第95話 再訪

 アイリスはコーヒーの入ったマグカップが乗っているトレイを両手で持ちながら部屋に入る。


「船のこと聞いたよ、カイル」


 そう言いながらマグカップをカイルの目の前のテーブルに置く。


「コトン」と乾いた音がした。


「でも大丈夫だ、方法はある……」


 アイリスがカイルの隣の椅子に座る。


「ほんと?」


 彼女はカイルの目を見つめながら一言紡ぐ。


「ほんとだ」


 アイリスから目線を僅かに逸らす。


「だって最初に出会った時と同じ表情してるもん」


 心中を当てられたカイルは言葉に詰まった。


 しばしの沈黙があった後、ふとカイルは視線を窓の外へ向ける。


 部屋に入った時は昼間だったが、既に外は夕焼け模様になっていた。 


 カイルはマグカップの取っ手に指をかけて持ち上げる。


「今日は少し暑いからアイスコーヒーにしてみたの」


 一口味わう。


「アイリスの淹れるコーヒーは美味いな」


「ありがと。カイルが作ってたところを見よう見まねでやってみたのよ」


 カイルはコーヒーをもう一口堪能した後、マグカップをテーブルに置く。


 中の氷が互いに、そしてカップの内側にぶつかり、カラカラと音を立てる。


 マグカップに注がれているコーヒーへ自然に視線が移った。


「…………!」


 カイルは少し顔を近づけてマグカップの中を覗く。


「どうしたの、カイル?」


「……そうか! ありがとう!」


「ん? 確か前にもこんなことがあったような……。あっ! もしかして何かいい案を思いついたの?」


「あぁ。またしばらく店を離れることになる。手伝ってくれ」


 さっきまでの重苦しい空気を一気に吹き飛ばすかのようにカイルの表情に笑顔が戻った。


「うん!」


 彼女の表情にも笑顔が戻る。


 ――翌日。


 カイルは早速行動を開始した。


 目的地のアマルフィー商会へ向かう。


 屋敷に到着し、建物の中へ入るとアマルフィーがカイルを出迎えた。


「お久しぶりです、カイルさん。今日はどんな商談ですか?」


「船購入代金の出資をして頂きたくて訪問しました」


 カイルは端的に用件を述べる。


 その後、なぜ出資が必要であるかの経緯も説明した。


「出資ですか……我が商会のメリットはありますか?」


「あります」


 カイルは自信に満ちた表情で答える。


「そのメリットとは?」


「キンゼート鉱山の共同所有です」


「共同所有……ですが、あの鉱山はスライムゼラチナスが現れて以来、閉山されたと聞きましたが?」


「はい、その通りですが、解決策を用意しています。実は以前、鉱山の中に入りスライムを撃退しています」


「素晴らしい! ちなみにその時、コアスライムも一緒に撃退しましたか?」


 (コアスライム? それは初耳だな。前回は遭遇しなかったはず)


 カイルはコアスライムについて詳細を尋ねる。


「鉱山などの奥深くに潜んでいると言われています。巨大でスライムの中に宝石のようなコアがあるそうです」


「残念ながら、そのようなスライムと遭遇した覚えはないですね。通常の個体は何体も退けましたが……」


「私も実物は見たことがないので、あくまで噂です。あとこれも噂ですが、コアスライムを撃退しない限り、スライムゼラチナスが生み出され増殖し続けるそうです」


「貴重な情報ありがとうございます。ではその調査も兼ねて、もう一度鉱山に行ってみます」


「気を付けてくださいね。カイルさんも把握していると思いますが、あの鉱山は今、ロムリア王国の管轄になっています。安全性が確保できたら改めて話を進めましょう」


 カイルはアマルフィーに礼を述べ、屋敷を後にした。


 (よし! 次は鉱山の安全性確保だな)


 ――事務所。


 事務所に戻ってきたカイルは、アイリスに鉱山再調査の意図を説明した。


 さらに今回の調査にレイジーンを加え、前回協力してもらった傭兵のハルドに再度依頼する。


 カイル、アイリス、レイジーン、ハルドの四人は事前準備を整えるとキンゼート鉱山へと向かった。


「ハルドさん、今回も道案内よろしくお願いします」


 カイルとハルドは鉱山の入り口前で、突入前の軽い打ち合わせをする。


 その間にアイリスはレイジーンのショートソードにエンチャントアイスを付与した。


 レイジーンを先頭にし、後ろにカイル、アイリスと続き、最後尾をハルドが担う。


 念のため警戒しながら進んだのは正解だった。


 スライムゼラチナスが復活していたからだ。


「どうやら、コアスライムは前回倒していないようだな」


「そのようですね」


 ハルドがカイルへ返事する。


 一行は奥深くへと進み、前回採掘をした広場へと到着した。


「今回はコボルト達の出迎えはないみたいだな」


 周囲を警戒して待ち伏せがないことを確認すると、前回は通らなかった穴へと入り、一行はさらに奥へと進む。


 しばらく進むと最後尾のハルドがカイルに話しかける。


「カイルさん、ここから先は私の知らない坑道です。穴というべきかもしれませんが」


 ハルドは鉱山が閉山されてから作られたものだと話す。


 そこから先に続く穴は木枠も無く雑で、人の手で作られた採掘用の坑道という雰囲気ではなかった。


 穴の大きさは幸い人が通れる程度であり、カイルたち一行は地下奥深くへと潜る。


 自分たちの足音以外には周囲や視線の先から何も音は聞こえない。


 奥に進むにつれ、湿ったような空気と共に肌寒さを感じる。


 しばらく進むと広場に到着した。


「アイリス、ライトの魔法を頼む」


 アイリスが魔法を詠唱すると、辺りが明るく照らされた。


「どうやらここで行き止まりのようですね」


 ハルドが周囲を見渡しながら話す。


 そこにはただ広い空間で周囲は土壁に囲まれており、特に何の変哲もない――


 いやあった。


 空間の奥に手のひら位の大きさの青色をした立方体が浮いている。


「何だあれは?」


 カイルはよく目を凝らして確認してみると、コアを覆うように周囲には薄く水色の色味がついている。


 それはスライムゼラチナスとは比較にならず、人間の何倍も巨大なものだった。


「あれがコアスライムじゃないか?」


 カイルは立方体を指さしながら問いかけると、三人は彼が指さす方向を確認して頷く。


「仕掛けるか?」


 レイジーンがカイルに問う。


「いや、待ってくれ」


 カイルは返事すると、レイジーンからアイリスに視線を移す。


「スライム全体を凍らせることはできるか?」


「わかった、やってみる」


「フリーズ」


 アイリスの魔法によりコアスライムは地面に近い方から氷に覆われ始めるが、三分の一ほど凍らせたところで止まった。


 凍っていた部分は徐々に元のスライム状へ戻っていく。


「大きすぎて全部凍らすのは無理みたい」


「あの真ん中の四角いのを破壊しなきゃダメなんじゃないか?」


「そうだろうな」


 レイジーンの疑問にカイルが答える。


「なら、俺が接近して様子を確認してくる」


「スライム本体に体が触れないように気をつけろよ」


「あぁ、分かってる」


 レイジーンはショートソードを抜き、コアスライムへと近づいていく。


 剣の間合いに入る直前の距離で突如、スライムの体の一部が槍のような形状に変化する。


 槍はレイジーンの体を貫こうと襲い掛かった。


 彼は咄嗟に右斜め後ろへバックステップし、間一髪で回避する。


「こいつ、反撃してきやがる!」


 レイジーンはそのまま間合いを取り、カイルたちの元へ戻る。


「魔法は効果がない。おまけに反撃してくるわけか……」

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