第87話 激闘の果て

 アイリスの放った魔法、ファイアストームの炎がサークリーゼの周囲から完全に消えた。


 サークリーゼはアイリスを一瞥するとシュバリオーネを構える。


 シフは反撃の機会を与えまいと、すかさずサークリーゼとの間合いを詰めた。


 シュバリオーネとグランフェリオ、両者の剣が激しく衝突する音と衝撃が闘技場内に響き渡る。


 直後、両者は激しい剣戟を交えながら空高く舞い上がっていく。


「あれも魔法の効果なのか……」


 その光景を見上げているカイルは腹の激痛に耐え、顔をしかめながら呟いた。


 アイリスがカイルに駆け寄り、無言のまま同じく空を見上げる。


 空中で一進一退の攻防を繰り広げる両者は、闘技場観客席最上段よりも高く舞い上がっていた。


 サークリーゼとシフは同時に後方へ下がり、観客席最上段に降り立つ。


 両者は中央の闘技場舞台を挟み、左右の観客席に立ち対峙する。


 (まさか、ここでシフヴェルトが出てくるとは……)


 シフの参戦により、サークリーゼは計画への影響を懸念し始めていた。


 (先ほどのお嬢さんの魔法は多少厄介ですが、さほど脅威ではありません。……問題は目の前の彼にどう対処するか……)


 サークリーゼは思考を巡らす。


「随分焦っているようだな、サークリーゼ」


「さぁ? どうでしょうか」


 サークリーゼは続けて魔法詠唱を始める。


 シフと彼とは距離があったため、詠唱が聞こえず何の魔法かまでは把握できなかった。


「では、仕切り直しと行きましょうか!」


 サークリーゼは観客席から飛び上がり宙に浮くと、シフがいる方の観客席へ一直線に距離を詰める。


 シフも同じく飛び上がり間合いを詰めた。


 闘技場舞台上空付近で再び互いの剣がぶつかる。


 サークリーゼの動きが格段に良くなっていることをシフは把握した。


 (どうやら身体強化魔法を付与したようだな)


 シフは防戦一方となりながらも、サークリーゼの猛攻を凌ぐ。


 両者は闘技場舞台中央へと再び舞い下りる。


「そろそろ引いて頂けると助かるのですけどね」


「そうしてもらえると、こちらも助かる」


 (……現状こちらが優勢。しかし、魔法効力は長くもたない……であれば!)


 サークリーゼはシュバリオーネを片手持ちから両手持ちへと移行した。


 斬撃一閃。


 その一撃は空を切りシフには届かない。


 ――ように見えた。


 剣先は触れていないが、かまいたちのような衝撃がシフの体を襲う。


 衝撃波が鋭い刃となり、彼の体を切り裂く。


 だが、シフは予め予期していたかのようにグランフェリオで応戦する。


 今度はシフの斬撃が命中。


 サークリーゼの左腕を深く切りつけた。


「ぐっ!」


 シフの斬撃によりサークリーゼは体勢を崩す。


「シフさん!」


 負傷するシフを見てカイルが声を上げた。


 シフはアイリスへ目線で合図を送ると彼女も彼の意図に気付く。


 (今なら!)


 アイリスは即座に発動できる魔法、ファイアボルトを選択した。


 彼女の指先からサークリーゼ目掛けて現状で発揮できる最大威力の炎の矢が放たれる。


 サークリーゼはアイリスの放ったファイアボルトに気付き、プロテクションで防御しようとする。


「プロテ……!」


 突如、紐のようなものがサークリーゼの首に巻き付いて締め付け、魔法詠唱を中断させた。


 (くっ! 魔法の詠唱が!)


 サークリーゼは首に巻き付いた紐を掴み、引き剥がそうとする。


「……!」


 声を発せるようになると即座に再度魔法詠唱を行う。


「プロテクション!」


 発動と同時にファイアボルトが障壁に命中した。


 障壁着弾と同時にサークリーゼは、すかさず次の行動に移ろうとする。


 しかし、ファイアボルトはサークリーゼの予想を裏切り、魔法障壁にかき消されず貫通した。


「くっ!」


 サークリーゼの左腕に着弾すると燃え広がり、腕全体を炎が包み込んだ。


 (通った! 魔法障壁の構築が完璧じゃなかったようね)


「カイル! 今だ!」


 カイルは声のする方へ視線を向ける。


 声の主は、サークリーゼの首へ紐のようなものを巻き付けたレスタだった。


 カイルはレスタの声に呼応して炎に包まれるサークリーゼ目掛けて突進する。


 斬撃の間合いに入るとショートソードを構え、サークリーゼへ斬りかかった。


「はぁぁぁぁ!!」


 左腕を負傷し、さらに炎が体全体を包み込もうとするサークリーゼの体にショートソードの剣先が迫る。


 突き刺さるような金属音が闘技場内に響く。


 ショートソードの斬撃はシュバリオーネの剣身で受け止められた。


 その剣身に触れたショートソードの剣身は折れはしなかったものの、刃こぼれが生じる。


 (この状況でも対応できるのか!)


 すかさずサークリーゼがカイルに反撃を加えた。


 シュバリオーネの斬撃は確実にカイルの体を捉える。


 カイルはユニークコボルト戦での経験から、斬撃は避けられず直撃は致命傷につながると瞬時に悟った。


 (そうだとしても!!)


 サークリーゼの反撃に抗うため、刃こぼれしたショートソードを構えようとする。


 斬撃がカイルに命中する直前――。


「くっ!」


 突如、サークリーゼの脇腹に何かが突き刺さり体勢を崩す。


 その正体は以前カイルが愛用し、今はレイジーンの手元にあるはずのダガーだった。


 カイルはその隙を逃さず、持てる限りの力を振り絞りサークリーゼへ斬撃を放つ。


 命中。


「ぐっ!」


 カイルの斬撃をその身に受けたサークリーゼは、地面にひれ伏――さず、ふわっと体を宙に浮かせた。


 そのまま空高く舞い上がり、闘技場観客席最上段に着地する。


 シフは追撃せず、カイルたちもその様子を見上げていた。


 サークリーゼの体から徐々に炎が消えていく。


 炎が完全に消えると闘技場観客席から闘技場舞台にいるカイルを見下ろし問いかける。


「商人、名前は?」


「……カイル」


「覚えておきましょう」


 そう言い残すと、サークリーゼはふわっと宙に浮きあがり、闘技場外へと去っていった。


「……なんとか退けることができたな」


 アイリスに治癒魔法を施されているシフがカイルに話しかける。


「シフさん、駆けつけてくれてありがとうございます! アイリスとレスタもありがとうな!」


 一堂に笑顔が戻る。

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