第183話 不屈 3

「とんだとばっちりだな」


「イレギュラーとはいえ無関係の現地民を手にかけることは少々気が滅入っていた。だが! それも今しがた雲散霧消」


「大義名分ができたとでも言いたいのか?」


「これで心置きなくカイル君を殺せる……」


「それであんたの心が満たされるのか?」


「さて、どうなるかさっそく試してみねば」


「そのシミュレーションは頭の中でできなかったようだな、ローム博士」


「ふん、先ほど覚えた言葉を……馬鹿の一つ覚えかね」


「あぁ。けど、あんたのおかげで新しい知識は得た」


「私の助手であれば喜ばしい言葉ではあるがね」


「あんたのおぞましい研究に付き合う気はない」


「私は物分かりが悪く、出来の悪い助手など端から求めていない。君の傍らにいる彼女を除いてはね」


「そいつは期待に応えられなくて残念だ」


 カイルの返答に合わせてアイリスも静かに頷いた。


「思い上がるのも大概にしたまえ……そろそろ幕引きといこうかね、カイル君」


 ロームが再び戦闘態勢に入る。


「俺の正面に魔法障壁を展開して15秒ほど時間稼ぎを頼めるか?」


「うん」


 アイリスは頷き、魔法詠唱を開始する。


 ロームは虚空から右手で大剣を取り出すと、右肩に担ぎながら前傾姿勢で距離を詰めた。


 間合いに入ると両手持ちし、カイルへ強烈な斬撃を繰り出す。


 攻撃はアイリスの魔法障壁によって阻まれたが、同時に障壁は切り裂かれ破壊された。


 (アイリス任せた!)


 カイルは先ほどの通知内容の把握に全神経を集中させ、防御体勢は取らず自然体のまま、ロームの攻撃には一切目もくれない。


 彼の正面では魔法障壁の展開と破壊が繰り返されている。


 ロームが魔法障壁を破壊する速度はアイリスの想定を上回りつつあった。


 (このままじゃ……けどさせない!)


「バインド」


 彼女は咄嗟の判断で詠唱魔法を切り替える。


 ロームの身体と手足を蔓のようなもので拘束した。


 さらに彼女は魔法障壁を展開させてカイルを守る。


 動きを封じ、魔法障壁破壊を阻止した。


 アイリスがそう感じた束の間、ロームのアーマーの周囲に虚空から紫色の剣身をしたダガーが複数出現する。


 彼女は即座に追撃の氷魔法を詠唱して凍結により動きを完全に封じ込めようとした。


 だが、魔法発動よりもナイフの挙動の方が僅かに速くバインドの蔓を切り裂く。


 拘束を解いたロームは宙へ浮かび、アイリスの追撃魔法を回避する。


 そのまま空中で大剣を振りかぶると、地上のカイル目掛けて振り下ろす。


 カイルが回避行動を取る気配はない。


 紫色に妖しく輝く剣身が魔法障壁ごと彼を叩き斬る勢いで頭上へ迫る。


 剣先が魔法障壁を捉えた。


 突然眠りから目覚めたかのようにカイルのバックステップ。


 大剣は彼の身体を捉えることは叶わず、地面に叩きつけられ、打撃音が周囲に反響する。


 攻撃は魔法障壁のみの破壊に留まった。


 ロームは大剣を虚空に消し去りながら仕切り直しのため、後方へ下がり間合いを取る。


「さっきの大砲は使わないのか?」


 カイルは落ち着き払った声で問う。


「それより確実なものがある」


 次の瞬間、カイルの周囲を取り囲むように虚空から口径の異なる砲身のようなものが複数現れる。


「流石に対処しきれまい!」


 宙に浮かぶ砲身から、カイル目掛けて砲弾と粒子砲が一斉に発射された。


 部屋内に爆発音が響き、彼の周囲が爆炎に包まれる。


 ヘッドアーマーに隠されたロームの口元が僅かに緩み、笑みを作ったが、直ぐに真顔へと戻った。


 間髪入れず、煙の中に一筋の光が現れたからだ。


 光の正体、セイバーの剣身が煙を突き破り、続けてアーマーが露わになった。


 カイルの渾身の突きがロームを貫こうと一直線に迫る。


「ほう、耐えたか……む!」


 ロームは感嘆した後、カイルのアーマーが視界に飛び込み眉をしかめる。


 通知内容を把握したカイルはマナコンバーターにより、自身のアーマーを強化させていた。


 それに伴いアーマーの形状が変化している。


 ロームの表情を曇らせた原因でもあった。


 彼は虚空から先ほどカイルの眼前に突き付けた砲身を再び取り出す。


「想定はしていた……しかし! 安直な攻撃は愚の骨頂!」


 セイバーを突き立て突撃してくるカイルへ向かって粒子砲が発射された。


 同時にアイリスの声がカイルの後方から聞こえる。


 直後、セイバーの剣身の周囲へ光を放つ糸のようなものが現れ、螺旋状に動き始めた。


 彼女のエンチャント魔法による効果である。


 粒子はカイルの身体を今にも丸呑みしようとしていた。


 ところがカイルは回避するどころか、粒子の中へ突き進もうとする。


 ついに粒子が剣身に接触した。


 粒子は剣身とカイルの身体へ接触するのを避けるかのように拡散する。


「馬鹿な! そんなことが……ありえん!」


 ロームが驚愕の声を上げる。


 カイルは粒子を切り裂くように突き進みながらロームへ接近していく。


 ロームは砲身を虚空へと消すと、シールドを展開し攻撃に備える。


 セイバーの刺突がシールドに命中。


 シールドとアーマーを貫通して腕にまで達した。


「ぐぉぉぉ! この程度で!」


 ロームが声を張り上げると、カイルの周囲を取り囲むように先ほどバインドの蔓を断ち切ったダガーが複数出現する。


 それらは獣が獲物を貪るかのごとく一斉に彼の身体へと食らいつこうとした。


 再びカイルの後方からアイリスの魔法詠唱が聞こえ、複数の氷の矢が各ダガーへ向かって飛んでいく。


 命中すると、包み込むように氷が形成されていった。


 ダガーは攻撃する意思を失ったかのように動きが止まり、地面に落下していく。


 アイリスの正確な狙いで次々と撃ち落とされていった。


 カイルの正面、アイリスからは死角になっている位置からの攻撃はセイバーで叩き落す。


 地面に転がったダガーはアーマーに一度も触れることなく虚空へと消え去った。

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