第20話 夏休み直前!


「それでハルカさんは巧くんの事、どう思ってるんですか?」


 突然、天草にそう言われてアタシは戸惑ってしまった。


「どうって……生意気で頼りになる後輩、かな?」


「そういう意味じゃなくて」

 天草に言われるまでもなく、異性としてどう思う?って聞かれてるのはわかってるけど、正直何て答えていいのかがわからなかったのだ。

 今まで考えた事もなかったから、いや、敢えて考えないようにしてたかもだけど。

 アタシの中には、身体が急激に成長した頃に周りの態度が急変したって事が未だトラウマとして残っている。異性を性的な対象として見たり見られたりするのに怖さを感じてしまうのだ。

 普通に絡む分には問題ないけど、男と女を意識すると途端に臆病になる。

 だからアタシとって巧って存在はやっぱり「生意気で頼りになる後輩」でしかないのだ、今のところは。

……ん? 今のところは?ってアタシ何考えてんだろ?


「そういう意味じゃなくても、かわいい後輩って以外はないよ」

 結局そんな言葉しか出てこなかった。


「それ信用していいんですね?」


「うん、まあ、ね」

 我ながら歯切れの悪さが情けない。


「……実は巧くんの情報、本当は少しだけわかった事があるんです。元カノの情報なんですけど」


「えっ、やっぱりいたの?」


「いたっていうか、小学生時代なんすけどね。なんか、どこかのお嬢様とかなり親しかったみたいなんです。家族ぐるみの付き合いだったとか」


「家族ぐるみって、巧のご両親は……」


「ええ、巧くんは早くにご両親亡くされてますが、そのお嬢様の御家族が巧くんをすごく気に入ってたみたいで。お嬢様自身も巧くんにべったりだったらしくて、噂では既に婚約してるんじゃないか?とか、養子に入るんじゃないか?とか……」


 はあ? そんなの全然聞いてないんだけど⁉

 ってか、そんなそぶりすらなかったし。

 いや、でも『知り合いの所に世話になってるから早く独立したい』って、直虎経由で聞いたんだっけ。

 もしかしてその彼女んちに居候してるとか? それとも婿として受け入れられてるとか?

 いや、ないない。


「仮にその相手両親に気に入られてたってさ、あいつが婿に入ったりする訳ないと思うな。だってあいつはお父さんの工場を復活させようとしてるんだもん。あいつはずっと須藤巧なんだよ。そりゃあの容姿じゃ彼女の一人や二人、いてもおかしくないんじゃない? それに、その話って小学生の頃の話でしょ?」


「ええまあ。中学になると何故かいきなり情報が途絶えるんですよ」

 と、天草が悔しそうに言う。こいつが情報を全く掴めないってのも異常ではあるけど。


「小学生の頃とか、中学生の頃とか、関係ないよ。巧は巧なんだから。それに今は秋のイベントが全てなんだからさ? アンタも巧にちょっかいかけるならその後にしなよ?」


「……そうですね。ちょっとずつ仲良くなれたら、あたしにもチャンスあるかもだし」


「そうそう」

 天草に言いつつふと思う。


 これ、自分自身にも言ってないか?、と







 夏休みも目前に迫った放課後、久し振りにガレージにG同好会メンバーが揃った。最近、直虎と巧は殆ど巧の工場で作業してたし、アタシは体力作りに明け暮れてたもんね。

 

「やあ、朝倉さん久しぶり。どう? 体絞れた?」


「アンタね、肉が緩んでたみたいな言い方しないでくれる?」

 と、相変わらず無神経な直虎の言い草にカチンとしながら、どっかりソファーに腰を下ろした。


「ふぎゃんっ! またやったなっ、お約束かっ⁉ 重いからっ!」

 途端にソファーから天草のけたたましい声がする。

 

「あれ? いたんだ? ちっちゃいから見えなかったよ」

「嘘つけっ! 明らかに位置確認したろ⁉」

 勿論、先にソファーに座ってた天草の上に座ったのはわざとである。


「……それ毎回やってんですか? いつの間にか仲いいですね」

 と、巧も苦笑いだ。


「仲良くないですっ! 聞いてっ、巧くん! 他に人がいない時、この人酷いんすよ? 絶対ドSです!」

 って、アタシをダシにして巧に取り入ろうとすんなよ?

 したたかなヤツだな。


「まあ、朝倉さんは他に人がいても酷いからね」

 直虎コイツ直虎コイツで、緩い顔して容赦ないし。

 コイツの中のアタシのイメージってどんなだか、一度ゆっくり聞いてみたいわ。


「ですよね」

 ってオマエもかいっ!


「そんでなんでアンタがここに……ああそっか、例の動画か」


「何忘れてんですか。ガチボケですか? あんたが集めたんでしょーが」


 そーだった。例のプロモーションムービーが出来たから確認の為、皆集まったんだっけ。


「いや~楽しみだねぇ。向こうさんにはもう見せたんでしょ?」

 向こうってのは要するにGクラブって事だ。流石にGクラブのイベントなんだから、チェックしてもらう必要があるのだ。


「はい。そりゃもう大変でしたよぉ。あの甲斐マネージャーに鬼のようにダメ出しされましたからねぇ。何度編集し直した事か。あの人もドSですよ、真性のドS。あー、あたしの周りってなんでドSばっかなんだろ?」

 と愚痴る天草。


「天草さんって可愛らしいからつい、いじめたくなるんじゃないですかね?」

 あーあ、言っちゃたよ、巧。

 案の定、目を輝かせて食い付く天草。


「えっ、あたしそんなに可愛らしいすか!?」

 わざわざ聞き返すなよ、ウザイな。


「ええ、年下の俺から見ても可愛らしいですよ?」

 ああダメだ、こいつ。天然の女たらしとか、タチが悪過ぎるわ。

 なんか天草がソファーの背もたれに顔埋めながらバタバタしてるし。


「ほら、バカやってないで早く見せてよ?」

 催促したらやっとノーパソ取り出して準備し始めた。


「じゃあ、行きますよ? スタート!」


  ◇



 まず、Gクラブの普段の練習風景や試合の様子、去年のイベント等が、パッパッと高速でカットが変わっていく。そして、やたら力の入ったCGのタイトルが挿入。この辺はCG科の面目躍如って所か。

「うわっ、カッコいいなぁ」って直虎がそう呟いたほどだ。

 その後は主にπギアが活躍しているシーンをこれまた格好よく見せていく。が、突如画面が暗転、いきなり見慣れたガレージの風景が映り次の瞬間、アタシらG同好会の姿がバーンと出た。

「何これ!?」

 思わず叫んでしまったのは絵面のインパクトがエグかったからだ。

 ソファーにでんっと座ったアタシの両脇に直虎と巧が立っているという、まるでドロンボー一味のような構図。完全に女ボスとその部下にしか見えない。

 そこから例の小早川対巧のバトルシーンになり、巧の水面蹴りが決まった瞬間が流れる。が、小早川が倒れた場面はカットされていた。で、『無謀なるチャレンジャー G同好会、参戦!!』との文字が大映しとなり、後はイベントの日程やプログラムが流れ、プロモーションムービーは終了した。



「うん、思った以上に良く出来てるねえ。いいんじゃない?」

 と直虎が言うが、アタシ的にはちょっと納得いかない部分がある。


「アタシらが映ったカット、なんか怪しい組織みたいだったじゃない。あんなのいつ撮ったのよ?」


「え、普段からあんな感じですよ? 何気ない日常の風景撮ってた時に映ってたヤツだし。まあ、わざわざあのカット選んだの、甲斐マネージャーですけどね」

 あのイヤミな女か。どおりで悪意を感じるカットだった訳だ。って、普段からあんな感じって言われてショックだったけど。


「会長なんだからいいんじゃない?」

 って直虎がまた古い話を持ち出してくるし。巧が入部してきた時に、直虎が部長でアタシが会長とか言っちゃったんだっけ。


「でも『無謀なるチャレンジャー』って、かなり上から目線でバカにしてない?」


「そう言いますけど、あれでもかなり妥協してもらったんすよ? 最初なんか『愚かなピエロ達』って入れろって甲斐さんに言われてたんですから。それをなんとか食い下がってあのキャッチになったんです」


 つくづく酷いな、あの女。相当、根に持ってる感じ。


「まあ、アンタの苦労もわかったけどさ、あれだとアタシら、完全に勘違いしたヒールじゃん?」


 すると、それまで黙っていた巧が口を開いた。


「ヒール上等じゃないですか。勘違い野郎って見下されるのもいい設定だと思いますね。ここからみんなをあっと言わせる、それ最高じゃないですか?」

 と言って笑う巧になんだか凄味を感じてゾクっとなった。


「そーだねえ。なかなか燃える設定だよね」

 

 どうやらウチの男連中はこういうのが好きみたい。逞しい限りだ。


「わかったよ。じゃあヒールって事であいつ等ぶっ潰す?」


「いいねぇ」

「もちろん」

「やっちゃいましょう!」

 

 何故か天草までもがノッてきた。いや、アンタは中立じゃないとダメだろ?


「天草さん、ありがとうございます。良いプロモーションムービーです」


「えっ、うん。巧くんに喜んでもらえて嬉しいっ、うグッ」

 流れに乗じて巧にくっつこうとした天草の襟首を掴んで止めた。


「こらこら、何飛付こうとしてんのよ?」


「いちいち襟首つかむなっ! 首締まったでしょ⁉」

 とかうるさいのはスルーした。


「じゃあ、コレを夏休み初日にネットにアップだね。いよいよ本格的に始まる訳だからもう逃げられないな」

 

「ですね。一刻も早くガ……、ギアを仕上げたいですね。夏休みはほぼ掛かりっきりになりますよ」

 巧がガンマと言いかけてギアと言い直したのは、天草にまだ都市伝説の事を伝えていないからだ。ただでさえ巧にべったりな天草が都市伝説の真相を知ったらどうなる事やら。今まで以上に巧を追い回すのは間違いないだろうな。


「ねえ、巧くん。夏休みの間、僕も巧くんの実家に泊めてもらっていいかな? 行ったり来たりの時間も勿体ないし」

 巧に提案する直虎。


「ああ、全然いいですよ? 着換えだけ持ってきてもらったら」

 と、軽いノリでOKする巧に天草が食い付いた。


「えーっ、なんか合宿みたいで楽しそう! あたしも行ってもいいすか? 食事の支度とか洗濯とかやりますよ?」

 と天草がパタパタと手足を振りながら言う。子供かっ!


「天草さんも? 流石に女の子は泊まらせられないけど、昼間なら来てもらってもいいですよ。但し、メカに関しての取材はNGですけど」


「行きます行きますっ! 取材なんてどーでもいいですっ」

 大きな目を更に見開いて女の子アピールする天草。もしコイツに尻尾が生えてたらさぞかし全開で振ってた事だろう。ここまで強引にいけるのも大したもんだな、と思う。ってか、取材はどーでもいいんかい。


「ハルカさんはどうします? ギアが完成するまでは基本的に体力作りがメインになりますけど。ただデルタ方が先に仕上がるんで、それである程度ギアに慣れてもらう必要ありますからね。できるだけ顔出してくれると助かります」


「うん、わかった。なるべく毎日通うつもりで行くよ」


            「え〜、別に来なくていいですよぉ」


「……聞こえてんだけど?」

 まったく。

 コイツが暴走しないように、やっぱりしょっちゅう顔出さないとだな。

 ほっとくと巧に夜這いでも掛けかねない。


 




   ◇



「ところで皆さん、この後の予定は?」



 

 そう天草が聞いてきた数十分後、何故かアタシたちは学園から割と近いゲーセンに来ていた。

 巧の工場こうばに行くにしては時間的に中途半端だし、せっかくだから皆で遊ばないかと、天草に連れ出されたのである。

 ホントはカラオケでも行く?って話だったんだけど、なんと直虎と巧は今まで一度もカラオケに行った事がないんだそうだ。

 直虎はともかく巧は意外だったけど、考えてみたら子供の時からずっとギアにのめり込んでた人だから、他人と遊ぶって事がほぼなかったらしい。


「彼女と行かなかったの?」

 って聞いたら、

「いや、彼女なんかいませんでしたから」

 って、割と素で答えたから、アタシと天草は顔を見合わせた。


「どーゆー事? 彼女いたんじゃないの?」

「ひょっとしてお嬢様だけがその気で、巧くん自身は付き合ってる自覚もなかったんじゃないですかね?」

 うーん、巧の性格ならあり得るな。つくづく女泣かせなヤツだ。


 と言う訳で、自然にゲーセンへと流れてきたのである。

 

「巧くん、アレやりましょう、アレ」

 と、早速天草が巧を誘ったのはゾンビを倒していくガンシューティングだ。

 ペアでやるタイプらしい。


 きゃーきゃーと騒ぎながらプレイする天草に比べて、淡々とゾンビを倒していく巧。やった事ないって言ってたわりには器用にこなしている。この辺はセンスかな。しかもクールな顔して結構負けず嫌いだから熱のこもったプレイを見せるのだった。

 が、このゲームでとんだ才能を発揮したのは、意外にも次にプレイした直虎だった。天草、巧ペアのプレイが終わり、流れでアタシと直虎のペアで次やれって事になり、『何で直虎コイツと』とか思いながらやったんだけど、直虎は鬼のように上手うまかった。正に意外な才能ってヤツだ。


「わかった! 沖田さんってほら、の○太くんっぽいから射撃が上手いんだ」

 とか天草に言われてるし。確かに間延びした雰囲気はあの国民的マンガの少年っぽいけど。


 その後は皆、天草に連れ回されて、クレーンゲームやったり、音ゲーやったり(これはアタシが圧倒的に上手かった。アスリートはリズム感も大事なのだ)と、結構楽しい時間を過ごせた。考えてみれば、アタシもこんな風に仲間と遊ぶって事、今までなかったな。フィギアに明け暮れた日々だったから。



 そんな事を思いながらベンチでアイス食べてると、巧が寄ってきた。

「あっ、何一人でアイス食ってんすか」


「いいじゃん、音ゲーで火照ったし。アンタも食べる?」

 一応、社交辞令?で言ったんだけど、生憎コイツには伝わらなかった。


「あ、じゃあいたたきます」

 と、止める間もなく食べ掛けんとこをガブっと齧られる。


「ば、バカ、本気で食うなよ!」


「え、言うの遅いですよ。じゃあコレ、お詫びにあげます」

 と、何やら黄色と赤の派手な鳥のマスコットを差し出してきた。


「なにこれ? オウム?」


「鳳凰じゃないですかね? いわゆるフェニックスのモデルの。ハルカさんのイメージにピッタリじゃないすか?」


 もしかして男の子から何か貰ったの、初めてだったかも。こんな物でも正直、かなり嬉しい。


「あ、ありがと」

 言いながら顔が赤くなっていくのがわかる。


 するとそこへ天草と直虎が戻ってきた。


「あーっ、ハルカさんはそれなんだー。あたしはコレ貰っちゃいました」

 と、天草がハムスターのマスコットを愛おしそうに頬ずりする。

 ……なんだ、コイツも巧から貰ったのか。そりゃまあアタシだけが貰うなんて事はないよなぁ。って思ってたら、


「あ、僕はこれだよ。ありがとう巧くん」

 と、直虎もアライグマのマスコットを取り出す。お前もかいっ!

 

「いえいえ、因みに俺はコレです」

 と、虎のマスコットを見せる巧。



……なんの事はない、単に巧がクレーンゲームの達人級だったってオチだった。







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