第114話 王都の散歩
――後日。
カイルたちは無事に船を受領し、メルフィスとロミリオと別れ、ロムリア王国の王都へと戻ってきていた。
二階の事務所へ戻ると、キールゼンが黙々と仕事をしている。
「オーナー、予定より到着が遅いです。どこで油売ってたんですか?」
「相変わらずだな、キールゼン。無事に船は受領したから安心してくれ」
「そうですか。これからまた忙しくなりますね」
カイルが船を喪失しないよう対策を実施すると返事した直後、キールゼンは具体的な対策方法を彼に確認した。
「船自体に大砲を積んで自衛するか、護衛船団を付けるかだな」
「船に大砲を積むのは積載量が減少し、多少積んだ程度ではそれほど効果はないでしょう。それよりも費用をかけて護衛船団を雇う方が良いですね」
「キールゼンの意見を参考にして追々考えていく」
カイルはキールゼンとの会話を終えて自分の机へと向かい始める。
「それとカイルオーナー」
途中で再びキールゼンに呼び止められた。
「なんだ?」
「新しい剣を勝手に購入しないでください。ただでさえ資金が厳しいのですから」
キールゼンはカイルが所持している剣の鞘に視線を合わせながら話す。
「あー、これは拾ったんだ」
「拾った? ちょっと鞘から抜いて見せてもらえませんか?」
カイルは剣を鞘から抜いてキールゼンに見せる。
「バレバレの嘘つかないでください。そんな高価そうな剣が落ちているわけないでしょう」
「拾った時は錆びてたんだ。錆びを取ってもらったらこうなった」
「それぐらいなら……本当に無料で手に入ったのなら構いません。ですが、そもそも戦闘は傭兵の仕事です」
「この剣は護身用だ」
「商会のオーナー自らモンスターと戦うなんて前代未聞です」
「ははは! そうかもな」
「まったく……」
カイルの笑顔を見てキールゼンは肩をすくめた。
――後日。
カイルはマルスライトのラボへ礼を伝えるため訪問していた。
「おー! 無事に船が手に入ったんだな!」
彼はまるで自分が当事者だったかのように喜びカイルを祝福した。
「マルスライトさんの設計図のおかげです」
「うまくいって何よりだ。……それでカイルさん……」
急にマルスライトは真剣な表情になる。
「研究費用のことですね。もちろんお手伝いさせて頂きます」
「そうか! うはー、やったー!」
つい先ほど、船の報告を受けた時と同じように無邪気に喜ぶ。
「まだ小さな商会なので、金額はあまり期待しないでくださいね」
「少しの協力だけでも感謝してる。それと今後、カイル商会で実験材料の取扱いがあるものなら、商会経由で購入するからな」
カイルとマルスライトは互いに礼を言い、固く握手を交わした。
「ちょくちょく事務所にも顔出す。たまにはラボの方にも立ち寄ってくれ。商売に役立てるものも作れるかもしれん」
「ありがとうございます。早速ですが、ある物を別の場所へ瞬時に移動させたりすることって可能なんですか?」
「そんなことできるわけないだろ」
マルスライトは即答する。
「そうですよね」
「……もしかして、魔法の箱のことを言ってるのか?」
「箱のこと、ご存知なんですね」
「あの仕組みは私にも分からん」
「前に見る機会がありましたので、もしかしたらと思って聞いてみました」
「稀少なものだから本物は見たことないけどな。魔法使いだって今までの人生で一度しか見たことがない」
「本物の魔法使いを見たことがあるんですね」
「その割には反応が薄いな。まー、だいたいこの話をすると皆、法螺話だと思って聞き流すからな」
(しまった! アイリスたちで慣れててつい薄い反応になってしまった)
「すみません。そういうつもりでは……」
「気にしないでくれ。巷で聞く魔法使いの話なんて全部偽物だからな。信じろって言う方が土台無理な話だ」
「いえ、俺も魔法使いは存在すると信じてますから」
「あー、カイルさん。こちらこそ気を使わせてすまないな。……そろそろ実験に戻るよ。それじゃ、またな!」
「急に訪問してすみませんでした。それでは失礼します」
カイルはラボを後にした。
――後日。
カイルはアイリスと二人きりで散歩をしていた。
「こうやって王都をゆっくり散歩するのも久しぶりだな」
「最近、お店も忙しくて二人でゆっくり散歩する機会がなかったからね」
「今日はアイリスの行きたいところについていくよ」
「カイルは行きたいところないの?」
「エルフの森も件もそうだし、いつも俺に付き合ってもらってるからな」
二人は王都を練り歩き、会話しながら色々な場所を見て回る。
エルフの森は自然に囲まれて冒険者のような新鮮な空気を味わえた。
対して王都はいつもの見慣れた風景ではあるが、日常に戻ってきたと感じさせ、二人の心を落ち着かせる。
「そろそろお腹すいたね」
朝から散歩していたが、気付けば昼時になっていた。
「そうだな。アイリスは何が食べたい?」
「それじゃー、あのお店に行こう!」
「即決だな」
「美味しいお店のことなら任せてね」
カイルはアイリスの歩き出す方向についていく。
目的の飲食店に到着し、楽しく会話しながら食事を済ませる。
「今日は私がお金出すからね」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
二人は会計を済ませて、店から出た。
十分に英気を養った二人は、午前と同じように午後も活発に活動する。
「いーっぱい歩いたね。少し疲れちゃった」
気付けば夕日が沈みかける時間になっていた。
「あのベンチで休憩したら戻ろうか?」
カイルは広場に設置されている誰も座っていないベンチを指差した。
「そうだね」
二人はベンチへ向かい、並んで座る。
「あー、楽しかった!」
「俺も船の一件からずっと緊張しっぱなしだったからな。気分転換できて楽しかった」
「よかった。実はね、カイルに渡したいものがあるんだー」
アイリスはニコニコしながら隣に座るカイルの顔を見る。
「今日は至れり尽くせりだなー」
アイリスはポーチを開けると、中から手のひらに収まるぐらいの小さな箱を取り出しカイルに手渡す。
「開けてみて」
箱を開封すると、中にはネックレスが入っていた。
「普段全く装飾品を身に着けないから」
カイルは手に持ったネックレスをまじまじと見つめる。
「ネックレスは高価だろうに……ありがとう!」
「買ってきたんじゃないよ。作ったの」
「これをアイリスが作ったのか? いつ?」
「前から少しずつ、こつこつね」
カイルはネックレスを今度はつぶさに見ていき、手作りで丹精込められているのを感じ取る。
そして何より自分のために、こつこつ一生懸命作ってくれたことが嬉しかった。
「料理以外も器用なんだな」
「いっぱい褒められちゃったー」
アイリスは微かに左右へ揺れながら嬉しそうに微笑んだ。
「こんなことをしてもらったのは生まれて初めてだ。ありがとう!」
カイルは早速ネックレスを身に着けようとするが、慣れていないためうまくできない。
「カイル、後ろ向いて。私が着けてあげる」
アイリスに背中を向けて着けてもらう。
「いいよー」
彼女の合図でカイルは再び正面を向いてアイリスにネックレスを見せる。
「うん、似合ってる」
アイリスは優しく微笑むと、カイルも微笑み返す。
「実はな、俺からもアイリスにプレゼントがあるんだ」
「え!?」
アイリスが驚いている間にカイルは箱をしまう。
それから彼もカバンから小さな箱を取り出しアイリスに渡す。
「開けてみてくれ」
箱を開封すると、アイリスからもらった箱の中身と同じくネックレスが入っていた。
「かぶっちゃったけど……俺も作ったんだ」
「カイルが私のために作ってくれたの? 嬉しい」
手のひらに乗せたネックレスをじっと見つめながら話す。
「さっそく着けてみるね」
彼女はカイルの時と違って器用にネックレスを身に着けた。
「ネックレス身に着けるのも器用なんだな」
「これは女の子なら普通なの」
身に着けたネックレスをカイルに見せる。
「似合ってる。綺麗だ」
その言葉を聞いたアイリスは頬を薄桃色にさせるが、微妙な表情の変化は夕日で暈される。
アイリスは自身の左肩を彼の身体へ傾けて軽く寄り添った。
「ねぇ、カイル。もうちょっとこうしててもいい?」
カイルは右手でアイリスの右肩に優しく触れ、自身の身体へ抱き寄せる。
「あったかい。ずっとこうしていたい」
彼女のよい香りがカイルの鼻腔を蕩かす。
「ねぇ、カイル?」
カイルの目を上目づかいで見ながら話しかける。
「ん?」
「少しいじわるなこと聞いてもいい?」
「なんだよ?」
「今まで構ってくれてるのは私が魔法使いだから?」
「そうじゃない」
「ほんと?」
カイルはアイリスの顔を真剣な表情で見つめる。
「……あっ! 今ちょっと顔の表情が緩んだ。嘘ついてる顔だ」
「嘘ついてない。ほんとだってー」
「うそだもん」
アイリスはさらに自身の身体をカイルに寄せて、彼の胸に顔をうずめた。
カイルは彼女の右肩に触れていた右手を動かし彼女の頭に触れる。
手に彼女の髪の感触が伝わると、そっと頭を撫でた。
指に引っかからず、滑らかでさらされと流れ、夕日に照らされると艶が出る。
しばらく見惚れてしまうほど美しい。
二人はそのまましばらく言葉を紡がなかった。
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