第182話 不屈 2
「この人がヤファスさんなの?」
「そうだけどそうじゃない」
「んー?」
アイリスは不思議そうに首を傾げる。
「詳しい話は後だ。交渉は決裂――」
カイルの身体がよろけて地面に膝をついた。
「カイル君の方はもう限界のよう――」
ロームの話を遮るようにアイリスはカイルへ右手をかざし治癒魔法を詠唱する。
緑光がカイルを包み込み、彼の傷を癒し始めた。
「ほう……」
ロームは一言呟き、ヘッドアーマーを装着する。
「だが!」
直後、再び大剣を虚空から取り出し一気に二人へ間合いを詰めてきた。
「アイリス!」
カイルが叫び、彼女を庇おうとロームへ立ちはだかろうとするが身体はうまく動かない。
アイリスは右手を彼へかざしたまま、ロームへ左手をかざす。
「我が魔力、全てを断絶する防壁となりて汝を守れ! アブソリュートプロテクション」
魔法障壁がアイリスとカイルを包み込むように展開された。
ロームの斬撃は障壁に阻まれて彼女へは届かない。
すかさずアイリスは次の魔法詠唱を開始する。
「我が魔力、荒れ狂う暴風となりて、吹き飛ばせ! テンペストウィンド」
ロームは両脚で踏ん張り、両腕を交差させて耐えようとするが吹き飛ばされる。
背中から柱に勢いよく激突し、地面へとうつ伏せに崩れ落ちた。
「同時に魔法を! しかも魔導書も使わずに!」
カイルが感嘆の声を上げる。
「急に女の子へ襲い掛かるなんて乱暴な人ね」
アイリスは傍らのカイルへ若干首を傾げながら横目で視線を送ると彼は静かに頷く。
緑光が消えていき、彼女はカイルにかざした右手をそっと離す。
カイルはゆっくりと立ち上がり、ロームを見据えた。
「おぉ!! その姿は!!」
起き上がったロームがアイリスを見るや否や急に大声を出す。
(な、なんだ!?)
カイルは何事かと驚きつつ彼女に視線を向ける。
(髪色が変化してる。洞窟で船の鉄鋼化作業をしてた時と同じだ。あれは光の反射でそうなってたんじゃなかったのか)
「我が愛しのリーア君!!」
ロームは大きく目を見開きながら瞬きすら忘れ、アイリスしか視界に入っていないかの如く真っ直ぐ見つめ続ける。
(リーア? さっきもそんなこと言ってたような気が)
カイルとアイリスの視線が合う。
「怖いよー」
アイリスは若干怯えた表情が混じった困り顔をカイルに返す。
「何も怯えることはない。半ば諦めていたのだよ……それがこうしてやっと巡り会えた! これは奇跡だ!」
「私はあなたのことなんて知らない」
彼女は再びロームへ視線を合わせ、彼の言葉を払いのける。
「リーア君はね……私と恋仲に発展する前に突然行方をくらましてしまったのだよ……」
まるで彼女の言葉を聴いていないかのようにロームは構わず話を続けた。
「私はアイリス。あなたのことなんて知らない。人違いよ」
「さっきカイル君を助けた時に使用したギフト、テレポーテーション。これはプロメアース号の乗組員でリーア君が唯一使えたのだよ。そして君はリーア君の生き写し。……つまりそういうことだ」
「たとえ私の先祖がリーアさんっていう人だったとしても、私は本人じゃない」
「ルーツはリーア君にある。全く無関係ではない。……さぁ、戻っておいで」
ロームは笑顔を浮かべながらアイリスに右手を差し伸べる。
アイリスとカイルは視線を合わせ互いに頷くと、彼女は数歩前に歩き出す。
立ち止まった地点はロームと手を取り合うにはまだ距離が離れていた。
「私が一緒に添い遂げたい人はカイルだけ」
「君が結ばれるべきなのはカイル君のように何の取り柄もない凡人ではない。この私のように才能溢れる人間と結ばれるべきだ!」
彼は両手を大きく広げ、自信に満ち溢れた表情で告げる。
「…………私のことは諦めて……」
アイリスは細い糸を断ち切るように言い放つ。
ロームがその言葉を聴いた瞬間、まるで過去のトラウマを思い出したかのように顔が徐々に引きつっていき、身体が小刻みに震えだす。
「き、君は……またそんなことを言って……」
(動揺している?)
二人のやり取りを静聴していたカイルがロームの様子を窺う。
「子孫がいる…………子孫…………あぁぁぁ! 誰が! 誰がリーア君の! 彼女の心を射止めたというのだ!」
ロームは両手で自身の頭を抱え、迫りくる真実を拒絶しようとする。
同じくロームの動揺を感じ取ったアイリスは隙が生じたと判断し、コールの魔法を詠唱した。
彼女の正面に金属と思しきもので構成されたバックパックのような物体が現れ、浮遊し続けている。
「カイル、ノーアさんからの預かりものだよ」
物体は宙に浮いたままカイルに向かってゆっくりと移動していく。
彼の正面まで移動すると停止した。
「これは?」
「マナコーンバターだよ。アーマーの背中に取り付けて使うんだって」
「美味そうな名前だな」
カイルが微笑みながら返事する。
(どうやって取り付けるんだ?)
思考した直後、再びマナコンバーターが移動し始めた。
(ん? 勝手に動いた)
それは彼の背後へと回り込むように動いた後、停止する。
(もしかして取り付けてくれるのか?)
予測通り自身の背中に接触するような衝撃を感じ、ほぼ同時にヘッドアーマーが自動でコールされた。
<マナコンバーター:装着完了>
通知音声が流れ、アーマーの形状が元の形へと戻っていく。
続けて聞き慣れない通知が流れた。
「君だ!!」
通知の内容を把握しようとしたところで突如声が割り込む。
カイルは声の主、ロームに視線を向ける。
「きっと君みたいな人間がリーア君を誑かしたのだ!」
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