第26話 見張り
すっかり日が暮れ、朽ちた護衛艦の艦橋から懐中電灯とランタンの光が漏れている。
「いやぁ。にしてもよぉ、さすがに先が遠すぎねぇか?」
ヨシアキがぽつりと嘆く。
艦橋から外を見る限りでは、越えようとしている山脈までまだまだ距離がある。
だが、そこまでずっと荒野というわけではなかった。山脈の手前には森が広がっていて、湖らしきものも見える。
「次は湖のあたりで泊まることになりそうだな」
「そうだね。レイクサイドでキャンプって、なんかオシャレだね」
俺の言葉に対し、呑気なことを言うミサキ。
実際はモンスター対策をしながら命がけでキャンプしなければならないはずだが、今はこの一晩を乗り越えることが最優先だ。ここで明日のことを考えて気が滅入ってしまってもしょうがない。
「私もうヘトヘト。お兄ちゃん、おやすみ〜」
早々に寝袋を敷き、眠ろうとするカナミ。
止めようとしたが間に合わず、起きる気配もない。
妹抜きで話を進める。
「そうだ、一つ提案してもいいか? いつまたゴブリンが襲ってくるかも分からないし、交代で見張り番をしようと思うんだが、みんなはどう思う?」
問いかけると、全員が肯定的な態度を見せる。
「うん、私は賛成だよ。寝てる間にHPがゼロなんてことは避けたいからね」
最初に口を開いたのはミサキ。
続けて、レナが言う。
「ええ、私も賛成よ。でも、一人だけじゃ少し不安なのだけれど」
確かに、暗闇の中で女の子一人に見張りをさせるのは酷な話だ。
せめて二人体制にするべきだろう。
「そしたら、三時間ごとに交代ってことにして、最初は俺とミサキ、次がレナとアカリ、最後がヨシアキとホノカでどうだ?」
とりあえず適当にタイムスケジュールを組んでみたが、意外とすんなり受け入れられた。
「おう、俺は全然構わないぜ」
「私もっ、それで良いと思いますっ」
「ああ、私もそれが最善であると考える」
ヨシアキ、ホノカ、アカリが頷く。
「じゃ、決まりだね! ユウト君、一緒に頑張ろう!」
笑いかけるミサキ。
俺もこくりと首を縦に振って笑顔を見せた。
西暦二〇二五年七月二十九日、早朝。
レナと見張りを交代してから三時間。何やら隣が騒がしい。
眠い目を無理やり開き、状況を確認する。
「おいヨシアキ、良い加減に目を覚ませ」
「ヨシアキさんっ、もう交代の時間なので起きて下さいっ」
アカリとホノカが寝袋をゆさゆさと揺らしている。
どうやらヨシアキが起きないらしい。
「ホノカを一人きりにするのも可哀想だし、私が付いていましょうか?」
レナがホノカに声をかける。
それを聞いて、俺は慌てて体を起こす。
「いや、だったら俺が付くよ」
「ユウト、あなたいつから起きてたの?」
驚いた表情を浮かべるレナ。
「いや、なんか騒がしかったから」
目をこすり、寝袋から出る。
するとホノカが心配した様子で話しかけてきた。
「ユウトさん、三時間しか寝てませんよねっ? 無理しないで下さいっ」
「だけど、さすがにレナが三時間睡眠になるのはまずいし。大丈夫、一晩寝なかったからってどうってことないよ」
力こぶを作るように右腕を上げると、ホノカは少し戸惑いつつ一言。
「そしたら、お言葉に甘えてっ……!」
「ああ。頑張ろうな、ホノカ」
俺はホノカと顔を見合わせ、微笑みあった。
その横で、レナがため息を吐いてぽつりと呟く。
「全く、お人好しというか何というか……」
「ん? 何か言ったか?」
首を傾げると、レナはそっぽを向いて寝袋を広げだした。
「いいえ、何でもないわ。おやすみなさい」
「お、おやすみ……」
そそくさと寝袋に入ってしまったので、レナがさっき何と言ったのか全然分からなかった。
俺とホノカは艦橋から下に降りる階段に並んで腰掛け、見張りをする。
二人の間に置かれたランタンの明かりがお互いの顔を照らす。
「あ、あのっ。本当に、大丈夫ですかっ?」
ホノカはまだ俺のことを心配しているようだ。
「本当に平気だから、そんなに心配すんな」
ポンポンと背中を叩くと、ホノカは「すみませんっ」となぜか謝った。
無言の時間が流れる。気まずい上にこのままでは眠ってしまいそうだ。
「そうだホノカ、折角の機会だし色々話そうぜ」
声をかけると、ホノカがこくりと頷く。
「はいっ。お話していた方が怖さも紛れますし、是非っ」
でも、年上の女性に何を話せば良いのだろう?
まずは無難な話題から入るべきか。
「何から聞こうかな……? それじゃあ、ホノカは大学で何を学んでるんだ?」
「えっと、仮想現実についてですっ」
「VRデバイスとか?」
「というよりは、フルダイブみたいな技術面の研究ですねっ」
無難な話題を選んだつもりが、結構攻めた感じになってしまった。
この際、直球の質問を投げてしまおう。
「ホノカはこの世界が仮想世界だって知った時、どう思った?」
「そう、ですねっ……」
俯き、顔を曇らせるホノカ。
いくら直球といっても、さすがにこれは攻めすぎたか。
「いいよいいよ。研究していたなら、尚更話したくないよな」
顔の前で手をひらひらと振り、微笑みかける。
しかしホノカは、ちらりとこちらを見て首を横に振った。
「いえっ、話せますっ……。私、話したいですっ……」
「そうか。じゃあ聞かせてくれ」
俯くホノカに、俺は静かに優しい眼差しを向ける。
しばらくして、ホノカが口を開く。
「……この世界がVR空間って知った時、私は正直嬉しかったんですっ。この研究はちゃんと実って、技術が実用化されるんだって。私が研究する方法とヨシアキさんが説明してくれた方法、全く同じだったからっ……」
「…………」
彼女の言葉は、予想外にも前向きなものだった。
自分の研究が実るという点ではもちろん喜ばしいことかもしれないが、仮想現実を研究しているこの世界が仮想現実でしたというオチは俺からすれば辛いものに思える。
しかも、すでに実現している技術と方法が同じということは、その研究が後追いでしかないことの裏返しとも言える。
だが、彼女はそれを喜んだ。
「あっ、すみませんっ! 不謹慎、でしたよねっ……?」
ホノカが俺の顔を覗き込む。
「いや、不謹慎とかじゃなくて。ただ、ちょっと安心した」
「安心、ですか……?」
「ああ。ホノカなら、きっとこのゲームの謎も解けると思う。一緒に頑張ろうぜ」
ホノカの強さを知って、自然とそんな言葉が出てしまった。
「はい、頑張りましょうっ……?」
だが、突然そんなことを言われたホノカ本人は何のことやらと首を傾げていた。
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