第164話 勇み立つ者

 (ゼシリカとメフィアーネのマギアが俺の身体を隅々まで駆け巡る。……力がみなぎる!)


「彼女たちから託されたこの力! 絶対に無駄にはしない!」


 ミーリカは魔法詠唱しながら、ふわふわと空中を移動する。


「何か仕掛けてくるようね」


 サークリーゼの隣へ着地した彼女が話しかけた。


「ミーリカさん、相当な魔法の使い手なのですね」


「以前、ロムリア王国騎士団に同名で類稀なる剣の才能を持った有名人がいたわね。もしかしてあなたなのかしら?」


「残念ながら人違いです。私はただの放浪者ですよ」


「私の勘が外れるなんて珍しいものね」


「今の私に騎士を名乗る資格などありませんから」


「興味を持ったら聞いてしまうの……私の悪い癖ね、ごめんなさい」


「いえ、お気になさらず」


 二人は互いの視線を逸らし、同時にヤファスを見据える。


 (俺には築いてきたものがある! あいつらと過ごしてきた思い出と育んできた絆、その他全てを絶対に失うわけにはいかない!)


 ――


 ――――


 ――――――


 ――――――――


 ――――――――――


 ――レスクシオラ星、某所。


 雑居ビルが立ち並ぶ隙間にできた薄暗い路地で複数の少年がたむろしている。


 少年たちは同年代と思しき少年を取り囲み、その中のリーダーらしき者が怒声を上げた。


「おい、ヤファス!」


「は、はい……」


 ヤファスと呼ばれた少年は、消え入りそうな声で返事する。


「焼きそばマナ買ってこい!」


「や、焼きそばマナとは……?」


「知らねぇよ! 売ってねーならギフトで作れよ!」


「こいつギフト使えないらしいっすよー」


 取り巻きの男の一人が声を上げる。


「ははははは! そうだったわ。こいつギフトも使えない無能だったわ」


「「ぎゃはははは!」」


 ヤファスを取り囲む少年たちは一斉に彼を嘲笑う。


「けどよぉ、お前がギフトを使えなくても、俺へギフトは提供できるよなぁ?」


「ど、どういう意味でしょうか?」


「最近文学っつーのに目覚めちまったからよぉ。そろそろ落ち着こうかと思ってんだよ」


「文学とかマジかっけー! リーダーは俺たちみたいなバカと違ってインテリなんだよ! よっ! 希望の星!」


 取り巻きの一人が誇らしげに話す。


「おいおい、そいつは俺がデビューしてから言ってくれよ。……でなぁ、最近WEB小説書き始めたんだよなぁ」


「はい……」


 少年はポケットから端末を取り出し、自小説のトップページの画面をヤファスに見せる。


「どうだ?」


「ど、どうって……」


「タイトルを見た感想を聞いてんだ!」


「……すごく長いタイトル……ですね」


「俺が考えた渾身のタイトルだ。もっと感想あんだろ?」


「……タイトルを読んだだけで中身の小説を読まなくても内容が分かる素晴らしいタイトルだと思います」


「お前バカにしてんのか?」


「えっ?」


「お前なんも分かってねーな。今のWEB小説の総数知らねーのか? それに毎日どれだけの新規小説が生み出されて、更新されてると思ってんだ?」


「す、すみません……」


「シンプルなタイトルじゃ目立たねー。だからこういうタイトルにしねーと読者の目にも留まらねーから読まれねーってことよ。分かったか? お前そんなだからギフトも使えねーんだぞ」


「すみません……」


「でだ! ここからが本題だ」


「は、はい……」


「小説サイトでアカウント作って星とポイントよこせ! 後、感想とレビューも忘れるな。しょーもないこと書くなよ」


「そういうことを無理矢理させるのはズルなんじゃ?」


「うっせー! バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ!」


 少年はヤファスの胸倉をつかむ。


「やれよ」


「……で、できません」


「もう一度言う。……やれよ」


「……できません」


「やれ……つってんだろうが!!」


 少年の拳がヤファスの顔面に迫る。


「や、やめ!!」


 ヤファスは反射的に両手で防御しようとしたが間に合わない。


 命中する寸前、視界が変化する。


 辺りは暗く、自身へ殴りかかる少年の姿は見えない。


 よく目を凝らすと、壁に消灯したシーリングライトらしきものが設置しているのが見える。


 自分が天井を見ていることを把握した。


 (……夢か)


 全身にうっすらと汗をかいており、ベッドの中にいるにもかかわらず心地よさを感じさせない。


 ヤファスはベッドから起き上がり、部屋の明かりをつけた。


 (シャワーでも浴びるか)


 浴室で汗を洗い流してさっぱりした後、キッチンでインスタントコーヒーを淹れる。


 カップを持ちながら自室へ移動し、テーブルに備え付けてある椅子へ座った。


 コーヒーを一口味わう。


「ふぅー」


 口の中に広がる苦みと鼻腔をくすぐる香ばしさが、いつも彼の心を落ち着かせる。


 (最近、昔の夢ばかり見るなー)


 ヤファスはカップをテーブルに置くと、携帯端末を持って操作し始めた。


 端末でWEBサイトにアクセスする。


 (あの小説サイトってまだあるのか……)


 夢の中でリーダーが話していた小説サイトに行き着いた。


 トップページに遷移すると、ランキングが目に入る。


 (……タイトル長!)


 ランキング1位から10位まで表示されており、どのタイトルも長すぎて全文が表示されておらず途中で文字が切れていた。


 1位のリンク先を辿り、作品詳細を確認する。


 (なんか欲望垂れ流しみたいなタイトルだな……)


 さらに2位以下の作品詳細も確認していく。


 (これタイトルとあらすじだけ読めば、本文読まなくてもオチ分かるよな……)


 先ほどの夢で聞いたリーダーの「そんなこと言ってるからお前はギフトが使えないんだ!」という言葉が頭の中でリフレインする。


 (……うるさい)


 10位まで確認し、再びトップページへと遷移する。


 (こういうこと考えている作者ばかりなのか? それとも読者が求めるから需要に応えているだけなのか? いや、その両方の要因が絡んでいるのか?)


 画面を下へスクロールさせていく。


 (けど……もし……もし本当にこういうことができたとしたら……)


 目的もなく、さらにスクロールさせていった。


 (もし、俺がギフトを使えていたのなら……少しは人生変わっていたのかな……)


 しばらくスクロールさせていき、一つの動画タイトルが目に入ったところでようやく止まる。


 それは商業デビューした作家へのインタビュー動画であった。


 動画を再生すると、インタビューを受けている人間はどこかで見たことがある感覚を得る。


 それはすぐに確信へと変わった。


 なぜなら、先ほどの夢に出てきたリーダーが語っていたタイトルと同じタイトルをデビュー作として動画内の男が話していたからである。


「――それでは、この動画を視聴している未来の商業作家さんへ何かアドバイスお願いします」


「やっぱりオリジナリティって重要だと思うんですよ。でもね、皆そこを勘違いしてる。何かのテンプレが流行ったら皆こぞって真似して大喜利みたいなことしてね。ランキングもそんな作風ばかりに埋め尽くされてね。私は声を大にして言いたい。それは違うぞと。それはオリジナリティとは言わんぞと! 本当のオリジナリティを目指せ!」


 画面をタップして動画を停止させる。


 動画は笑顔で話すリーダーがアップになっているところで止まった。


 その表情はまるで成功者がヤファスの今置かれている状況を嘲笑っているかのようでもあった。


「はぁ……」


 ヤファスは満面の笑みを浮かべる彼の顔を見ながら大きなため息をつく。


 (俺は世渡りが下手なのかなぁ……)


 軽い気持ちで動画を視聴したことを後悔し始めていた。


 直後、端末から着信音が発せられる。


 画面を見ると勤め先からであった。


 ヤファスはWEBサイトの閲覧を中断して電話に出る。


「あー、もしもし、ヤファス君。朝早くからごめんねー」


「いえ、大丈夫です」


「急なんだけど、今から出勤頼むね」


「今からですか?」


「ん? 何か問題でもある?」


「……い、いえ……行きます」


「よろしくねー」


 そこで会話が終了し、ヤファスは画面に表示されている終話ボタンをタップした。


 (はぁ……俺は死ぬまでずっとこんな生活を続けるのか)


 彼はギフトが使えない。


 そのような人間は、この星では圧倒的に少数派だった。


 現在、ギフトの有無にかかわらず人間は平等に扱われている。


 というのが建前だ。


 実際はギフトのない人間は就ける職業が制限される。


 ギフトが使えない人間は無能であるという暗黙の了解が、見えない霧のように社会全体へ蔓延しているからだ。


 ギフトを使える者は人類の進化した姿であり、使えない者は旧人類であり滅びるべきであるとの思想を掲げる団体もいる。


 これは極端で過激な思想であり、この星に住む人々は皆NOを突き付けた。


 しかし、この問題が個人レベルに降りかかってくると事情は異なる。


 ある者は本音、またある者は無意識で彼らを見下したり、遠ざけたりしていた。


 その為、ヤファスのような境遇の人間は書類選考がほぼ通過せず、やっと面接に進んでも採用されることはほぼない。


 もちろん不採用の理由は明確にされない。


 仮に偽って入社しても、常に経歴詐称のリスクを抱えることとなる。


 ギフトが理由で直接解雇させられることはないが、自分から会社を去るように仕向けるなど精神的な負担を強いるのだ。


 自分を偽ることを良しとしないヤファスは、過酷な労働状況と知りつつもそこへ身を置いて生きていくことを選択した。


 だが、そんな彼にも心境の変化が生じ始める。


 (……もう……もう嫌だ! こんな生活を続けるのは!)

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