第122話 約束

 カイルたちは数日に渡って帝国海軍の船の様子を監視するが、海域を移動する気配は全くなかった。


 スタッフたちの顔には焦りと不安の色がにじみ始める。


 食料の備蓄にも限りがあるため、ここにずっと待機するわけにはいかなかった。


 何も妙案が浮かばないまま数日が経過する。


 スタッフの中には王都に戻ろうと提案する者も現れ始め、明らかに不満を抱き始めていることが見て取れた。


 カイルたち主要メンバーはラボの一室でマルスライトを交えて解決策を話し合う。


「せっかく王都を脱出してここまで来たのに……」


「これ以上、ここで待機していたらスタッフたちの不安も募っていくばかりだな」


 アイリスの発言にマルスライトが返事する。


「やっぱり一度王都に戻った方がいいんじゃないか?」


「今更王都に戻るのは愚策ですね」


 レイジーンの発言にキールゼンが返事した。


「……船の速力で突っ切ることはできないんですか?」


 カイルがマルスライトへ提案する。


「それはあまりにも無謀すぎる。大砲を何発か食らったらおしまいだ」


 場に沈黙が流れる。


「……鉄の船みたいなのがあれば 大砲も跳ね返せるのにね」


 ふとアイリスが以前マルスライトのラボで見た船の模型を思い出して呟く。


「そんな夢みたいな船があればいいけどな……」


 彼女の呟きにカイルが答えた。


「……いや、あると言えばある……」


「「えっ!?」」


「ドッグに試作した鉄鋼船がある」


 マルスライトは提案するものの、どこか乗り気ではない雰囲気で話す。


「なら、それに乗って包囲網を突破できないのでしょうか?」


「そうしたいところだが……大きな問題が二つある」


「二つですか……」


「まず動力がない。ただ海に浮かんでいるだけだ。次に鉄鋼化は完全にはできていない」


 マルスライトが問題点を話すと、場が静寂に包み込まれる。


 (二つとも新しく覚えた魔法ならできるはず。問題はそれをやるのにどれだけの魔力量を消費するかだけど……)


 アイリスは思考を巡らす。


 (今の状況なら解決策は私の魔法しかない……私がやらないと! みんなを助けないと!)


 彼女は考えがまとまるとマルスライトの目を見る。


「私が……私がやってみます!」


「お嬢さん、気持ちは分かるが……」


「アイリス、無茶はするな」


 カイルは魔法使用後のアイリスが辛そうにしている疲労状態を何度も見てきている。


 彼女は何も言わないが、実は身体に相当な負荷がかかっているのだろうと考えていた。


「……私、みんなを助けたい!」


 アイリスはいつになく真剣な表情で話す。


「アイリス……」


 彼女の表情から決意をくみ取ると、マルスライトに視線を合わせて真実を告げることに決めた。


「マルスライトさん。少し二人で話せますか?」


 カイルとマルスライトは他のメンバーから離れる。


「カイルさん、どうしたんだ急に?」


「アイリスは……魔法使いです」


「……カイルさん、この状況で冗談は止めてくれ」


「信じられないかもしれませんが本当です」


 マルスライトはカイルの目を見る。


「……彼女を呼んできてくれ」


 アイリスも二人の会話に合流した。


「本当にできるんだな?」


 マルスライトの問いかけにアイリスは深く返事する。


「…………嘘ではないようだな」


 カイルとマルスライトが船を鉄鋼化する案を主要メンバーに説明し、話し合いは解散となった。


 今はラボ内にカイル、アイリス、マルスライトの三人だけが残っている。


「さっそくテストだ!」


 マルスライトは即座に頭を切り替えて扉へ向かい歩き始める。


 アイリスは移動する前にカイルへ視線を合わせた。


「本当に無理はするなよ」


 彼女の視線に気付いたカイルが優しく声をかける。


「……うん、ありがとう」


 何気ない言葉だったが、アイリスの瞳からは自然と涙が零れ落ちた。


 (こんな時に俺は何もしてやれないなんて……)


「辛くなったらいつでも俺に何でも言ってくれ」


 自分に今できる精一杯の言葉をかける。


「違うの。これでカイルを……みんなを助けられると思ったから……」


 アイリスは優しく微笑む。


「アイリス、やっぱり無理して――」


「おい、何してるんだ? 時間が惜しいんだ。早く来てくれー」


 会話の途中でマルスライトから呼びかけられる。


「行こう、カイル」


 カイルはアイリスが一瞬何か言いかけたように感じたが、時間は切迫しておりマルスライトを待たせるわけにもいかず会話を切り上げた。


 テストは数日掛けて行われ、彼女が提案した通りに問題なく船が動かせることを確認した。


 また、マルスライトの的確な指示で鉄鋼化も順調に捗っていく。


 この時点で彼は、アイリスが正真正銘の魔法使いであることを認識している。


 鉄鋼化する船のドッグが離れたところにあり、作業内容詳細は他のスタッフには容易に伏せることができた。


 その為、船の鉄鋼化作業をアイリスが行っていることはカイルたち主要メンバー以外は知らない。


 クルム、クルムの姉のエリス、アイリスの両親は、この時に初めてアイリスが魔法使いであることを知り、驚きを隠せない様子だった。


 (両親にも話してなかったんだな)


 アイリスは睡眠と食事以外は、マルスライトの指示に従って連日作業をしている。


 カイルはその様子を見守り、食事を運ぶなど作業以外の手伝いをした。


 いつものようにカイルがアイリスへ食事を運び終えると、ふと彼女を見て立ち止まる。


「ん? どうしたの、カイル?」


 アイリスもカイルに気付き話しかけた。


「髪が魔法の光に反射して綺麗だなって。まるで髪の色まで変わったみたいだ」


「洞窟の中だから、いつもと違って見えるのかもね」


「ところで体調はどうだ?」


「うん、大丈夫。思ったよりも平気だよ」


「それならよかった」


「えへへ、心配して損しちゃった」


 アイリスが照れながら微笑むと、カイルも笑顔を返した。


 彼女の胸元にあるネックレスの金属部分が光で反射する。


「俺のプレゼントしたネックレス、ずっとつけてくれてるんだな」


「そうだよー、お気に入りなの」


「俺もずっと付けてる。一人で付けられるようになったしな」


「嬉しい。またご飯食べてから頑張るね!」


「俺もアイリスに一日10回ぐらい食事を運ぶの頑張るからな」


「そこは2、3回でいいかなー」


「ははは、そうだなー」


「……ねぇ、カイル。私、みんなの役に立てるかな?」


「今までもアイリスに助けられてきたし、今だって助けられてる。それなのに俺は見ていることしかできない……」


「カイル」


 アイリスはカイルに正面から両手で抱きついた。


「そんなことないよ」


 彼の胸元に顔をうずめながら、一言呟く。


 カイルは一瞬驚いた後、そっと彼女を両手で抱き留める。


「ぎゅーってして」


 彼は無言のまま、強く抱きしめた。


「もっとー」


 さらに強く抱きしめる。


「私怖いの……」


「俺だって怖い。みんな気持ちは一緒だ」


「私のことはカイルが守ってね」


 カイルの胸元に顔をうずめていたアイリスは、彼の目を見ながら話す。


「約束する」


「絶対だよ」


「絶対だ」


 カイルとアイリスは見つめ合う。


 彼女は目を閉じると彼も目を閉じ、互いの唇の距離は縮まっていく。


 唇が重なった瞬間、二人はまるで時が止まったように感じた。


 アイリスは目を開けるとカイルから目線を逸らし、照れを隠すように俯く。


「初めてだったんだから……」


「俺でよかったのか?」


「……ばか」


 アイリスはカイルに再び身体を寄せる。


「もう少し……もう少しだけ、このままがいいの……」


 カイルは優しく彼女を抱きとめた。


 ――後日。


 連日連夜の作業で船の鉄鋼化は無事完了した。

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