第94話 報告

 幹部候補については、一旦頭の片隅に置く。


 カイルは他にも優先して取り組みたいことがあった。


 商船の保有だ。


 外洋航海可能な商船の保有は商会にのみ認められている。


 ルマリア大陸にも出店したことを機に自前で船を所有し、海上運搬の効率化を図りたかった。


 各店舗とも黒字で外洋航海可能な中古の小型商船になら手が届くほどには利益を上げている。


 (船の所有は大きな投資になる。どうするか?)


 失敗すれば今までの利益が全て吹き飛ぶどころか、商会の存続すら困難な程の損失を被る可能性すらある。


 (もちろんやる)


 頭の中で即断即決する。


 その決断には複数店舗の開店と黒字化で自信がついた彼の、必ず成功させるという強い意志が込められていた。


 ――数日後。


 事務所の会議室に主要メンバーを集めて船の必要性と購入決定の意思を伝える。


 その後、当事者になるクルムとレイジーンへ個別に話をした。


「意見があれば遠慮せず何でも言ってくれ」


 クルムとレイジーンはカイルの問いかけに口を開こうとしない。


「ん? どうしたんだ?」


「……カイル……俺は戦闘のことなら多少の意見もできる。だが、経営のことについては正直わからん」


 レイジーンの返事にクルムも静かに頷く。


「おそらくだが、他のスタッフもそう感じてたんじゃないか? せいぜい大きな投資だなぐらいの感覚でな」


 (そういえば、さっき説明した時も何も意見が出なかったな)


「すまん、そこまで頭が回らなかった。どうやら俺は一人で空回りしてたようだ」


「そうじゃない、気にするな。カイルがそうやるって決めたんなら、俺はそれについていく」


「僕も信じてますし、カイルさんについていきます」


「ありがとう」


 カイルは二人に感謝を述べて部屋から出て行った。


 ――数日後。


 中古商船の取扱店へと向かう。


 王都に港はないが、店で販売リストの確認はできる。


 希望の船があれば現地に行って確認する段取りだ。


 予想よりも購入対象となる船の種類は少なかったが、時期的なものや需要と供給による影響かと考え、あまり気にしなかった。


 結果、外洋航海できる船で最も小型のサラベル船を購入することにする。


 積載量は少ないが、今まで客船の一部を間借りして運んでいたことに比べれば十分すぎるものだ。


 購入費用の三分の一を先に支払い、残りは分割で毎月支払っていく契約となっている。


 購入資金を貯めてから一括で購入すれば、最も安全ではある。


 しかし、資金力に乏しい新参や若手の商会は、資金が貯まるまで何年、下手すれば何十年と待たなければならない。


 商機を逃してしまうのだ。


 その為、先に船を得て利益を稼ぎ、返済に割り当てていくというのが一般的な考え方だった。


 カイルもその方針に決めている。


 船の先払い購入費用に船員、航海士などの人件費や食料、備品などの必需品の費用も加わると、今まで稼いだ利益のほぼ全額が費やされた。


 書類関連の手続きも全て完了し、現地で船を受領した。


 カイルたちの他、必要な船員も乗り込み、物資の積み込みが完了すると、そのままポートリラの港へ向かう。


 ポートリラへの航路は試験航海も兼ねており、無事に船は入港する。


 船員たちは20名ほど乗り込んでいるため、万が一船員たちが暴動を起こす可能性についてカイルは危惧していた。


 その為、当初の傭兵はレイジーン一人で考えていたが、一人でクルムを守りつつ、鎮圧するのは厳しいと判断し増員している。


 増員した傭兵たちはレイジーンが指揮する。


「頼んだぞ。みんな!」


 カイルは笑顔で乗員たちを送り出した。


 ――約一か月後の昼。


 カイルが事務所で仕事をしていると、ふいに扉が開く。


 開いた扉に視線を向けると、クルムとレイジーンが立っていた。


「おかえり、二人とも……ん?」


 カイルは二人が見せる表情の違和感に気付く。


「どうした二人とも、浮かない顔して。そういえば戻りが早くないか? 何かあったのか?」


「カイル……落ち着いて聞いてくれ」


 レイジーンは神妙な面持ちで話し始める。


「船が……船が……沈没した……」


「何!?」


 椅子に座っていたカイルが、思わず立ち上がる。


 同じ部屋にいたレーティナも絶句し、仕事の手を止めていた。


 カイルはクルムとレイジーンと共に隣の部屋へ移動する。


「モンスターに襲われたのか? 例えばオクトドンような奴か、クルム?」


 カイルはテーブルを挟んで対面して座るクルムに話しかける。


 クルムはぶんぶんと首を左右に振って否定した。


「クルム、無理するな。カイル、俺が代わりに話す」


 恐怖で言葉が出ないと察したレイジーンが横から助け船を出した。


「頼む」


「船から大砲で砲撃された」


「……ということは海賊か?」


「おそらくな……」


 (海賊か……。ここ最近は噂を聞かなかったが、運悪く狙われたか)


「他の船員の安否は?」


「すまん……他の船員は……行方が分からない……」


 レイジーンはクルムをかばって一緒に海へ飛び込んだと話す。


 その後、たまたま近くを通りかかった船に救助されたと付け加えた。


「そうか……」


 カイルは一言呟いて俯く。


「カイル……その……何と言えばいいか……」


「船の損失についてか? これから対策を考える。レイジーンとクルムが気に病むことはない」


「しかし……」


「大丈夫、ここからは俺の仕事だ。二人はまずゆっくり休んでくれ」


「……すまない……」


「休んだ後でいいから、行方不明の人員が戻ってきていないか調べておいてくれないか?」


「わかった、任せてくれ」


 レイジーンが椅子から立ち上がり部屋から出ていこうとする。


 途中でクルムが付いてきていないことに気付き、座ったままのクルムの肩を後ろから軽く叩く。


 そこでようやくクルムもそろりと立ち上がり、二人は部屋から出て行った。


 カイルは眉間にしわを寄せながら、腕を組む。


 (大丈夫……とは言ったものの、どうするんだ……)


 被った損失としては今までで最大規模であり、購入代金三分の二の支払いがまるまる残っている。


 現状のカイル商会の経営状況では支払いを続けていくのは厳しい。


 船を導入して利益倍増を見込み、支払いに割り当てるつもりだったが、その肝心の船が失われてしまった。


 (行方不明の人員が見つからなかった場合の遺族への支払い……それは船に掛けた保険金でカバーできる。その後、船の支払いはどうする……?)


 腕を組む、足を組む、指で顎をつまむ、それを解いては組みなおす。


 何度も何度も繰り返したが、妙案は何も頭に浮かばない。


 次第に焦燥感が募る。


 カイルが行商人だった頃、小麦が大量に売れ残り、廃業の危機に陥った時の感覚が蘇った。


 途方に暮れ出した頃――


 再び扉が開く。


 扉の奥にはアイリスが立っていた。

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