第27話 プールサイド


「あぁ……来ちゃったねぇ、巧くん」

「ええ……来ちゃいましたね、直虎さん」


 直虎と巧がしみじみと呟く。

 電車とバスを乗り継ぎはるばるやって来たここは、遊園地と隣接したそこそこ大型のプールだった。

 昨日突然言い出した天草に、半ば強引に連れて来られたのだ。まあ、どうせ日曜だから作業は休みだったし、どこかに遊びに行きたいね、とは言ってたけどね。近場の市民プールじゃなくてわざわざ田舎のこんな所まで来たのは、天草がタダ券を持ってたからという極めて単純な理由からである。

 いや電車とバス乗り継いでる時点でかえって高くついてるじゃん? とか野暮な事は言うなかれ。遠足気分な道中も、存分にはしゃいでしまった我々だったりするのだ。

 でもまあ人の視線が苦手なアタシとしては、都会のオシャレなプールじゃなくてちょっと田舎のファミリーなプールで良かったとホっとする。



「裸の女の人がいっぱいだったらどうしよう、巧くん? 目のやり場に困ってしまう」

「いい方法がありますよ、直虎さん。その眼鏡をサングラスに替えればいいんです」

「おお、それは名案だね! 視線が誤魔化せる」


 ……いや、それ絶対バレバレだから。

 ってか、そもそも裸じゃないから。

 こいつ等共同生活してるせいか、なんだか似てきたなぁ。



「ほら、ボケ~っとしてないで入りますよ!」

 と、まるで天草に連行されるかのようなアタシたち。

 明らかに遊び慣れしてないのがバレバレだな。


 施設に入るとまず、水着売り場へと向かう。天草以外は学校用の水着しか持ってなかったからだ。おそらく今年はこれ一回きりだろうから勿体ないとは思うんだけど、「案外リーズナブルな値段で売ってますよ?」と天草に言われたので買うことにしたのだ。

 水着売り場の規模は小さかったけど、それなりの種類はあった。値段もホントにリーズナブルだったし。

 水着購入後はそれぞれの更衣室へと分かれる。




  ◇




「うーん、やっぱりプールは失敗だったかなあ〜」

 アタシを着替えをチラ見しながらそんなセリフを呟く天草。

 どうせまた、おっぱいがどうとか思ってるんだろう。


「この身体はだいぶ筋肉ついてきたし、男ウケする身体じゃないでしょ? アンタみたいに可愛らしいのが似合う方がいいと思うけど」

 天草の水着はフリルのついた薄いピンクのビキニで胸の小ささを上手くカバーしてる感じ。鮮やかな花弁がついた大きめの麦わら帽子も可愛らしい。


「巧くんがそう言ってくれるといいんですけどね。その大人っぽい水着も良いと思いますよ?」

 天草がそう評価したアタシの水着は水色でハイネックの、おっぱいが全部隠れて谷間も見えないタイプだ。こんな場所でこれみよがしに谷間を強調するのって品がなく思えるもんね。

 まあこれでも胸のデカさは隠せてないけど。


 

 ◇



 なんかやたら他のグルーブから注目を浴びてるような、好奇と敵意の視線を感じつつ、プールサイドで巧たちと合流する。

 二人ともボクサータイプの水着で良かったぁ。ピッチリな競泳水着とかだったらどうしようって思ってたもん。にしても、ホントに真っ黒のサングラスしてる直虎には引いたけど。


「やあ、二人ともシックな色合いの素敵な水着だねぇ」

「はぁ? 色の識別できてないじゃん? サングラス外せよ!」

 と、直虎のサングラスを強引に奪うと、また盛大に目が泳いでるし。つか、プール入る前から全力で泳いでどーすんだよ?


「あれ? 直虎さんって眼鏡取ると意外とかわいいんですねぇ? ってか、てっきり数字の3みたいな目してんのかと思ってました」

 と、最近名前で呼ぶようになった天草に言われてるし。


「いや、眼鏡外したの○太くんじゃないんだから」

 ぶつくさ呟く直虎。


「まあ、ホントにお二人の水着姿はいい感じだと思いますよ?」

 と、巧のフォローだかわかんないのが入る。


「えっ、かわいい? 嬉しーです!」

 って誰も言ってないポジティブな捉え方できる天草もすごいな。そのまま巧の腕を取って流れるプールの方へ誘導していく。その際、巧の肘がおっぱいに微妙に当たる様にしてるのがいかにもあざとい。


「あ、ちょっと! ちゃんと準備運動しなさいよ?」

 いきなり流れるプールに入ろうとする天草たちに思わず口が出た。

 アスリートのサガとして、充分に身体をほぐさずいきなりやっちゃうヤツは許せないんだよね。

 

「そーだよ? いきなり入んないで、まず体に水を掛けてからにしないと」

 と言いながら水をすくってピチャピチャと体を濡らす直虎は、銭湯の掛け湯と間違ってんじゃなかろーか?

 足先からそーっと浸かって、「ハアア〜」とか唸ってるし。


 そういうアタシも水に浸かる気持ち良さと、重い胸が重力から解放される快感に声が出そうになったけど。ぷかぷかと浮いてるだけで気持ちいい。仰向けだとおっぱいの重みですぐ沈みそうになるのが難点だな。なるべく水面からおっぱいを出さないで、水面下ギリギリを保つと逆に浮力を生じるから、その辺りのバランスを取りながら浮き続けるのが地味に楽しい。

 名前の通り流れるプールだから巧と天草は流れて行っちゃったみたいだけど、ここはでっかい輪っか状になってるから自然と合流するだろう。

 

 こんな時でもふと、流れに逆らって泳いだら結構いい訓練になるんじゃないかと思ってしまうのは、アスリートとして復活してきた証拠かな。

 そして、思いついたらすぐ試したくなるのがアタシなんだよね。流石に人が多い時にやったら迷惑なんで、途切れた時に少し逆走してみた。

 うん、程よい抵抗がいい感じ。


「こら、ダメだよ? 逆走したら」

 すぐ横から直虎に注意されちゃったけど、あれ? コイツ、もっと前の方にいなかった?


「アンタも逆走してきたの?」

 アタシ、結構本気で泳いでたんだけど。

「朝倉さんが逆走してたから注意するためだよ?」

「いや、そうじゃなくて、アンタよくアタシに追いつけたよね? ひょっとして泳ぎ得意なの?」

「あ、うん。小さい頃に水泳教室に通ってたけど」

 と、てっきり運動音痴だと思ってた男からの意外な返事。


「水泳だったら朝倉さんに勝てるかもねw」

 その言葉にカチンと来た。


「へえ、いいじゃん。なら勝負してみる?」

「いいよ? じゃあ、アッチの50mプールに移動しようか。あそこならガチで泳げるから」


 という訳で、アタシと直虎は50mプールで対決する事になった。因みに負けた方は皆にアイスを奢るという罰ゲーム付きだ。

 一応、監視員さんに勝負したい旨を伝えると、端の2コースを空けてくれ、審判も買って出てくれた。オマケに他のお客さん達にも「今からこの二人が勝負しますので応援宜しく」とかハンドスピーカーで煽ってくれたもんだから、えらく注目を浴びる事となってしまった。ヤバい、人の視線苦手なのになあ。しかもこんな水着姿だし。


「カッコいいオネーさん頑張って!」とか「しょぼい兄ちゃん、根性見せろ!」とか、余計な声援が飛び交う中、足が震えそうだったけど、コースに立つと多少気が引き締まる。



 監視員さんの笛の合図でスタート。

 現在進行形で身体を鍛えてる者としては、例え水泳経験者と言えどあんなポヨポヨした身体のヤツに負ける訳にはいかない。全力で水を掻いていく。

 息継ぎがてらチラッと横を見ると流石に経験者、意外な程音も無く静かにスムーズに悠々と泳ぐ直虎がほぼ横に並んでる状態だった。直虎のクセに生意気だな。

 結構な歓声の中、ゴールにタッチしたのはほぼ同時のように思われた。

 二人共、激しく呼吸しながら監視員さんの方を見ると、


「お姐さんの方が僅かに早かった。お姐さんの勝利!」

 との宣言にまたギャラリーから歓声と拍手が起こる。

 ふう、何とか面子は保てたかな。




  ◇



 直虎に買わせたアイスを持って流れるプールの方へ戻ると、ちょうど巧と天草がペンチで休憩してるところだった。


「あーっ、いた! ドコ行ってたんですかー? 探したんですよ?」

 と天草が言うけど、アンタ的には巧と二人で楽しめたんでしよ?

 二人にアイスを差し出して、さっきの勝負を話してあげた。


「へぇ、いい勝負だったんですね。見たかったな」

「いや甘いです、巧くん。この人の場合、飛び込んだ時に水着が取れるっていうお約束がないと観客も納得しないでしょう」

 ってなにを言ってるんだか、この天草バカ


「それは想定したから、飛び込まなかったよ?」 

 直虎にも言って、水中スタートにしてもらったんだよね。この水着はガチで泳げるタイプしゃないもの。


「えーっ、それは無いですよーっ。そのブイみたいなヤツがポロンと出るのが様式美なのに」

 人のおっぱいを海の目印みたいに言わないで欲しい。



「じゃあ、アレ行きましょう。ウォータースライダー!」




 という訳で行ったウォータースライダーで、結果を先に言えばポロリはあったんだけどそれはアタシではなく、自分自身でフラグを立てた天草の方だったというオチ。そりゃそんだけ出っ張りがないとズレるよねぇ、とはとても口に出して言えなかったけど。


 巧にバッチリ生Aカップを晒して凹んだ天草と、疲れてへばった年寄りくさい直虎を置いといて、アタシと巧は流れるプールで再びプカプカ浮いて流れていた。


 青い空を流れる雲をぼんやり見てると、自分も雲になったような気になっていく。ギアの事は忘れて最高にリラックスしていると、突然お腹に重みを感じた。見ると小学一年生くらいの可愛らしい女のコがアタシのお腹に掴まって浮いていた。

 えっ⁉ とびっくりして辺りを見回すが、親らしき大人はいなかった。

 この子の身長だとプールの底に足がつかないと思うんだけど、どこから流れて来たんだろう? まさか泳いできたとは思いにくいし、浮き輪か何かから落ちちゃったんだろうか?

 

「じぃ?」

 まるで怯えた様子もない少女がアタシにしがみついたま唐突に言う。


「え、何? じぃって?」

 アタシを爺さんと間違えてる、なんて事はないよねぇ?


 巧も少女に気づいたのか近寄って来た。


「どーしたんです? その子」

「わかんない。突然しがみついてきたんだよね。親とか見当たんないし」

 すると少女はアタシを指差しながら巧に向かって同じ事を言う。


「じー?」

「ん? ああ、じーだね」

 なんか意味不明のやり取りをしてる二人。


「言ってる意味解ったの? 何? じーって?」

「多分、カップの事じゃないですかね。Gカップ」

 あっさり巧に言われて思わずとカッと熱くなった。


 はあ⁉ 何言ってんの⁉ 子供だぞ、バカか⁉ って思ってたら少女も力強くうなずいてるし。

 えーっ、ホントにおっぱいの事だったの⁉ こんな幼女が何で見ただけでアタシのおっぱいのカップわかったのよ⁉ つか、巧もなんでアタシのカップ知ってるのよ⁉



「いや、だから、俺は見た物を頭の中で分解したり、測定したりする癖があるって言ったじゃないですか」

 確かに言ってたけど!


「じゃあアンタ、いつもアタシを見るたび頭ん中で裸にひんむいたり、勝手におっぱいの寸法測ったりしてたわけ⁉」


「その言い方だと語弊がありますけど、あながち間違ってはない……うわっあぶねっ」

 幼女抱えたまま足を振り上げて巧の頭に踵落としを狙ったけど、流石に水の抵抗が大き過ぎてあっさりかわされてしまった。


「ちょっ、落ち着いて下さいって。だいたい、ガンマ作る前に身体測定だってしたじゃないですか」

 ああ、そう言えばそうか。あん時は天草がいろいろ測ってたけど、それをどこまで伝えたかは知らなかったもんなあ。


 急激に恥ずかしくなって顔真っ赤にしてたら、幼女が再び口を開いた。


「かれし?」

 と、巧を指差す。


「えっ、ち、違うよ? えーっと、おともだち?」

 うーん、何で疑問形で言ってんだろ、アタシ。


 すると少女は巧に向かって言う。

「このおっぱい、もんで良い?」


 はあ⁉ なんでそれを巧に聞くんだよ⁉


「うーん、チョットなら良いんじゃないかな?」


 だからなんでアンタが答えるんだよ⁉ つか、良くねーよ‼



 結局近くに親がいそうになかったんで、受付に連れて行く事にした。

 少女を真ん中に、その左右の手をアタシと巧が繋いで歩くと、まるで若い家族のようだった。実際、微笑ましそうにコチラを見て、何かヒソヒソ話してる人たちが結構いたし。巧と家庭を持ったらこんな感じなのかなぁ、なんて考えてる自分に気付いて勝手に恥ずかしくなってしまった。


 そんな中、あたしと同年代くらいのスタイルのいい少女がすれ違いざま、

「あーっ! お前っ!」

 と叫んでツカツカと寄って来た。アタシと巧の顔をまじまじと眺めた後、幼女に話かける。


「ねぇ、この美男美女、あんたの親?」

「違う。単なるターゲットだ、あたっ」

 否定した途端、少女にポカリと頭を殴られる幼女。ってかターゲットってなに?


「あ、ゴメンナサイ。あたし、コイツの知り合いなんで引き取ります」

 ってアタシに言ってくる少女。渡しちゃっていいのかなあ?って思ったけど、割と普通に会話してたし、知り合いなのは間違いないんだろう。


「じゃあ、このお姐さんについてってね?」

 って幼女に言うと、

「あっ、最後におっぱいもませ……あたっ」

 と、また少女に頭を叩かれてた。大丈夫かな?

 

 なんかまだ言い合いしながらも仲の良さそうな二人が去って行く。


「結局なんだったんだろ?」

「さあ? よっぽどおっぱいが好きなんじゃないですかね? それに、頭に角みたいな飾り付いてたけどあんなの流行ってます?」

「ああ、変にリアルなのが付いてたね。世の中、変わった人がいるもんだね」


 結局、最後まで良くわからなかったのだった。



 とまあそんな感じで、アタシたちは夏の定番イベントをそれなりに充実した形でクリアしたのだった。












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