第14話 火種


 圧倒的なオーラを撒き散らしながら歩いて来る部長の佐久間。

 それだけでその場にいた全員にピリリと緊張感が走る。

 佐久間の後ろにはいかにも仕事が出来そうな女生徒が1人ついていた。

 長く美しい黒髪の美人だけど、凍りつくような冷たいな雰囲気が半端ない。

 多分マネージャーかな?

 そんで絶対ドSだと思う、うん。


 

「おい小早川。これは一体、どういう状況だ?」

 佐久間が、まだギアで地面に座ったままの小早川に問い掛ける。

 静かな口調の中に怒気を孕んでるのがまた恐ろしい。コイツは893の関係者か何かか?


「い、いや、あいつ等の動作確認に付き合ってやっただけだ。問題ねぇよ」

 明らかにウソとわかる小早川の言い分だけど、佐久間は表情一つ変えずに黙って聞いていた。

 しかしπギアの背中の壊れたカプセルは確認しただろうし、今尚座り込んでいるのをを見たらおよその状況を理解した事だろう。


 そして佐久間はGクラブの連中、ギャラリー、ギアに乗ってる巧を一通りぐるりと睨んでいく。


「この生徒たちは何だ?」

 更に聞く佐久間。


「勝手に集まってきただけだよ」

 と、また誤魔化す小早川。コイツ本当にどーしよーもないな。わざわざ集めてきたのはお前だろ?


「おい、今すぐ解散させろ」

 と佐久間が部員たちに、ギャラリーを帰らせるよう指示を出した。

 途端にパキパキと動きだす部員たち。

 まだザワザワと騒ぐギャラリー達を強引に帰していく。

 

 そして佐久間は、小早川と部員たちも部室に帰るよう命令した。

 巧を睨みつけながら渋々帰っていく小早川。

 後はアタシらG会と佐久間だけが残った。


「沖田、まだコイツを作ってたのか?」

 佐久間がギアを一瞥しながら直虎に言う。この2人が同学年とは、とても思えないなあ。直虎は全然ガキっぽいし、逆にこの佐久間の落着きぶりはもはやオッサンだ。


「うん。僕1人で作ったんじゃないけどね」

 と直虎。


「お前たちがなにを作ろうと勝手だが、なるべく目立たないようにしてもらえないか? ギアで遊んでる姿を快く思わない部員もいる。俺達はそれだけ本気でGスポーツをやってるんだ」


 はぁ? 何その言い草? まるでアタシたちが遊んでるみたいじゃん⁉

 ……って思ったけど、実際アタシは遊んでるだけだから何も言えないけど。


「僕らだって遊びでコレを作ってる訳じゃない。真剣に取り組んでるんだ」


「無理にとは言わん。できるだけ見えない所でやってくれたらそれでいい。しゃあな」

 そう一方的に言うだけ言って去ろうとする佐久間。その上から目線な態度にカチンときた。


「ちょっとアンタ、待ちなさいよ! 謝罪もなしに帰る気? こっちは今まであいつ等から散々嫌がらせされてきたのよ? 今日だって無理やり絡まれてバトルする事になったんだし。それについて何とか言ったらどう?」

 ビビリながらも早口でこれだけ言ってしまった。今は怖さよりも怒りの方が勝っているのだ。

 佐久間が怒気を孕んだ目でジロリと睨んでくる。


「俺達はこの学園の、いや全国の高校の代表として期待を背負ってるんだ。その俺達が素人の、しかもハンドメイドのギアに土をつけられたなんて、絶対あってはならない事なんだよ。本来決して許される事じゃない!」

 そう言って巧を睨みつける


「だが、今回はウチの小早川にも非があったんだろう。自分を過信し過ぎて油断したようだ。だから君等について、どうこう言うつもりは無い。今後も君等に関わらせないし、君等も俺達に関わってくれるな。それでいいだろう?」


 何だ? コイツ。結局謝らないし、むしろコッチが悪いみたいな言い方しやがって! オマケにお互いチャラにして忘れようって? ふざけんな! 確かにアタシらは、いや巧と直虎はアンタらの副部長に勝ったんだ!


「君らがちょっかい掛けてこないなら、僕らも何もしないよ。あと、これだけは言っとくけど、小早川が負けたのは油断したからじゃない。ウチの須藤巧がすごかっただけさ」

 そう佐久間にはっきり言い切る直虎を初めてカッコいいと思った。

 言われた佐久間は特に何も言わず、軽く手を上げ、背を向けて去っていった。


「アンタ、初めて部長らしい事したじゃん。ちょっと見直したww」

 直虎にそう言ってやったら、

「ふ――――っ、怖かったぁぁ」

 って、ビビってたのかよっ!


「だってアイツ、貫禄あり過ぎるもん。どこのオッサンだよって感じだし」

 あ、それは激しく同意するけど。

 

「いや部長、カッコ良かったですよ」

 と、いつの間にかギアから降りた巧が笑顔で寄ってきた。


「カッコいいのは君の方だよ。よくこんなギアでアイツに勝てたよねぇ」


「思った以上に性能上がってましたから。僕が休んでる間もずっと調整してたんですね」

 あっ、その言葉で思い出した。

 アタシは巧の首を脇に抱え込んでロックする。

「あんた今まで何処で何してたのよ?」

 

「ちょっ、痛いですって。いろいろ訳ありなんですってば。それにおっぱい当たってます」


「あーっこの変態っ、締められて喜んでるな? まあいいや、今日だけ揉ませてやろう」

 そう言うと巧の顔が真っ赤に染まった。


「いや遠慮しときます」


「なにーっ失礼だろっ⁉」

 巧の髪をくしゃくしゃにする。


 そんな感じで和気あいあいとやってたら、いきなり不機嫌そうな声を掛けられた。


「ちょっと貴方たち」


 見ると、さっき佐久間の後ろについてたクール美少女だった。

 なんだ、こいつ帰らなかったのか。もしかして部長の代わりに謝りに戻ってきたのかな?、と一瞬思ったけど、どうもそうじゃないらしい。アタシたちを見る目が冷えきってるもん。


「お願いだから佐久間君の足を引っ張らないでくれる? 彼はあなたたちなんかと違って、プロからスカウトが来るほどのプレイヤーなの。今がとても大事な時期なのよ? 変な事して彼の邪魔をしないで」


 うわぉ、、ときたか。

 しかも上から目線で『お前らが悪い』って決め付けヤバイ。鬼かこいつ?


「ちょっとアンタねぇ、さっきの部長にも言ったけどさ、ちょっかい掛けられたのコッチだから。いい加減迷惑してんの!」


 思わずそうキツめに言っちゃったけど、この女、申し訳無いって気は全くなさそうだな。逆にキッと睨みつけられたよ。


「あなた2年の朝倉さんだっけ? そんな茶髪でしょっちゅう授業サボってる問題児よね?」


「うっ、それがどうしたのよ? 関係ないでしょ?」

 

「関係なくないわ。あなた達の存在自体が迷惑なのよ? 沖田くんはGクラブに入れなかった事を根に持って、当てつけみたいにそんなスクラップをいじり続けてるし、そこの1年に至ってはどこで何してるんだか、遊び回ってまともに学校に来てないでしょ?」


 なんか色々調べてるっぽいけど、無茶苦茶偏見まみれだな。エリート意識に凝り固まってこんなモンスターが出来上がった感じだ。


「落ちこぼれが集まっても傍迷惑なだけ。あなた達はこの学園に相応しくないの」


 ぶん殴ってやろうかと思ったら、それまで黙って聞いてた直虎がいきなり声を荒げた。

「ふざけるなっ! 僕はともかく、朝倉さんも須藤くんも落ちこぼれなんかじゃないっ! 訂正しろ!!」

 今にも飛び掛からんとする様子だったから、巧に羽交い締めにされてる。

 こんなにキレた直虎見たの初めてだ。いや、前にもちょっとキレた事あったけど、あの時の比じゃない。

 この人は本当にG会メンバーを大切に思ってるんだろう。


 それにアタシはまあ、落ちこぼれと言われても仕方ない部分はあるけど、巧は落ちこぼれなんかじゃない。それは絶対だ。

 直虎だって今まで1人でコツコツ、ギアを作り続けてきたんだ。その努力を無駄な事なんて言わせない。


「あんたの言うその落ちこぼれが、Gクラブの副部長に勝ったんだよ? 直虎のギアと巧の技術で間違いなく勝ったんだ。それでも落ちこぼれとバカにして見下すの?」


「ルールのない野試合ならそんなハプニングが起こったとしても不思議ではないわ。小早川くんもすぐ調子に乗るタイプだし。そんな事もわからずにいい気になってるあなた達は正に井の中の蛙よ? キチンとルールに則った試合ならあなた達が勝つ事は100%ないわ」


 あまりにも上からの言い分にアタシも直虎も、何も言えなくなってしまう。

 言い負かされたんじゃなく、何言っても話にならないと感じたからだ。


「帰りましょう。この人に話が通じるとは思えません」

 巧もそう感じたのか、そうアタシたちを促した。

 

 直虎が頷きながら渋々ギアに乗り込む。

 そして、帰りかけた時、巧が最後に冷徹女を振り向きながらこう言った。

 

「……井の中の蛙大海を知らずって確か続きがありましたよね? 『されど空の青さを知る』だったかな? 遠くに見えてる空目指してひたすら登っていくヤツだっているんですよ。そうして辿り着いた喜びは、最初からそこにいたやつにはわかんないでしょうね」


 その言葉にマネージャーはフンッと鼻を鳴らしただけだった。



   ◇



「何、あのバカ女!? 何様!?」


 ガレージに戻ってきて荒れに荒れるアタシ。


「彼女はGクラブマネージャーで三年の甲斐 仁美かい ひとみ。まぁ喋ってわかっただろうけど、エリート意識の塊みたいな人だよ。僕は最初から目の敵にされてるんだよね」


「けっ。そんであの佐久間と付き合ってるわけ? えらそーな者同士。ってか、佐久間はまぁ凄いとしても、あの女は単なるマネージャーでしょ!? それがなんであんなに上から目線なのよ!? 『ドラの威を借るの○太』ってか!?」


「それあながち間違ってないですけど、正しくは虎の威を借る狐ですよ?」

 いや、冷静に突っ込むなよ巧。


「まぁ彼女自身、成績はトップクラスだし。見下されるのも、ある意味仕方ないかな。どうせ初めから住んでる世界が違い過ぎるし、アッチが何もしてこないなら、ウチはいままで通りにやるだけだからね」


「そうすね」


 直虎の言葉に巧が同意する。アタシはまだ納得できないけど、だからといってこれ以上揉め事起こしたくないしね。



「じゃあこの話はこれで終わり。明日からまた普通に戻ろう。どうせみんなすぐ忘れるだろうし」



 


 直虎がそう締めたこの言葉は見事にフラグとなるのだった。



 翌朝、アタシたちはもっととんでもない事に巻き込まれてしまうのである。






  ◇




 翌朝、アタシは放課後まで待てずにガレージに飛び込んだ。

 やっぱり直虎と巧も同じ気持ちだったみたい。二人はすでにガレージで何か話し込んでるところだった。


「あ、ハルカさん、はよーッス」「おはよー、早いね? 朝倉さん」

 と、二人が挨拶してくる。


「うん、オハヨーって、それどころじゃないでしょ⁉」


「ノリツッコミみたいな挨拶すね」


「ボケじゃないわよ! つかアンタら何でそんな落ち着いてんのよ⁉」

 二人ともパイプ椅子に座って缶コーヒーとか飲んで何だかくつろいでるし。今ここにいるって事は状況を把握してるからだとは思うけど。


「ハルカさんもコーヒー飲みます?」


「はぁ? それどころじゃ……まぁ貰うけど」

 巧が袋から缶コーヒー出してヒョイっと投げてきた。


「ちよっ、おいっ雑だなっ。ありがと」

 取りあえずアタシがソファーのいつもの位置に座ると直虎が口を開いた。。

 

「いや〜、なんかネットでバズってたねぇw」


「誰か動画上げちゃったんですね。一応ボカシは入ってたけどバレバレだったしw 俺ら、有名人っすねww」


 そう、二人が言ってるように、昨日の動画が現在絶賛バズリ中だったりするのだ。アタシも今朝何気なくネット見て仰天したもん。


 わずか10分ほどの短い動画だし、ボカされてはいたけれど、ウチの学園ってのはすぐわかると思う。なんたって超有名だし。逆にアタシらG会の方は誰だこいつ?ってなりそうだけど、ちょっと調べたらあっさりわかってしまうだろう。


「そんな、のほほんとしてていいわけ? いろいろヤバいんじゃ……ぶほっ、うっ、これブラックじゃん⁉ 苦くて飲めないよっ!」


「あっ、じゃあカフェオレと変えますか。それは貰いますよ」

 

 と言って巧がまだ開けてないカフェオレの缶を渡してきた。アタシが渡したブラックコーヒーを何のためらいもなく口にする巧。


「ちょっ、アンタ、何平気な顔して飲んでんのよっ⁉」


「へ? 俺、ブラックの方が好きですけど?」

 いやそーゆー意味じゃなくてね?


「巧くーん、朝倉さんは間接的なアレ、気にしてるんだと思うよ?」

 ってまた、なんでコイツのほうが先に気付くかなぁ? っていうか、巧って無茶苦茶鈍い?


「ああ。俺、別に気にしませんけど?」

 って、ホントに腹立つな、コイツタクミ


「君が気にしなくても、彼女が気にするんだよ」

 ちくしょう、コイツ直虎はコイツでムカつく。


「へぇ、ハルカさんって、そういうの気にしない人だと思ってました。意外ですね」

 はぁ? アタシをなんだと思ってたのよ?

 まあ、相手によるけどさ。


「相手によるんじゃないかなぁ? きっと」

 だから、コイツ直虎はなんでそんなに察しがいいんだよっ!





 ――その時、テーブルの上に置いてあった直虎のスマホが震えた。


 届いたメッセージを確認する直虎。


「……学園ここの指導部からだね。放課後、理事長室に来いってさ」


「案外、早かったですね」

 と、驚く様子もなく巧が言う。

 

 予め予測してたのか、殆ど動じてない二人。


 あるいは、何か企んでいるんだろうか?










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る