第28話 噂の真相


 

 その日工場へ行くと、渋いグレーで塗装されたデルタ2機が置かれていた。

 カバーが付いて内部剥き出しの部分がなくなるとグッとイメージ変わるもんだね。工場の機械みたいだったのが、カッコいい乗り物っぽくなった感じだ。


「へぇ、外装も付いたんだね。カッコ良いじゃん。なんでグレーにしたの?」

「量産型の武骨なイメージにしたかったんですよ。昔のアニメの影響かな? 俺も直虎さんも好きなんでね」

 ふうーん、良くわからないけどそんなもんなのかな。Gクラブのパイギアは鮮やかな白だけどね。そーいえば時々、巧と直虎がG部主将の佐久間の事を『連中の白い悪魔』って呼んでるけど、それも意味があるのかな?


「で、改造は上手くいったの?」

 要は古い機体であるデルタギアを最新のパイギアにどれだけ近づける事が出来たか?って事なんだと思うけど。

「パイと比べたら流石に運動性能は劣りますよ? まず骨格から違うんですけど、そればっかりは変えようがないですからね。唯一パイギアに勝ってる部分があるとすれば、アームの強さぐらいだし。元が作業用ですからね。まあ、ゲームにはほぼ関係ないですけど」

 素人考えだと、その作業用をゲームに使えるまでに改造した巧の腕に感心しちゃうんだけど、本人の理想はもっと高いようだ。


 2機のデルタをぐるりと見回すと、片方は両腰に銃が付けられていて、もう片方は銃と剣が装着されていた。


「銃2丁の方が直虎さん専用機です。直虎さんの射撃の腕を活かす為に銃2丁で剣は無しって仕様にしてます」

 なるほど、射撃特化のガンナーって事か。G部副将の小早川と同じ仕様だな。


「俺の方は剣と銃を一つずつ。バランス重視型ですね」

 これもG部で言えばNo.3の本多と同じだな。って事は……。


「ハルカさんには剣2本の二刀流でいってもらうつもりです」

 うわぁヤッパリ、主将の佐久間と同じじゃん⁉


「別にそれぞれが相手と一騎討ちを行うって事じゃないですからね。あくまで3対3で当たる訳ですから。これが全体のバランスを考えた上での最良のパターンだと思います」

 って、巧は言うけどヤッパリ、それぞれの相手には意識されちゃうんだろうなぁ。それにアタシがキング役らしいし。キングが落ちたらたとえナイトが残ってたって即終了って、責任重大過ぎるじゃん。


「大丈夫です。俺と直虎さんが必ずキングを支えますから。ナイトを信頼してください」

 ずーんと気が重くなったアタシを気遣って、巧がそう声を掛けてきた。

 ダメだなあ、精神面が弱すぎて自分で嫌になる。もっと自分自身が強くならないと。これはスケートの時みたいな個人競技じゃない。頼って頼られて支え合うチームプレイなんだ。


「うん、頼るよ。アタシも頑張る」

「はい。じゃあ、今日は剣の訓練をやりましょう。見ての通り、剣って言うよりサーベルに近いんですけどね。使い方も突くのが基本です。ちょっと今持ってみて下さい」

 言われて生身のまま持ってみる。銃とは違ってかなり軽く、ギアに乗らなくても振り回せるくらいだ。


「要は塩ビパイプの両端を丸めただけの棒なんです。中は空洞だからそんなに軽いんすよね。だから叩くように使うとアッサリ曲がります。突くのが基本なのはそういう理由からですね。勿論、これは規格が決まってますから皆んな条件は同じです」

 なるほど、水道とかの配管で使いそうなパイプだな。


「折れないように叩くのはいいの?」

「もちろん、カプセルを狙う分にはいいです。ハルカさんは2本持ちだから、敢えて1本は折れてもいいやって前提で使ってみてもいいですね」

 状況に応じてそういう選択も有りって事だな。頭の隅に入れておこう。



「じゃあ、実際にギアで受ける方をやってみましょうか。ハルカさんは俺のギアに乗って下さい。俺は直虎さんのギアで攻撃してみますから」


 因みに直虎は今、お昼寝中なんだそうだ。

 呑気なもんだなって思ったけど、巧がルーティーンとして敢えてやらしてるらしい。その方が午後からの作業の効率が上がるんだそうだ。


「え? 巧は自分の専用機に乗った方がいいんじゃないの?」

「直虎さんのギアはガンナーだから、射撃の反動を抑えるために、肘とか手首の関節を固めにしてあるんですよ。だからハルカさんは俺の方に乗った方が練習しやすいんで」

 なるほど、その辺の事まで個人差考えて調整してるのか。


 アタシが巧専用機に乗って受けに回り、巧は直虎専用機に乗って攻撃に回る。あまり大きく動かずに、ほぼその場で巧が突いてくるのを避ける感じだ。

今はターゲットであるカプセルは付けてないけど、それに相当する部分を巧が攻撃してくる。両肩、胸、腹の位置だ。本当は背中にもターゲットは付くんだけど、今は身体前面に対してだけの訓練だ。

 巧の突きは最初はゆっくりで、慣れてくると段々鋭くなっていく。ガンナーである直虎専用機でもさほど苦にはならないようだった。ホントにこの男の実力は底が知れない。アタシの方も最初は何発か食らったけど、次第に反応できるようになっていった。ギアのボディを捻り、反らし、最小の動きで避けていく。自分自身では自覚してないけど、突いてこようとする予備動作を見切って、予め体が勝手に反応しているようだった。ちょっと動きに余裕すら出てる。それに気付いたのか巧は、一瞬ストップからの予備動作なしの攻撃や、フェイントを入れてくるようになった。流石にそんな攻撃されるともう、反応速度だけが頼りになってくる。

 必死で避けてる内に思考は完全に神経に置いていかれ、真っ白な頭の中で超反応へと移行していく身体をぼんやりと意識してる状態になる。そんな攻防がある程度続くとまた変化が訪れる。

 予備動作がまったく見えなくても『あ、来るな?』という気配を先に察知し始める。本気とフェイクの気を嗅ぎ分けて対応できるようになっていく。身体はヒートアップしながらトップスピードへと登りつめつつ、逆に意識はやたら冷めていた。


 そんな中、何故か突然巧が別の剣に持ち替え、それでまた同じ様に攻撃してきた。

 剣を替えた事に何か意味はあるのかな?

 意味はわからなかったけど、違いにはすぐ気がついた。剣の先に何か文字が書いてあるようなのだ。突くスピードと引くスピードがほぼ同等で、同じ所に留まる事がない剣の先の文字を読み取るのは至難の業かと思えたが、集中力が極限まで高まっていたので案外すぐ読めた。

 が、それで油断した次の瞬間、剣がそれまでの突きの動きから一変、上から振り下ろす縦の動きに変化した。

 直線の軌道をずっと避けてきた所にいきなりの縦の軌道は流石に反応が遅れ、左肩のポイントに見事にヒットされてしまう。




「当たりましたね」

 一旦間を開けて、少し曲がった剣を収めながら巧が言う。

「うん、やられた」

 基本は突きだけど、曲がってもいいやって前提で振ってみるのも有りだって聞いてたのに、まんまとやられちゃったな。

「まあ、あんまりいい手段じゃなかったですけどね。ハルカさんの反射神経がバケモン過ぎて、あんな手しか使えなかったってとこです」

 そう言って笑う巧。バケモンって女の子に使う言葉じゃないと思うけど、一応褒められてんのかな?


「そんでさ、『花』って何?」

「え?……あぁ、やっぱり見えてましたか。動体視力もハンパないですねえ。まあ、そうじゃないかと思って試したんですけど、まさかハッキリ読み取るとはね」

 と、巧が言うように、持ち替えた剣の先に『花』って文字が書かれていたのだ。あれはどの程度剣先が見えてるか測るためだったのか。

「そりゃフィギュアじゃ、周りの景色が超高速で動いてくもん、目も鍛えられるよ。で、なんで『花』って文字なの?」

 と聞くと、巧が困ったような顔をした。

「いや、別に意味はないんですよ? マークでも良かったんですけど、難し過ぎず、簡単過ぎずって考えてたら何となく。多分、俺の中でハルカさんって向日葵のイメージがあるからかな? いつも太陽に向かって真っ直ぐシャンと立ってるってイメージがあるから」

 優しい笑顔でそんな台詞をまっすぐ目を見て言われたら、何ともいたたまれない気分になってしまう。どうせ巧の事だから、それ以上の深い意味はないんだろうけどさ。顔、真っ赤にしてるアタシがバカみたいじゃん。



 

「な〜に二人でいい雰囲気になってんすかねぇ?」


 突然、後ろから声が掛かって思わずドキッとしてしまう。

 見ると、ここ2、3日ほど顔を見せなかった天草が買い物袋をぶら下げて立っていた。こいつがなんでまた来なくなったかというと、例のウォータースライダー生乳丸出し事件があったからである。


「やあ、天草さん、こんちは」

「こんちは、巧くん」

 と、何事もなかった様に挨拶する二人。


「ちわ。あの事は吹っ切れたわけね」

 アタシが何気なくそう言うと、ズンズンと近くまで迫ってきてアタシを笑顔で見上げてくる天草。

「あの事? はて、何の事でしょう?」

 顔に張り付いたような笑顔がヤバイ。目が全く笑ってないし。

「だから、ウォータースラ……」「え? 何です?」

 コイツ、アレをなかった事にしようとしてるな。セリフを被せながら、背伸びして顔をズンと近付けてくるのがコワ過ぎる。

「あー、ゴメン、何でもない。アタシの勘違いだった」

「そーですか、なら良かったです」


  うーん、コイツ怒らせたらマジ怖いなぁ。まるで太刀打ちできる気がしない。今更ながらつくづくそう思うアタシだった。





  ◇



 天草が来たタイミングで直虎も起きて来たんで、アタシと巧も一旦休憩してお茶しよう、って事になった。


「Gクラブの情報なんですけどね、今北海道に遠征に行ってるらしいです」

 天草がそんな話を出してきた。

「北海道かあ。今の時期、良いよねえ。美味しい物いっぱいだし。毛ガニとか食べてるんだろうねぇ」

「別に遊びに行ってる訳じゃないでしょ? まあ、アイツらだといいホテルに泊まってそうだけど」

 そう直虎に突っ込んだものの、アタシだって羨ましい。あの上から目線なマネージャーとかも、しれっと付いて行ってるんだろうなあ、何かムカつく。

「北海道には全国3位の高校があったはずです。他にも意外と強豪校が多いんですよね、北海道って。多分、元々広い土地で作業用のデルタギアが多く活躍してきたから、その流れでGスポーツが盛んになったんじゃないですかね」

「流石巧くん、情報通! だから今、強豪集めて片っ端から練習試合してるみたいですよ? しかも、そのほとんどにウチが圧勝してるらしいんですよね」

 観光でボケてくれたらいいのに、更に腕を磨いてるのか。気ばかり焦っちゃうなぁ。


「高校No.1チームの貫禄だねぇ。そりゃ佐久間とか、プロからスカウトされるくらいだし」

 と言う直虎に天草が首を傾げながら疑問を投げ掛ける。

「その佐久間主将のスカウトの噂、最近よく聞くんですけど、実際具体的な情報が全く入って来ないんですよねぇ。巧くん、何か知ってます?」

 巧がこの業界に深く関わってるであろう事は、最早このメンバー全員が認知している事実だ。具体的にどれほどの人脈を持っているかまでは知らないが、プロチームとの繋がりがあったってもう皆、驚かないだろう。だから天草もそう自然に巧に聞いた訳だ。

「俺も不思議に思ってたんです。佐久間さんにコンタクトとったチームとか、聞かないんですよね。大学生やら社会人をスカウトした話ならたまに聞くんですけどね。少なくとも俺が知ってるチームはスカウトしてないです。どっからそんな噂が出たのかなあ?」

 しれっとそう言う巧。こいつやっぱりプロチームとも繋がりがあったのか。

「それだと、デマの可能性が大きいですね。噂が広まったのは確か、6月の大会で優勝した辺りだったと思うけど」

 あれ? その天草の言葉に何か引っ掛かった。直虎を見たら、同じような顔してアタシを見てきたし。

「ねぇ、今思い出したんだけどさ? アタシらと初めて会った時、アンタそんなような事言ってなかった?」

「へ?」

「うん、僕も思い出したよ。佐久間がプロからスカウトされてるって話を初めて聞いたの、巧くんからだ」

 そう、G部の小早川たちに絡まれてた時、突然巧が現れて険悪だった場の雰囲気を言葉だけで変えた事があった。その時の内容が、G部主将の佐久間がプロからスカウトされてる云々って話だったのだ。

「あ……そーいや、言いましたね、確かそんな事w」

 と、明らかにヤバいって顔してる巧が言う。

「あれってもしかしてデタラメだったの?」

「まあ早い話、そーですね」

「ひっどーっ! 巧くんが噂の元凶だったんじゃない!?」

 つまり、巧が場を収める為についた嘘を小早川たちが鵜呑みにして、そこから広まったわけか。

「い、いや、確かに俺が大元かもしれないけど、あの場はああ言うしかなかったじゃないすか」

 珍しく焦る巧の反応が面白い。こりゃもう少し突っ込んでみよう。

「それはそうだけどさ、先生達やらネット民やら、本人だってその気になってるんだし。それを今更嘘でしたってなったら罪は重いよ? だいたい、あの怖い甲斐マネージャーに知られたらアンタ、刺されるんじゃない?」

「んな、怖い事言わないで下さいよ〜。だってそれで佐久間さんのモチベーションが上がって今の快進撃になってる可能性も無きにしもあらずだし。このまま行けばホントにスカウトが来るかもですよ?」

「うん、まあ、その快進撃を潰そうとしてるのが僕等なんだけどね」

 と、直虎がトドメを刺す。流石にそれがこたえたのか、

「うっ、どうかこの事は内密に……」

 と、終いにはそう頼み込む始末だった。

「アンタ、また秘密事が増えたじゃんw?」

「そーだねぇw」

「そーですよぉ?w」

 皆に責められて小さくなる巧。

「もう勘弁してくださいって……」


 万能男も、たまにはこうしてやり込めてやらないとね。












 




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