第130話 航海

 ――マルスライトの第二ラボ。


 船の鉄鋼化が完了したカイルたちは闇夜に紛れて出航することに決める。


「なんとか出航できたな」


 船が桟橋を離れ、洞窟内から海へ出たところでマルスライトは安堵の表情を浮かべた。


「だが、夜で目立ちにくいとはいえ見つかる可能性はある。うまく切り抜けられるといいが……」


 彼はすぐに表情を引き締める。


 話を聞いていたカイルたちも気を抜かず緊張感を保ちつつ、見つからず順調に航海できることを願う。


 ――帝国海軍の船上。


 帝国海軍は海戦でロムリア海軍を完膚なきまでに打ち破り、帝国陸軍を無事に上陸させた。


 それ以降海戦はおろか怪しい船団すらほとんど見つかっていない。


 そのような状況下で周囲を警戒している船員たちには気の緩みが出始め、士気にも影響していた。


「暇っすねー」


「早く帰りたいわー」


 夜間の警戒任務にあたっている船員同士で会話している。


「ってか眠たくなってきました。夜だし少し寝てもいいっすか?」


「それは流石にまずいだろー」


「へへっ、冗談っす」


「上官が聞いてたら海に放り出されて魚の餌にされっぞ……ん?」


「どうしました?」


「おい、あれはなんだ?」


 片方の船員が遠くの方を指差した。


「ん? どれどれ……うーん、クジラか何かじゃないですかねー」


「あんな形のクジラなんか見たことねーぞ」


 二人が乗っている船からは、かなり距離が離れていたため、はっきりとは分からない。


 それでも今まで見たことのない、重厚感のある鉄の塊が海に浮かんでいるように二人は感じ取る。


「じゃー、敵の船か……モンスター……とか?」


「なら上官に報告しとかねーとやべーじゃねーか!」


「そうっすねー」


「あのなー!」


 会話を切り上げると一人が急いで駆け出し、もう一人は後ろから少し小走りでついていく。


 謎の物体については同時に他の船からも確認されていた。


 船長たちは打ち合わせを行い、ロムリア王国の新兵器もしくは王族の脱出に使われた船かもしれないと推測する。


 警戒任務をしながら追跡へ割り当てられる余裕はなく、また船長は現状船員たちの士気が低いことは把握していた。


 その為、近海を航行している別の帝国海軍船団へ報告し、対応を任せることに決める。


 ――後日。


 情報はすぐに別の帝国海軍船団に伝わる。


 この船団は追跡に割り当てる船にも余裕があり、快速船も多く所属していたため適任であった。


 部隊を編成すると、即座に追跡任務へと就く。


 ――カイルたちが港を出港してから数日後の船内。


「帝国の船にはバレずに済んだみたいだな」


 マルスライトは港の周囲を警戒していた船が後方から追跡してこないのを確認して話す。


「このまま無事アルバネリス王国まで航行できるといいが」


「そうだな。アルバネリス王国に着いたら第三ラボへ向かってくれ。この船がそのまま入港したら目立ちすぎるからな」


 カイルの言葉にマルスライトが返事する。


「第三ラボって……あんたいくつ持ってるんだ?」


「3つだ。たまたま行く先々にラボを持っていただけだ。第三ラボは他と違って設備はほとんどないけどな」


「こういうのって普通は一つだけなんじゃないのか?」


「普通はな」


 呆気に取られるレイジーンへマルスライトは平然と答えた。


 二人が会話している横でカイルはアイリスに視線を向けると、真剣な表情で魔法を駆使しながら操船している。


 ――数日後の昼。


 ロムリア王国の海域を脱しようかというところで事態が急変した。


「まずいことになったな」


 マルスライトが状況を整理した後、皆に報告する。


 カイルたちを乗せた船は現在帝国海軍の船団に包囲されていた。


「いつの間にか後を付けられていたようですね……」


 マルスライトの報告を受けてカイルが返事する。


「気付かれていないと思っていたが、そう甘くはなかったようだ。アイリスさん、今よりも速度を上げることはできるか?」


「やってみます」


「速度を上げて進行方向の船へ突撃するように接近する。衝突する直前で進路を変え、相手が怯んでいるうちに船の横を突っ切る。そして一気に包囲を突破する……複雑な操船になるが頼む」


 アイリスは返事した後、静かに頷く。


 マルスライトの指示に従って包囲されているカイルたちの船は徐々に速度を上げていく。


 帝国海軍の船団も速度を上げるが、最高速度まで達してもなお差が開いていった。


 海軍は包囲が突破される可能性を懸念し、遂に砲撃を開始する。


「あいつら撃ってきたぞ!」


「今は包囲を突破することだけに集中するんだ!」


 レイジーンにマルスライトが即答した。


 轟音が響いた後、カイルたちの船の周囲に水柱が上がる。


 命中弾はなかった。


 アイリスは周囲の会話を気に留めず、操船に集中している。


 その顔には操船による疲労が若干滲み出ていたが、歯を食いしばって耐えている様子だった。


 直後、砲弾が船体に命中し、衝撃が船内を駆け巡る。


 アイリスは姿勢を崩して倒れそうになるが、咄嗟にカイルが彼女の身体を支えた。


「ありがとう! 大丈夫、へーきだよ」


 彼女が笑顔を返すと、カイルも優しく微笑む。


「心配するな、損傷はない。その為の鉄鋼化だ。そのまま予定通りに航行してくれ」


 マルスライトが落ち着いた声で指示を出す。


 その後も、何度か命中弾が降り注いだが、衝撃が発生するのみで損傷はなかった。


 ――カイルたちの船との距離が縮む帝国海軍の快速船内。


「砲撃が効かないだと!」


 この船も含め、各船の船長たちは動揺し始めていた。


「……謎の船が我々の船に接近してきます!」


「なんて速度だ! 奴らこの船に衝突させようというのか! 回避ー! 回避しろー!」


「回避間に合いません!」


 ――カイルたちの船。


「よし! 今だ! 面舵一杯!」


 マルスライトが指示を出すと、アイリスは衝突を避けるように操船する。


 すると船は右旋回し、弧を描いて進路を変えていく。


 衝突を回避してしばし経過した後、マルスライトが再び指示を出す。


「ここでもう一度だ、アイリスさん! 取舵一杯!」


 今度は左旋回し、大きく弧を描いた。


 旋回を完了した船は速度を上げていく。


 帝国海軍の船団は諦めず後方から追跡してくるが、カイルたちの船との距離は縮まるどころか開いていく。


 船団は見る見るうちに小さくなり、やがて水平線から消えた。


 姿が見えなくなっても追跡の可能性を考慮して速度を落とない。


 危機は去ったが、船内のメンバーの頭の中には新たな帝国海軍の船団に出くわす可能性がよぎり、緊張感に包まれている。


 カイルはアイリスの表情を窺う。


 彼女の表情は魔法使用した戦闘後のような疲労感が表れており、明らかに負担がかかっている状態だった。


 しかし、予断を許さない状況であるため、安易に休憩してくれとは誰も声をかけられない。


 そのことはアイリス自身も重々把握していた。


 緊迫した状況は連日連夜続く。


 ――後日。


 あれから帝国海軍の船団に遭遇することはなく、アルバネリス王国の海域に到達する。


 (あと少し……あと少しで到着する……)


 アイリスの体力は限界を迎えつつあり、薄れゆく意識をなんとか繋ぎとめて操船に集中している状況だった。


「アイリスもう少しだ、辛いと思うが頑張ってくれ」


「う……ん……」


 しばらく航行するとアルバネリス王国領内の陸地が見えてきた。


「陸地だ! あと少しだ、アイリスさん!」


「は……い……」


 マルスライトの指示に従って船は第三ラボへと無事到着した。


 船を停泊させ、上陸の準備を整える。


「アイリス、着いたぞ!」


「これで……みんな助かるかな?」


「助かった! アイリスのおかげでみんな助かったんだ!」


「よかった……疲れたから……少し休憩するね……」


 カイルの言葉に安心したアイリスは、力が抜けてふっと意識を失う。


 倒れそうになる彼女を彼は優しく抱きとめた。

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