第18話 語られる伝説
フェンスを超え敷地の中に入る。
いきなりアタシたちを出迎えたのは高くそびえるスクラップの山だった。車にバイク、パワードギアのパーツがこれでもかと積み上がっている。広大なスクラップの山と山のあいだに奥へと続く道があった。
スクラップ沿いに奥へと進むとちょっとした広場のような場所に出た。
周りはスクラップの山に囲まれているから、まるで闘技場かなにかのようだ。
その一角にさらに奥へ進む道があったので歩いていく。
すぐ大きな工場のような建物が現れた。その入り口に古い看板が掛けられている。
『須藤モータース』
看板にはそう書かれていた。
「巧の家って工場だったの?」
「ああ、なんかチラッと聞いたことあるよ。お父さんが工場を経営してたって。それで今は休業中にしてあるんだとか」
そうなのか。それは初めて聞いたな。考えてみればあのメカニックの腕は一朝一夕で身につくもんじゃないし、小さな頃から父親から教え込まれていたと考える方が自然に思える。
工場の入口は開いていたので勝手に入っていった。
中には染み付いたオイルの匂いと共にいろんな工作機械あり、なんの部品かわからないようなパーツに溢れていた。
中央付近にカバーが外され、中の機械が剥き出しになったギアが2台、立った状態で置かれている。
その前で作業着を着込んだ巧が笑顔でアタシ達を迎えた。
「いらっしゃい。わざわざ来てもらってすいません」
「お邪魔します。すごい本格的な工場だねぇ。それ、もしかして言ってた中古のデルタ?」
と、直虎が2台のギアを指して聞く。
「そうです。昨日入ったんで早速バラしてたんですよ」
「呆れた。アンタそれで昨日休んでたの?」
「ええまあ。ここも長い事閉めてたから、片付けやらもあったもんで」
と、悪びれる事なく言う巧。
「ここって親父さんの工場だよね? まだ使えるの?」
「一応休業中って事にしてますけど、動力とか止めてないんで使えますよ」
なるほど、ここで作業してた父親を見てて、仕事を覚えたのかな。
そしていずれは自分が工場を復活させるってつもりみたい。
「ここだと作業が捗りそうだねぇ。でもそのデルタ、お金掛かったんじゃない? 大丈夫?」
と、直虎が恐る恐る聞く。一世代前の中古といえど、ギアの値段は車買うよりちょい高いくらいだもんね。
「ああ、それは大丈夫です。知り合いから借り受けたんですけどね、『改造してクラッシュに使う』って言ったら面白がってくれて。終わったらそのままコレクションにするから、思う存分イジってくれって事で。なんなら改造費出しても良いって言われたんですけど、流石にそれは遠慮しました。その代わり使えそうな中古パーツも提供してくれるそうです」
「へぇ、すごい知り合いがいるんだね」
と直虎が目を丸くしてるけど、本当に凄いのはそこまで信頼されてる巧の方じゃないのかな? それに高校一年生の時点でそんな人脈があるのも異常だ。
そんなこと考えてたら、直虎と巧は早速デルタの改造について話込んでるし。
「……こいつは見ての通り、ごっついですからね。取り敢えず外せるパーツは全部外して、軽量化するのが第一歩なんです」
って巧が言うように、デルタの見た目は佐久間達のπギアに比べるとかなり重鈍そうな感じだった。そりゃ、競技用に軽く洗練されたπギアに対して、こっちはあくまで工事現場や災害救助用に特化した武骨なギアだもん。
例えるなら、πギアがレーシングカーならこのデルタギアは重機ってとこだ。こんなのがホントに競技で使えるようになるんだろうか?
そういえば直虎のギアだって元はデルタのスクラップから作ったんだったっけ。
「この2台とも改造は巧くんに任せていいの? 手伝わなくていい?」
「軽量化したら後は部分的にパーツを替えて調整くらいですからね、俺だけで充分です。それに直虎さんの方が大変になると思いますからね。他やってる余裕ないですよ?」
「それって前に言ってたアレの事なのかな? 正直、あの言葉の意味がまだ良くわからないんだけど」
それは巧が言った言葉、
『
「そうですね。今日わざわざ二人に来てもらったのは、実際現物を見せた方が早いと思ったからなんです」
「現物?」
なんか突拍子もないワードが出てきたんだけど……まさかね。
巧に促されて工場の奥の部屋と進んで行く。
そこも前の部屋と同じくいろんな工具やパーツが積み上げられ、更にその一角に大きなコンテナが置かれているのが目についた。
巧はそのコンテナのドアを開け中へと入り、アタシ達もそれに続いた。
「これって……ギア?」
コンテナの中にはなにやらシートに覆われた巨大な物が置かれている。
シルエット的にギアのようにも思えたが、その割にデカかった。
アタシが知ってるπギアやデルタギアより一回り大きい感じだ。
巧が無言でゆっくりシートを外していく。
そして現れたのはやはり想像よりも大きなギアだった。
「!!」直虎が息を呑む。
美しく流れるような曲線美を持つそれは静かに座っていた。
恐らくは定期的にしっかり手入れされているんだろう。なめらかな金属のボディは艷やかな光沢を放っていた。
ただ、よく見ると所々に裂けた傷や、丸く凹んだ穴がある。
いや、生々しい傷はボディだけではなく、ほぼ全身至るところについていた。なにかとてつもなく恐ろしい物を目にしているようで背筋がゾッとした。
「これって……、まさか弾痕じゃないよね?」
丸く凹んだ穴が映画とかで見る弾痕によく似てるんだけど……。
「そのまさかです。コイツはね、定期的に整備してるんだけど、この傷跡だけはわざとそのままにしてるんです。コイツと……、ある人が勇敢に戦った証だから」
巧が何を言おうとしてるのか、アタシは薄々気付いてるのかもしれない。
でもその先を聞くのがすごく怖かった。現実から離れて行くような、突然良くわからない世界に紛れ込んだような不安感。たぶん、直虎もそんな気持ちなんだと思う。今にも泣きそうな顔をしてたから。
でも、流石にそこは男の子、直虎がストレートに巧に聞く。
「その……戦った相手というのは……テロリスト?」
「そうです」
意外とあっけらかんと言う巧。
「じゃあ、まさかこのギアは……」
「はい、コイツが
◇
はっきり言って言葉一つでこんな衝撃食らうのか?ってほどのとてつもない衝撃を受けて目眩がした。多分、今まで生きて来た中で一番インパクトがあったのは間違いない。それは直虎も同じか、いや、彼の方がはるかに衝撃受けただろう。あのテロリストの一件は彼のその後の人生を大きく変えたのだから。
直虎を見ると案の定、口をあんぐり開けたまま固まっていた。
あれ? アタシも頭が追いつかないんだけど、さっき確かイプシロンって言ったよね⁉
「こ、これがホントに
思わずヒステリックに叫んでしまう。
「すいません、そうですよね。だから最初から説明していいですか? かなり長くなりますけど」
「……うん、そうしてくれる? あ、その前に
『ビシッ!!』
未だ口を開けたままフリーズしてた直虎に覚醒のビンタを食らわせたら、気持ち良い音が響いた。
打たれた頬を押さえてポカーンとこちらを向く直虎。目の焦点があってないし、こりゃまだ駄目かな?
『バシッ!!』
今度は強めにやったら流石に反応があった。
「に、二度もぶった⁉ 親父にもぶたれたこと無いのに⁉」
ああ、そのお約束が出たら大丈夫って事だろう。
「正気に戻った? 今から巧がじっくり説明してくれるそうだから聞くよ?」
何か喚き掛けたけど、その言葉に口をつぐみ頷く直虎。
「いいよ、始めて?」
正直アタシ自身まだ心の準備が出来てないけど、巧の話がどれほど途方もないのか検討もつかないので、準備のしようがない。
直虎も似たような心境なのか、ぐっと拳を握りしめて微動だにしない感じ。
「じゃあ最初から……まず、俺の父さんの話からなんですが……」
そうして巧の長い話が語られるのだった。
◇
かつて二人の天才がいた。
一人はメカニックの天才。
そしてもう一人は経営の天才。
学生時代から親友だった二人はとある発明品を完成させる。
それはパワードギアのプロトタイプ、「
その発明で確かな手応えを得た二人はそれに続く量産型の機体、
そんな中、メカニック(須藤正太郎)は結婚し、子供を儲け、巧と名付ける。
公私共に順中満帆で開発を続けていたある時、正太郎の妻の大病が発覚する。仕事よりも妻の看護を優先した正太郎はβの開発を親友に託した。
託された親友はとある大企業にギアを持ち込み、完成させ、結果その企業は更に発展する事となる。(巧の説明では「具体的な企業名は自分の口からは明かせない」という事だった。しかし、その大企業がカドワキ重工なのは誰が聞いても明白だろう)
一方、正太郎は妻の容態が安定してきた事もあり、妻がまた自由自在に動けるようにと、妻専用のギアの開発に取り掛かる。それが
失意の正太郎だったが、幼い巧や影から応援してくれる親友のために立ち上がり、誰も見た事がない巨大ギア、イプシロンの開発にとりかかる。
だがその完成間近、正太郎は交通事故で亡くなってしまうのだった。
この時、巧は僅か12歳。
残された巧はお婆さんに引き取られるが、そのまま亡き父が残したイプシロンの製作を続けた。
それに没頭するあまり学校も不登校になる巧。
そんな巧を支えたのが父の仕事仲間だった女性と、彼が恩師と呼ぶ学校の担任教師だった。
その恩師の影響で学校へも行き出す巧。
ところがその学校で彼はイジメを受けてしまう。
イジメの中心人物は学園カースト最上位の人物だったのだが、後にそれはイジメではなく、不登校を繰り返す巧をを発奮させるためだったと判明する。
なぜならその人物は、巧自身も忘れていた幼馴染だったからだ。
そんな中、巧の手によってイプシロンが完成するが謎のロックの為、起動はせず。
更にそのイプシロンを狙ったテロリストに襲われてしまう。
たまたま現場にいて騒動に巻き込まれる同級生達。その中には幼馴染もいた。
巧と幼馴染が捕らえられた時、仕事仲間の女性と担任教師が助けに現れる。
そしてロック解除の謎を解き、イプシロンを起動させた女性がテロリストのデルタを圧倒する。
大逆転勝利と思いきや、その女性こそテロリストのリーダーだと判明。
巧と担任教師、幼馴染は再び捕まってしまう。
が、隙を付いて脱出、そして教師がγに乗り込み、デルタを制圧。
更に敵に奪われたイプシロンと死闘を繰り広げ、これに勝利する。
結果、テロリストは捕まり大々的にニュースで報じられ、イプシロンはその存在をなかった事にされてとある場所で厳重保管、そしてガンマは亡き両親の形見としてこの工場でひっそりと封印される事となった……
◇
だめだ、まだ頭が追いつかない。
でも、でも何故か目から涙がとめどなく溢れていた。
それは凄絶な巧の半生への驚きか、同情か、感動か、自分でも良くわからなかった。その全部の感情が溢れ出たのかもしれない。
そんなアタシに困った顔でテッシュを箱ごと渡してくる巧。
オシャレなハンカチじゃないって所が巧らしくて泣きながら笑ってしまった。
直虎は? といえば、焦点の合わない視線で何やらブツブツ呟いてるし。
「……ガンマが……イプシロンも存在してた……コレは現実?……」
イプシロンはともかく、ガンマは今目の前にあるじゃん?
てかコイツ、自分は都市伝説を信じるって前に言ってなかった?
もっかいひっぱたいてやろうかと思ったら先にガードされた。
「待って待って!! ちゃんと正気だから! 叩かなくていいからっ!」
と、叫びつつ巧の方を向く直虎。
「……これが何ヶ月か前の僕ならたぶん、大掛かりなドッキリだと思って信じなかっただろうな。でも、ずっと君を見てきた今なら都市伝説だろうが何だろうが信じられるよ。それと巧くん、僕の仲間になってくれてありがとう。君と知り合えた事を誇りに思う」
直虎が目に涙を浮かべつつ巧と熱い握手を交わした。
照れたように笑いながら手を握り返す巧。
アタシもハグしてやろうと両手を広げたけど巧は寄って来なかった。
「ちょっと、何でよ?」
「いや、なんか恥ずかしいんで」
ホント、ムカつくやつだな。
「それでその幼馴染と恩師の先生は今どうしてるの?」
「先生の方は卒業してから連絡取ってないんですけど、元気だと思いますよ? 幼馴染の方も活躍してるみたいです。どっちも本人の希望で名前は出せないんですけどね」
「このガンマでテロリストと戦っちゃうんだもんなあ。めちゃめちゃ格好いい人だね、その先生って」
イメージとしてはすっごいイケメンのシュッとした男性って感じ。
「うーん、普段は地味なんですけど、あの時は最高にカッコ良かったですね。尊敬できる恩師です」
「幼馴染の人もさ、友情に熱い男だったんだねぇ」
と、直虎が言うと巧は一瞬「え?」って顔をした。
「あっ、……まあそーですね」
んん? なんか微妙な間があったんだけど? コイツ、まだ何か隠してるな?
「とにかく、俺が前に言った事、
「うん、それは凄い事だと理解はできたよ。それで具体的には僕のギアをガンマの様にするって事?」
「はい。ガンマの肝となるシステム、『POKDシステム』を組み込むのが狙いです」
「「POKDシステム?」」
改造デルタやイプシロンさえ凌駕したという驚異のシステム。
それは一体、どんなものなんだろう?
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