第128話 城地下最下層での戦闘
地下の宝物庫へと到着したジグマイヤーは、さらに奥を目指す。
サークリーゼが鍵を全て破壊していたおかげで途中立ち止まることなく進めた。
薄暗い通路をランタンで照らしながら順調に進むと、四方の壁が白一色になっている最奥の部屋へ到着する。
(一縷の望みをかけて正解だった。しかし、魔法水の残数も限られている。使いどころを慎重に見極めねば)
部屋の中へ入ると中央に二組ある剣と鎧のうち、片方の剣デギス・ソラシムに向かって歩き出す。
「この部屋に来て何をするつもりですか?」
剣を手に持った直後、ジグマイヤーの背後から声が聞こえてくる。
彼は振り返り、ランタンの明かりで扉付近を照らそうとした。
「ライト」
サークリーゼの声が部屋内に響くと一気に視界が明るくなる。
「随分早い到着だな」
「道には慣れていますからね。……オーナー自ら傭兵の採用テストをする気にでもなったのですか?」
「ふん、冗談を……。私がまともに戦って勝つどころか、鎧袖一触にされるわ」
「それなら潔く諦めたらどうでしょうか?」
「私には、まだまだやり残したことがある。ここで死ぬわけにはいかんのだ」
「私の家族の命を奪っておいてよくもぬけぬけと……」
「そういうものだ。……理由は気にならんのか?」
「今更聞いたところで」
「サークリーゼ、君のように才気溢れた人材は将来、必ずやイラベスク商会と衝突する。災いの芽は早く摘むに越したことはない」
「芽を摘んだはずが、逆に芽……いや花を摘まれそうになっていますけどね」
「結果としては……だがな。君がここまで執念深いとは思わなかった。……そこは誤算だったと認めよう」
「商会のやり方が間違っているとは思わないのですか?」
「思わんな」
「……そうですか」
言い放った直後、サークリーゼは一気にジグマイヤーへ距離を詰めていく。
ジグマイヤーは左手に小瓶をずっと握り締めており、彼が動き出す機会を窺っていた。
(今だ!)
小瓶を自身の足元に投げつける。
サークリーゼの斬撃がジグマイヤーを襲う。
しかし、ジグマイヤーの正面に透明の障壁が構築されて斬撃を防いだ。
すかさずマキア・セレスも抜いて二刀流で攻撃する。
リバル・フィンの瑠璃色、マキア・セレスの紅色、二つの剣身は残像を残しながら華麗に舞う。
それでも障壁は何事もなく静かに佇む。
「これは私が所持している最上級の障壁だ。セルバレトに渡したものとは質が違う」
(先代、先々代の時代から百年単位で蒐集してきた至宝の数々をこうもあっさり消費していくことになるとは……)
サークリーゼは一旦間合いを取り、マキア・セレスを鞘に格納する。
それからリバル・フィンを両手持ちし、間合いを詰めて突きを繰り出す。
剣先が障壁を貫通することはなかった。
「無駄だ」
「あなたにもう逃げ場はありません。効果が切れるまで待ちましょう」
ジグマイヤーは胸ポケットから新たに小瓶を取り出す。
「次から次へと小瓶を……まるで魔法使いのようですね」
(不確実な切り札に頼ることになるとはな)
ジグマイヤーが不確実と考えているのは、この魔法水がイラベスク商会の把握している限りでは一つしか存在しないからである。
これが発見された際、箱に格納されており、その中に小瓶と一緒に効能の説明書きが添えられていた。
しかし、一つしか存在しないものを試すわけにはいかないので、本当に効果があるのか疑わしかったのだ。
(天祐は私にある……はず!)
彼はサークリーゼに返事せず、小瓶を開封して飲み始めた。
飲み終わったが、身体に何も変化はない。
ジグマイヤーはデギス・ソラシムを一度地面に置き、両手を胸の前で合わせて受け皿のような形に構える。
(頼む!)
「……コール」
(来い! 来い!!)
彼の声が部屋に響いた後、両手の上に小瓶が二つ現れた。
(やった!)
「まるで……というのは訂正が必要なようですね」
この魔法水は魔法適正がない者でも、一時的に特定の魔法が使えるようになるものであった。
(障壁の効果がもうすぐ切れる)
ジグマイヤーは呼び出した二つの小瓶を服のポケットに入れる。
それから剣を手に持つと踵を返し、サークリーゼに背を向けてゆっくりと部屋の奥へと歩き出す。
しばらく歩くと、再び踵を返して彼に視線を合わせた。
「サークリーゼ、家族に会いたくはないか?」
「一緒にあの世へ送ってやるとでも言うのでしょうか?」
「家族を蘇らせる方法があると言ったら?」
「信じられません」
「今呼び出した二つの小瓶はそのためのものだ」
「交渉は無駄です」
「君が今ここにいるのは、殺された家族の復讐をするためだろう?」
「交渉は無駄だと言っています」
「家族さえ戻れば、こんなことをする必要もなくなる」
ジグマイヤーが言い終わった直後、障壁が消えていく。
それと同時にサークリーゼは間合いを詰める。
サークリーゼとの距離はだいぶ離れているが、ジグマイヤーは彼のいる方向へ斬撃を繰り出した。
すると剣が蛇腹のように伸びていき、サークリーゼの右腕に巻き付く。
彼は左手で剣を抜き、デギス・ソラシムの拘束を解こうと斬撃を加えた。
その瞬間を狙ってジグマイヤーは、サークリーゼの足元に先ほど呼び出した二つの小瓶のうちの一つをポケットから取り出して投げつける。
蛇腹剣の拘束はまだ振り解けず、彼の足元付近に小瓶が命中し割れた。
ジグマイヤーはデギス・ソラシムを捨て部屋中央へ向かって一気に全速力で駆け出す。
サークリーゼは拘束が解けると魔法詠唱に切り替える。
「ファイアボルト」
魔法は発動しなかった。
ジグマイヤーは部屋中央に鎮座する残り一組の剣、ファルサレオを回収する。
サークリーゼはジグマイヤーに斬撃を繰り出すため接近していく。
(魔法が発動しない……さっきの魔法水の影響ですか)
間合いに入るとリバル・フィンで斬りかかる。
ジグマイヤーもファルサレオで応戦した。
互いの剣のぶつかる音が響く。
「若い頃、剣術を少し嗜んでおいてよかった」
(魔法水のおかげでもあるがな)
サークリーゼは魔法と武具のエンチャント能力を魔法水の影響により封じられている。
対してジグマイヤーはファルサレオによる身体能力強化の恩恵を得ていたため、なんとか斬撃に対応できたのであった。
攻撃を凌いだ後、呼び出したもう一方の小瓶を取り出す。
(弱体化させてから確実に……当てる!)
サークリーゼの足元で小瓶が割れると、彼の視界からジグマイヤーが消える。
周囲を見渡すが、どこにも気配はない。
(また姿と気配を消しましたか……)
サークリーゼはリバル・フィンを床に突き刺そうと構えた。
「パパ!」
突如、サークリーゼの背後から小さな子供たちの声が聞こえてくる。
「あなた」
今度は女性の声も聞こえてきた。
後ろを振り返る。
「……どうしてここに……」
扉の前にはサークリーゼの妻と二人の息子が立っていた。
「あなた……ずっと、ずっと会いたかったわ!」
「ティアナ……」
「パパ! 早くおうちに帰ろうよ!」
三人はサークリーゼとの再会の喜びに涙を流しつつも、笑顔を作りながら彼の元へと駆け寄ってくる。
彼は剣を鞘に格納して駆け寄ってくる三人を抱きとめようとした。
抱きとめようとした瞬間、サークリーゼの身体に鋭い衝撃が駆け巡る。
彼は視線を落とす。
自身の腹からファルサレオの剣身が突き出ていた。
「ちゃんと家族に会えただろう?」
サークリーゼの背後からジグマイヤーの囁き声が聞こえてくる。
彼が再び視線を上げると、さっきまでいた家族の姿はどこにもなかった。
「何を……した……」
ジグマイヤーはファルサレオをサークリーゼの身体から引き抜く。
刺された個所から鮮血が迸り、彼は地面へうつ伏せになるように倒れていった。
「……勝った…………勝ったぞ!」
最大の危機を切り抜け、安堵したのち脱力する。
その瞬間、手に持ったファルサレオを床に落としてしまう。
落ちた剣は固い床に当たって乾いた音を響かせた。
「サークリーゼ!! 遂に討ち取った!!」
雄叫びが部屋内に木霊する。
(これで私の覇道に仇なす者は皆無!)
あれだけ自分を苦しめてきたサークリーゼが跪き倒れているのを見て勝利の美酒にしばし酔いしれた。
ジグマイヤーは深呼吸して気持ちを落ち着かせた後、再びサークリーゼに視線を向ける。
ついさっきまで動いて話していたのが信じられないほど、魂が抜けた人形のように横たわり、完全に静止していた。
ジグマイヤーは身体を反転させ扉に向かって歩き始める。
二、三歩歩き始めたところで扉が開くと中にレティルスが入ってきた。
「レティルスか……王を誑かした罪軽くないぞ」
「下手に出るのはもう止めたのか?」
「……道を開けろ」
ジグマイヤーの命令に扉の前に立つレティルスは反応しない。
「言葉が聞こえなかったのか! レティルス!」
扉の前から移動する気配のないレティルスにしびれを切らして語気を強める。
レティルスはジグマイヤーの目から彼の背後へと視線を合わせた。
「サークリーゼさん!」
「なっ!?」
ジグマイヤーが後ろを振り返った瞬間、サークリーゼの斬撃が彼の身体を切り裂く。
「がぁぁぁぁ!!」
絶叫と共に崩れ落ちる。
「サ……サークリーゼ……なぜ生きている……?」
「魔法水を持っているのはあなただけとは限りません。緊急時の備えはしています」
「完璧に思えたが……天祐はいずこに……私の命運も尽きたか……」
ジグマイヤーは最後の力を振り絞って仰向けになった。
サークリーゼとレティルスが無言で彼を見下ろす。
「イラベスク……商会は…………」
ジグマイヤーは遥か彼方を見据えたような表情をした後、ゆっくりと目を閉じる。
静寂が場を支配し、言葉を紡ぐことなく最後を迎えた。
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