第147話 王都での戦闘 2
周辺のモンスターたちがカイルへ群がってくる。
下から上昇して襲ってくるモンスターにはかかと落としを繰り出し、上空から襲ってくる敵にはセイバーで斬り上げる。
身体を反転、回転させながらモンスターの襲撃に対応していく。
最初のモンスター集団を退けたところですぐに別のモンスター集団が襲ってくる。
今度は先ほどの動きに急上昇、急下降 急停止を加えて戦っていく。
その動きは予測不能でモンスターの方が飛行経験が豊富であるにもかかわらず、全く対応できなかった。
キャンバスへ絵画を描く筆跡のように空を縦横無尽に翔けてモンスター集団を蹴散らしていく。
周囲の集団を退けた後、加速して地上へと向かう。
地上もモンスターの襲撃を受けており、逃げ惑う人々の姿が見えた。
「ママー! 怖いよー!」
母親と幼い娘がゴブリンの集団に囲まれている。
ゴブリンのリーダーが不敵な笑みを浮かべながら近づいていくと、母親は恐怖に怯える娘を必死に抱きしめて庇う。
母親は見逃してほしいと哀願するが、モンスター相手に交渉の余地はなかった。
「この子だけは! この子だけは助けてください! お願いします! お願いします!!」
ゴブリンのリーダーは母親の言葉がまるで聞こえていないかのような素振りで剣を振り上げる。
周囲のゴブリンたちが一斉に母親と娘に群がっていく。
まずは娘を母親から引き剥がそうと手を伸ばす。
次の瞬間、ゴブリンの群れの一体が吹き飛ばされた。
ゴブリンたちが何事かと一斉に視線を向ける。
視線の先には甲冑を着た騎士が宙に浮かんでいた。
カイルはゴブリンの群れの一体を蹴り飛ばした後、すかさず身体をひねって別のゴブリンに回し蹴りを繰り出す。
そのまま地上へ着地し、ゴブリンの群れと交戦する。
ゴブリンたちはカイルに反撃を加えようと一斉に群がるが、一体、また一体と殴られ、蹴り飛ばされ、投げ飛ばされ次々と戦闘不能に陥っていく。
剣を使わないのは母親と娘に間近で凄惨な光景を見せないようにするための配慮だった。
あっという間に群れを掃討すると、カイルは母親に近づいていく。
「騎士様、ありがとうございます!」
カイルはゆっくりと頷く。
ちょうどアルバネリス王国の騎士数名が駆けつけたので、彼女たちを保護してもらう。
「あの、騎士様。お名前を教えてください」
母親の問いにカイルは答えず、彼女たちに背を向けて飛び去った。
――王都襲撃前、昼。
「会議に行ってきますので、しばらく店を留守にします」
オーナーのキールゼンは主要メンバーに用件を伝えると椅子から立ち上がる。
「近々モンスターの襲撃があるかもしれないって噂だが、護衛はいらないのか?」
レイジーンが返事する。
「必要ありません」
「そこまで言い切るなら無理にとは言わないが……」
「話はそれだけですか?」
キールゼンが淡々と話す。
「それだけって……ずっと一人で抱え込んでるようだから、困ってることがあれば少しは俺たちにも相談してくれ」
「別にあなた達に相談することなど何もありません。私の指示通りに動いてください」
「そうじゃなくて、心配してるってことだ」
「私に気遣いなど不要です」
「……ずっとその調子で行くつもりなのか?」
「何か問題でも?」
キールゼンの返答を受けてレイジーンは視線をクルムに向ける。
すると両者の視線が合うが、互いに言葉は紡がない。
「…………いや……この話は終わりだ」
レイジーンは場の空気が悪くなると感じて話を切り上げた。
会話が終了したと判断したキールゼンは、重苦しい空気を部屋に残したまま無言で出ていく。
「レイジーンさん……ありがとうございます」
キールゼンが部屋から出ていったあと、クルムがレイジーンに近づき話しかける。
「気にするなクルム。人それぞれやり方や考え方が違うからな。キールゼンにはキールゼンの方法があるんだろう」
「はい、理解しています」
「けど、カイルがいなくなってからずっとこんな雰囲気だな」
「このままだとついていけなくて辞める人間も出てきそうです」
「そうだな……」
「こんな時、カイルさんがいれば……」
「クルム、俺たちは話し合って、そしてカイルの意見を尊重して送り出したんだ。それは言わない約束だろ?」
「ごめんなさい」
「今の俺たちにできることをやろう!」
「はい!」
キールゼンは目的地に向かう途中で思考にふける。
(モンスターの襲撃が近いことは重々承知している。だが、この会議は外せない)
この会議での立ち回り次第で、新たな利権を得て商会を大きく成長させることができる。
それだけでなく、今後の経営に大きな影響を与える重要なものでもあったため、彼はどうしても参加しておきたかったのだ。
彼は自身の培った全ての知識と知恵を導入しても経営判断において全て正しい判断ができるわけではないことを理解していた。
どんなに知識が豊富で有能であったとしても、万能ではなくどうしても不確実要素は残るからだ。
不確実要素一つで話が覆ることもあり得るため、これをできる限りなくすことが経営者の手腕の見せどころの一つである。
これらの要素を踏まえながら、得られる利益と考えられるリスクを天秤にかけて最終判断を行う。
ここで発揮されるのが経営者としての勘である。
(しかし、このところ思い通りにならん。売上も確実に落ちてきている)
カイルが去った後、明らかに商会の雰囲気が変わってしまったが、キールゼン自身はその点に関して気に留めていない。
売上の低下は自身の手腕で解決できると考えていた。
(商会の人材刷新も視野に入れて行動するか)
会議場に到着し、席に着く。
開始時間が迫ってきても空席が目立った。
キールゼンの予想通りである。
モンスター襲撃の情報により一時は会議開催も危ぶまれたが、キールゼンなどの一部の人間の強い要望により実現した。
欠席者が多いほど競合は少なく有利になり、それを狙ってこの日に開催を要望したのだ。
事前に全参加者の情報は調べてあるので、どんな状況でも有利な展開に持っていけるよう繰り返し頭の中で立ち回りを実践していた。
窓側の席に座っていた彼は、ふと窓の外へ視線を向ける。
部屋は7階に位置しているため、見晴らしが大変よく、遠くまで見渡せた。
(……ん? なんだあれは?)
目を凝らすと、遠くに何やら鳥のようなものが大量に飛翔しているのを確認した。
(こちらに向かってきている? 鳥にしては数が多く、大きい気がするが……)
さらに目を凝らす。
(あれは……もしや! モンスターの集団か!?)
キールゼンは眉をしかめた。
(予想よりも襲撃が早い! ここで読み違えるとはな!)
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