第132話 異変 2

 一人部屋に佇むカイルは、死という言葉が頭から離れず呆然とする。


 しばらく無言のまま立ち尽くした後、ふと我に返った。


 (ダメだ! 諦めるな、考えろ!)


 部屋の外へ出てアイリスの様子を見に行く。


 アイリスの部屋に向かう途中の廊下でクルムとエリスにすれ違う。


「カイルさん」


「仕事……すまんな……」


「気にしないでください。後でカイルさんの部屋へ食事持っていきますから」


「いつもすまない……」


「ちゃんと食べてくださいね」


 カイルは最低限の返答をするので精いっぱいだった。


 クルムとエリスは心配そうな表情でカイルの顔を見る。


 そんな二人の表情を見ても彼らに心配しないでくれと返事する余裕はもう無く、視線を逸らして無言で離れていく。


「あんな辛そうなカイルさんを見るのは初めて」


「俺たちで支えてあげないと」


「そうだね」


 二人は互いの顔を見ながら深く頷いた。


 カイルは部屋の中に入り、ベッドで静かに眠っているアイリスに近づく。


 今にも目を開きそうなほど綺麗な寝顔だった。


 (こんなに綺麗なのに……あと五日だなんて……)


「アイリス」


 彼女へ優しく呼びかけ、目を開いて何か話し始めるのを待つが反応はない。


 しばらくすると机に備え付けられている椅子に座る。


 もしかしたらこっちを向いてくれるかもしれないと期待しながらアイリスの様子を窺う。


 時間のみが刻々と過ぎていく。


 カイルが一旦部屋に戻ろうとした時、ふと机の引き出しが視界に入る。


 引き出しは少し開いており、隙間からアイリスのポーチの肩紐が見えた。


 引き出しを開けて中からポーチを取り出すが、手を滑らせて床に落としてしまう。


 物音でアイリスが何か反応を示すかもしれないと思い、視線を彼女に向けて様子を窺う――何も反応はない。


 ポーチを拾い上げようとすると中にノートが入っているのを見つけた。


 そのノートの表紙には「空島に関すること」と書いてある。


 思わず手に取ると椅子に座り、机の上にノートを置いて表紙をめくった。


 アイリスが独自に調べた空島の調査結果が書かれているようだった。


 その内容を一心不乱に読み込んでいく。


 まず空翔石は存在せず、万が一あっても使用方法が分からないため、空島に行くことは不可能だと結論付けてあった。


 (行くことは不可能?)


 さらに読み進めていく。


 (……あった)


 カイルが予想した通り、空島の場所についての記述を発見する。


 アイリスはカイルに空島は存在しないと話していたが厳密には違っていた。


 空島は存在するが、行く方法がないことを把握する。


 この時点で最後のページにはまだ到達していない。


 次のページをめくると空白のページだった。


 さらにページをめくっていき、しばらく空白のページが続いた後、記述を見つける。


 今度は魔法についての記述だった。


 魔法についての専門知識などがまとめられており、内容は全く理解できない。


 しかし、何か現状を打破する方法が見つかるかもしれないと思い、藁にも縋る気持ちで読み進めていく。


 しばらくすると魔法使用後の疲労についての記述を見つけた。


 使用魔力量の少ない魔法の場合、時間経過で疲労は回復すると書かれている。


 これは今までカイルも見てきたので、疑う余地はなかった。


 次に注意書きとして膨大な魔力の使用及び消費量の少ない魔法でも過度な連続使用は避けるべきだと書かれている。


 これらの場合は時間経過では回復しないと記されていた。


 そして次の一文を読み、カイルの背筋は凍り付く。


 この状態になった場合、確実に死へと至る。


 (やはりアイリスは気付いていたのか……)


 まだページは続いている。


 次のページには、どの魔法がどれぐらい魔力量を消費するのかがまとめられている。


 まとめの最後には魔法をむやみやたら使わず、使いどころを見極めなければならないと注意書きで補足されていた。


 さらに次のページ以降は、カイルが最も知りたかった膨大な魔力使用や連続使用した場合の対処方法の調査内容が記されている。


 一筋の光が見えたような気がして読み進めていくが、すぐに期待は裏切られた。


 アイリスが試してみたことが何十行にも渡って箇条書きになっており、全ての行の最後には効果なしと書き記されている。


 彼女の焦りなのか途中から徐々に箇条書きの文字が乱れていた。


 カイルは最後の記述まで辿り着く。


 その間、とうとう対処方法が示された記述を見つけることはできなかった。


 カイルはずっとアイリスが事実をひた隠しにしていた理由を理解する。


 船を鉄鋼化し、魔法で動かす代償に自分の命を捧げなければならないと知れば皆反対しただろう。


 そして、一度捧げてしまえば対処方法はなく、命が散るのをただ待つのみ。


 真実を言いたくても言い出せなかった。


 魔法を使うと決めた時、カイルに見せたあの表情は、必死の覚悟の表れだったと把握する。


 同時にカイルは、その後にアイリスが見せた涙の本当の意味に気付き、遅すぎる後悔の念に苛まれた。


 カイルは焦点の定まらないまま、ぼんやりとノートを見つめる。


 それから意思のない人形になったかのように微動だにしなかった。


 しばらく時間が経過してからようやく手が動き、再びノートに触れる。


 ノートを閉じようとした時、最後のページと裏表紙の間に手紙が挟まれているのを見つけた。


 カイルは手紙を手に取って内容を読む。








 カイルと一緒に過ごした日々が楽しかった。


 もっと一緒に過ごしたかったな。


 辛い、辛いよ。


 もっと生きたい、生きたかった。


 生きてカイルと――








 手紙の最後は文字が滲んで読めなかった。


 元から滲んでいたのか、カイルの涙で滲んだのか分からない。

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