第86話 威圧と覚悟

 カイルの後方から声が聞こえ、彼はその方向へ振り返る。


 (こいつあの時の!)


 声の主はガストルが逃走する際にカイル達へ立ちはだかった男、サークリーゼだった。


 サークリーゼは闘技場の中央へ歩いていき舞台へ上がる。


「そんなことではあなたの妹、助けられませんよ」


 その呼びかけにレイジーンは反応しないが、サークリーゼは淡々と話す。


「……所詮あなたの覚悟もその程度でしたか……。と言っても、私の声はもう届いていないでしょうけど」


 サークリーゼはカイルに視線を合わせた。


「……レイジーンを倒したのはあなたですか?」


 彼は表情一つ変えず、カイルへ問いかける。


「あんたか、マグロックさんとガストルさんを巻き込んだ張本人は」


 サークリーゼはカイルの顔をしばし見つめ、自身の思考を巡らす。


「……あー、思い出しました。あの時の商人ですね。……そうだと言ったら?」


 矢のような鋭い視線がカイルへ突き刺さる。


「くっ……」


 サークリーゼの体全体から放たれる威圧感に言葉が紡げない。


「さて……」


 彼は鞘からシュバリオーネを抜き、氷のような冷たい表情でカイルを見据えた。


 カイルはレイジーンとの戦いで体力を消耗しているのに加えて負傷している。


 (おそらく相手はレイジーン以上の実力者だ。万全の状態でもまともに戦えるのか分からんな)


 レスタと共に一度サークリーゼと戦っているが、鎧袖一触にされたことを思い出す。


 怒りに任せて勢いでここまで来たことを今更ながら後悔し始めていた。


 (これは……無事に戻れるか……?)


 ショートソードの柄を強く握りしめる。


 両者の間に一瞬沈黙が流れた。


「……」


「……」


 ――沈黙を破ったのはカイルでもサークリーゼでもなく少女の声だった。


「ファイアボルト」


 アイリスの魔法詠唱だ。


 彼女の放ったファイアボルトはサークリーゼに向けて一直線に飛んでいく。


 サークリーゼは最小限の動きで反応し、シュバリオーネの剣身に当てて反射させる。


 放ったファイアボルトが今度はアイリス自身に襲い掛かった。


 (反射した? 間に合って!)


「プロテクション!」


 アイリスの正面に魔法障壁が現れ――ファイアボルトが着弾。


 間一髪で防御する。


 (間に合ったー)


「お見事」


 サークリーゼはアイリスへ拍手する。


「……しかし、話をしている時に邪魔するのは感心しませんね」


 彼は拍手を止め、冷たい視線をアイリスへと向ける。


 アイリスは彼から目線を逸らす。


 逸らした視線の先に人影が見える。


 その人影は空高く舞い上がり闘技場の舞台へ下り立った。


「そこまでにしてもらいましょうか」


 悠然たる佇まいでサークリーゼを制止する。


「おや? 今日は来客が多いですね」


「シフさん!」


 カイルは思わぬ救援に驚嘆した。


「久しいな。サークリーゼ」


「おやおや、誰かと思えば元アルバネリス王国騎士団長シフヴェルトではないですか。もう年なのですから隠居されてるのかと思っていましたよ」


「まだやり残したことがあるのだよ。……それに王都襲撃計画も知ってしまったのでな」


「そうですか……立ちはだかるというなら……」


 サークリーゼはシフを見据えた。


「コール」


 シフが言い放つと突如、彼の右手から剣のような模様が浮かび上がる。


 徐々に色味を帯びていき、やがて実体を持った剣になった。


 コールは専用箱に入れておいた物を呼び出すことのできる魔法だ。


 逆に魔法で箱の中へ戻すことはできない。


 今回は孤児院に保管している箱から剣を呼び出した。


 箱は今の時代で新たに作り出すことはできない。


 何かしらの魔法で造られていると推測されているが、文献は残っておらず詳しい製法は不明である。


 現在は遺物として残るのみで、その数は非常に少ない。


 箱が大きいものほど希少価値が高く、中でも剣が入るような大きさの箱は数えるほどしか存在しない。


「ほう……」


 突如現れた剣を目の当たりにしてサークリーゼが呟く。


 シフの呼び出したグランフェリオは今から約四百年前に作られた剣である。


 剣身は特殊な鉱石を加工して作られており、透き通った翡翠色をしている。


 その性能はサークリーゼの持つシュバリオーネに比肩する。


 シフはグランフェリオを構えると、太陽光が剣身を照らし綺麗な輝きを見せた。


「来なさい」


 元騎士団長同士の戦いの火ぶたが切って落とされた。


 アイリスは二人の戦いが始まったのを確認するとカイルへ視線を送る。


 (まずはカイルの手当てをしないと!)


 同じくカイルもアイリスに視線を合わせた。


 カイルは戦いを横目で確認しながら、彼女の元へ駆け寄り合流する。


「カイル!」


「傷は浅くないがまだ戦える」


「今、治癒魔法かけるからね」


「頼む」


 アイリスがヒーリアの魔法を詠唱し終えると、カイルの傷はふさがり徐々に痛みも引いていく。


「助かった。……一人で飛び出してすまんかった」


「後でお説教なんだからね」


 カイルのショートソードにエンチャントファイアをかけた。


「あいつとは一度戦ったことがある。強敵だ、注意してくれ」


「わかったよ。カイル、私が隙を見計らって高威力の魔法を放つから引き付けて」


「わかった」


 カイルは頷いて返事し、舞台へと駆け出す。


 舞台の上では互いの剣が激しく交錯している。


 両者とも一歩も譲らない。


 サークリーゼが一旦間合いを取る。


 それに合わせてシフも後ろへ下がった。


 カイルがシフの隣に並び立つ。


「シフさん」


「仕掛ける」


「はい!」


 二人は同時にサークリーゼへ駆け出した。


 カイルはサークリーゼの背後に回り込むように左へ逸れていく。


 シフの斬撃。


 サークリーゼは回避し、反撃。


 シフも回避し再び斬撃を繰り出す。


 剣で受け止められると、すかさず間合いを取った。


 直後、カイルがサークリーゼの背後から斬りかかる。


 サークリーゼは後ろを一切振り返らない。


 (当たりさえすれば!)


 剣先を命中させ、エンチャントファイアの効果発動を狙う。


「図に乗らないでください」


 まるで後ろに目でも付いているような正確かつ強烈な中段後ろ回し蹴りを放つ。


 カイルの脇腹に直撃。


 体勢を崩し激痛を伴いながら、舞台の上を転がった。


 サークリーゼはカイルには脇目もふらず、シフを見据える。


 (今だ!)


 アイリスの魔法詠唱が完了。


「ファイアストーム」


 サークリーゼの足元周辺に規則正しく組まれている石が灼熱を帯びて赤く変色し始める。


 直後――火柱が立ち昇りサークリーゼの全身を包み込む。


 炎の竜巻と化し、闘技場の観客席最上段付近まで立ち昇り、炭になるまで焼き焦がそうとする勢いだった。


 周囲の空気は熱風へと変わり、その場にいる人の顔を嵐のように吹き荒ぶ。


 徐々に燃え盛る炎の勢いが弱まると、サークリーゼの姿が露になる。


 彼は灰と化――さず、無傷で何事もなかったかのように佇む。


 サークリーゼは炎に包まれる直前にプロテクションスフィアを発動し、体の周囲に魔法障壁を展開していたのだ。


 プロテクションスフィアはプロテクションの上位魔法である。


 (相手も魔法を使った? プロテクション? この魔法でもダメなの……?)


 プロテクションは一方向にしか魔法障壁を展開できない。


 全方位からの攻撃であれば、防ぐ手段がないであろうと考えていた。


 アイリスは相手が何かしらの防御手段を持っていることを瞬時に把握する。


 (今はダメ。もっと隙を作ってからでないと)

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