第135話 天穹

 光が弱まってくると、周囲の景色も鮮明になってくる。


 そこはさっきまでカイルが立っていた場所とは異なり、風も感じられず建物の中にいる雰囲気だった。


「ここは?」


「島の中です」


 (住人は島の地下に住んでいるのか。空に浮いているのに地下というのもおかしな話だが……)


 しばらくノーアの後ろについていくと、彼女は扉らしきものの前で立ち止まった。


 そのまま彼女が扉に近づいていくと、扉が勝手に開く。


「中へ入ってください」


 ベッドが設置してあり、その周辺には実験機材のようなものがあった。


 カイルはマルスライトのラボのような雰囲気にも似ていると感じる。


「彼女をこのベッドに寝かせてください」


 指示通りにした後、ノーアに視線を向けた。


「できる限りのことはやってみます」


「何が原因か分かったんですか?」


「まだ確証ではありませんが、概ね」


「本当ですか! アイリスは助かるんですか!?」


「まだ分かりません。これから詳細な原因を調べます。しばらく部屋の外で待機していてください」


「アイリスをお願いします!」


 カイルはノーアに深く頭を下げて部屋から出ていく。


 出会って間もない人間にアイリスの命運を委ねることに躊躇いはなかった。


 暗雲立ち込めるカイルの心境に一条の光が差したような希望に包まれたからだ。


 固く閉ざされた扉が、再び開くのを今か今かと待ちわびる。


 されど、なかなか扉は開かない。


 カイルは扉の正面に立っており、左右は長い廊下になっている。


 廊下に視線を向けると等間隔で似たような扉があった。


 天井にはノーアの魔法効果だと思われる光源が帯のように続いており、廊下と空間を明るく照らしている。


 彼の背後や通路には窓がなく、外の状況は全く分からない。


 その為、周囲には自分以外動くものはなく、しんと静まり返っている。


 ――扉が開く。


 部屋の奥からノーアが現れた。


「アイリスは! アイリスは助かったんですか!?」


「安心してください。何とか一命は取り留めました」


 その言葉を聞いた瞬間、天まで届きそうな勢いで雄叫びを上げそうになる。


 ぐっと気持ちをこらえ、弾ける笑顔で表した。


 ノーアもニコっと笑顔を返す。


「今は眠っている状態です。数日は安静にしないといけません」


 人心地を取り戻し、カイルの心にしっとり広がっていく。


「カイルさんも疲れたでしょうから、ゆっくり休んでください」


 カイルは礼を述べ、ノーアに就寝用の個室に案内してもらった。


「急な来訪だったので食事の用意ができていません」


「お気遣いなく。数日分の食糧なら準備しています」


「それならよかったです。それではまたしばらくしてから訪ねます」


 ノーアは個室から出ていった。


 部屋では防寒着が暑くなってきたので脱いで軽装になる。


 それからベッドに入り込み、仰向けになると天井を見上げた。


 天井には廊下と同じ光源があり、部屋内は昼間のように明るい。


 対してカイルの瞼は重たくなっていき視界には宵闇が迫る。


 ――翌日。


 起きたのが朝昼晩いずれなのか分からなかったが目覚めはよかった。


 ベッドから起き上がり周囲を見渡す。


 部屋の中は質素な造りをしていたが、今までの旅でも見たことがない独特な様式に感じた。


 支度を済ませて椅子に座り、ノーアが訪問してくるのを待つ。


 しばらくすると扉が開き、ノーアが部屋に入ってきた。


「ぐっすり眠られましたか?」


「はい、おかげさまで。ありがとうございます」


 カイルの返事を聞いてノーアも安心したかのような表情になる。


「ところでカイルさん。お二人はどうやって地上へ戻られる予定ですか?」


「……実は戻る手段がありません。厳密に言うと、戻る道具が一人分しかないです」


「分かりました。詳しい話はアイリスさんが目覚めてからしましょう」


 ノーアは特に驚く素振りもなく返事する。


 カイルは彼女の様子を見て何か手段があるのだと判断した。


「ここから島の上にはどうやって出たらいいのでしょうか?」


「よかったら、島内を少し案内しましょうか?」


「助かります」


 ――数日後。


 カイルは空島に来てから毎日、アイリスの様子を見に行っていた。


 今日も彼女の部屋に向かう。


 扉を開けて中に入ると――ここ数日とは部屋の様子が変わっている。


 ずっと待ち望んだ光景だった。


 寝ているはずのアイリスがベッドの横に立っている。


 彼女が扉の方へ振り向き、互いの視線が結ばれた。


「……カイル……なの? 私……死んじゃったはずなのに……」


「あぁ、本当に助かったんだ。アイリス……助かったんだよ」


「……これは夢に違いないわ」


「夢じゃない」


「うそ……まだ信じられないもん……」


 カイルはアイリスに歩み寄りそっと抱きしめた。


「……あったかい」


 アイリスの瞳をじっと見つめる。


「好きだ。これからもずっと俺と一緒にいてほしい」


 アイリスもカイルの瞳を見つめると、彼女の瞳に涙が溢れ、零れ落ちた。


 カイルを強く抱きしめながら彼の胸に顔をうずめて号泣する。


 カイルは無言で優しく彼女の頭を撫で続けた。


「私もカイルのこと大好きだよ。ずっと一緒にいたい」


 抱擁しながら二人は見つめ合い、唇を重ねる。


「――ねぇ、ここはどこなの? カイルのお店じゃないみたいだけど」


「細かい話は後でする。それより見せたいものがあるんだ」


 カイルがアイリスに防寒着へ着替えるように伝えて一度部屋から出た。


 彼女はなぜ防寒着を着る必要があるのかと不思議そうな表情をしながら返事する。


 カイルがしばらく部屋の外で待っていると扉が開きアイリスが出てきた。


「どこに行くの?」


「秘密」


 カイルはアイリスと手を繋ぎ、廊下を歩き始める。


「ねぇ。もし、剣を拾ったらなんて名前つける?」


「カイルソード」


「やっぱり本物だー」


「今まで信じてなかったのかよー。あと、そこで本物判定すなー」


「ふふふ、いいのー」


 アイリスはカイルの腕に両手を絡ませて抱きついた。


「歩きにくいだろー」


「エンチャントなのー」


「あのなー」


 カイルはノーアから教えてもらった道の通りに進み、途中何度か階段を上がると二人は島の上へと出る。


「ここは森の中だったの?」


 アイリスは外に出たと思ったとたん、今度は森の中へと出たように感じ周囲を見渡す。


「どうかなー?」


「カイルのいじわる。教えてよー」


 カイルは彼女の手を優しく引いて見晴らしのいい丘へと向かう。


 森を抜けて視界が開けてくると、視線の先には草原が広がっている。


 それからしばらく歩くと目的の丘が見えてきた。


 二人は手をつなぎながら丘を登っていく。


 徐々にアイリスの視界に雲海が入り込んでくる。


「ここって……もしかして……」


「この丘からの見晴らしが一番いい」


「カイル……本当に連れてきてくれたんだ」


「約束しただろ」


「覚えててくれたんだね」


 そよ風でアイリスの髪がふわりと舞う。


 彼女は少し乱れた髪を整える。


 カイルはその仕草を穏やかな表情で見つめた。


「空高いところにいるから風が強いね。どうしたの、カイル?」


「何でもない」


 カイルの言葉に反響して返事が返ってくる。


 今は彼にとってそれが何より嬉しく思い、優しい笑みを彼女へ返した。

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