第5章

第115話 風聞

 ――エルフの森での一件から数十日が経過した頃、アルバネリス王国の王都メルリーネ。


 エルフの森から王都へと帰還したオルレイスは、副騎士団長から結果報告を受けた後、王に謁見する。


 オルレイスはエルフの森での一件を王に報告した。


「――大変ご苦労であった。その信者たちは何者だったのだ?」


「彼らは商業や商人を憎む集団であると判明し、各地で商人たちを襲撃していたようです。また拘束した信者たちの情報から、彼らはイラベスク商会と裏で手を結んでいたことが判明しました」


「イラベスク商会と言えば、ロムリア王国三大商会のひとつだな」


「その通りでございます。さらにこの件にはロムリア王国も絡んでおり、海賊船と偽って国家ぐるみで商船を襲撃していたようです。報告は以上です」


「……なるほどな。大変貴重な報告であった」


「はっ!」


「エルフの森まで遠路はるばるご苦労であった。ゆっくり静養せよ」


「お心遣いありがとうございます。それでは失礼いたします」


 城の外へ出たオルレイスは、王都で副騎士団長と合流する。


「お疲れ様です。オルレイスさん」


「やっぱり王の御前だと緊張するよ。堅苦しい場は疲れるわー」


「オルレイスさんが緊張してるところ想像できないですね。けど、これで休暇が取れますね」


「さー、どうだろうね」


「そういえば最近、各地でモンスターの活動が活発になっているようです」


「珍しいことではないと思うけど?」


「それがかつてないほどの勢いであるのと報告を受けています」


「なるほどね。原因は分かっているのかい?」


 原因は分かっていないと返事すると、その件は休暇明けに調査すると伝える。


 会話を切り上げてオルレイスは副騎士団長と別れた。


 ――後日、アルバネリス王国の定例会議。


 会議の前にロムリア王国の使者からユーファリア帝国の件は伝わっていた。


「――と遊撃騎士団長から報告を受けておる」


 アルバネリス王は会議の参加者へオルレイスからの報告内容を伝えた。


「皆、自由に意見を交換してくれ」


 王の合図で会議の参加者が各々話し始める。


「結論から申し上げますと、帝国と戦争すべきではありません」


「しかし、ロムリア王国とは軍事同盟を結んでいる。こちらから一方的に破棄することはできん」


「はい。ですから、我が国も参戦せざるを得ないでしょう。しかし、投入する戦力はこちらで決められます」


「帝国の目的はロムリア王国のみのはずだ」


「遊撃騎士団長からの報告では元々、ロムリア王国が仕組んだこと。最もロムリア王国の使者はその事実を隠蔽していたようだが……」


「いずれにせよ無用な争いに首を突っ込むのは避けるべきです」


 その後も会議の参加者は意見交換を重ねた。


 概ね内容が纏まると、王が方針を発言する。


「参戦するが、積極的には戦力を投入しない。ロムリア王国の旗色が悪くなれば速やかに兵を引く」


 次にロムリア王国へ向かう使者が伝える内容を指示する。


「ロムリア王国には参戦の意思を示し、同時に戦力の投入に時間がかかると伝えよ」


 最後に他の同盟国への対応を指示した。


「この件はグラント王国とも調整し、足並みを合わせるようにせよ」


 会議は解散となる。


 ――エルフの森での一件から三か月後。


 カイル商会は船を新たに入手し活用できるようになったことで、着実に売上を伸ばしていく。


 護衛船団をつけて運用しているが、あの時以来一度も海賊船に襲われることはなかった。


 また、同時期にロムリア王国の海上警備が強化されたこともあり、海賊の噂はほぼ皆無となる。


 売上向上に伴ってアルバネリス王国の王都にも新店を出し、新規スタッフとしてアマルフィー商会の元スタッフも何人か雇うことができた。


 若干知名度も上昇し、取引相手が事務所へ訪問することも増えていく。


 商談相手は、単に新規取引を始めたい者、双方の利益を考える者、自分の利益のみを優先する者、騙して利益を全てかっさらおうとする者など様々だった。


 カイルは商談を通じて相手の本質を見極める力を養っていく。


 行商人時代や商会を立ち上げたばかりの頃は、取引の主導権がこちらにない場合がほとんどだった。


 規模が大きくなるにつれて主導権を握れる取引も増え取捨選択ができ、状況は徐々に変化していく。


 主導権が握れるといっても、高圧的な商談で一方的な利益を確保するという意味ではない。


 長期的に取引を継続していくには、双方納得のいく利益確保が重要だとカイルは考え実践している。


 知名度向上により依頼受付所からの案件も少しずつ増えてきていた。


 どれもまだ表に出ていない優良案件であり、通常より報酬面で優遇されている。


 これらの優良案件は商会やギルドにまず話が来る仕組みになっており、そこから漏れたものが依頼受付所で公に募集されるようだ。


 しかし、優良案件といっても低ランクばかりで報酬はカイルの商会規模で割に合うものではない。


 ここは専属のスタッフを配置して事業として請け負うなら魅力も出てくるが、そこへ注力する予定はなかった。


 モンスター討伐などなら若干報酬も高いが、商会と銘打っているので正式な案件としては回って来ない。


 ギルドのように討伐請負することも検討したが、商会の本業に注力すべきとキールゼンの意見を採用し選択肢から外す。


「――よろしくお願いします」


 今日も新規取引が一件成立した。


 商談相手が応接室から出ていくと、カイルも資料を手にまとめて抱えて部屋から出ていく。


 事務所の自分の机に戻ると椅子に座り思考にふける。


 その表情はどこか浮かない様子だった。


 売上は順調に推移して商売自体は順調だったが、最近気になる噂を耳にしていたのが主な理由だ。


「どうしたんですか? さっきの商談良くなかったんですか?」


 事務作業をしているレーティナがカイルの表情に気付き話しかける。


「いや、さっきの商談とは別で最近ちょっと気になる噂を耳にしたんだ」


「気になる噂? なんですか?」


「ロムリア王国とユーファリア帝国との間で戦争が起きるかもしれないって噂なんだけど」


「戦争? 聞いたことないですよ。そんな夢みたいなことあるわけないじゃないですか」


「そうだよな。今の話は忘れてくれ」


「コーヒー淹れましょうか? 気分転換になりますよ」


「ありがとう。よろしく頼む」


 しばらく待っていると暖かいコーヒーの入ったコップが目の前の机に置かれた。


 カイルはレーティナに礼を言い、コーヒーを一口味わう。


 (ただの噂だよな……)


 さらにもう一口飲む。


 (ユーファリア帝国か……どんな国なんだろうか?)


 現状、これ以上考えても仕方ないと思ったカイルは、一旦話題を思考の片隅に置くことにした。

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