの言葉に、アカリはこくりと頷く。
「あのアナウンスの後、ヨシアキからここは仮想世界だと説明を受けた。私はもう気が狂いそうだった。だから私は、剣を持っているユウトに同じ恐怖を味わわせてやろうと思ったのだ」
アカリの目には涙が溢れている。
まさかアカリにそんな過去があったとは。ずっとそんな思いを抱いていたとは。
俺は折りたたみ傘を戻し、彼女の頭をポンポンと撫でた。
「アカリ、辛かったな。でも大丈夫、俺は仲間を刺すような真似はしない。アカリが殺す気が無かったってことは信じるよ。だからアカリも、俺のことを信じてくれ」
「ユウト、私は……」
大粒の涙を流し、うわーっと泣き叫ぶアカリ。
俺は背中に手を回し、彼女をそっと抱きしめる。
ミサキとカナミ、レナ、ヨシアキ、ホノカは沈痛な面持ちでその様子を眺めていた。
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