第84話 帰宅

 ――カイル達が介抱した翌日朝、ソフィナの家。


「ソフィナー、帰ったぞー」


「あっ! レイジーンお兄ちゃん、お帰りなさい!」


「どうだ具合は?」


「うん、今日は調子が良いみたい」


「おー、そうか! それはよかった」


 レイジーンはソフィナへ微笑むと調理台へと向かう。


 (顔色がいつもより良い。本当に調子良いみたいだな)


「今から料理作るからちょっと待っててくれ」


「うん、お兄ちゃんありがとう」


 ソフィナはベッドの中からレイジーンの方を向いて笑顔で話す。


 しばらくすると調理台の方からいい香りがしてくる。


 レイジーンは皿に料理を盛り付けてテーブルへ運ぶ。


「できたぞー」


 ソフィナはベッドからゆっくり起き上がってテーブルへと向かった。


 レイジーンも椅子に座り、二人で食事を始める。


「お兄ちゃんの作る料理はいつも美味しいね!」


「ソフィナは褒めるのが上手だな。いい嫁になれるぞ」


「やったー!」


 レイジーンはふと部屋に置いてある食材の入った袋が視界に入った。


「この食材は? もしかして、一人で外に出たのか?」


「ごめんなさい……」


 ソフィナは、しゅんとして俯きながらレイジーンに謝った。


「あー、いや怒ってるとかそういうのじゃないんだ」


「確かに一人で出歩いたんだけど、その食材は違うの」


 ソフィナは買出しに行った際、立ちくらみして近くにいた人に助けてもらったことを話す。


 それから家まで送ってくれて、夜まで介抱してくれたと説明した。


「必死に介抱してくれたから忘れて帰ったんだと思う」


「なるほどな……その介抱してくれたって人、どこの誰か分からないけど感謝しないとな」


「お兄ちゃんの分もお礼言っておいたよ」


「そうかー」


 レイジーンはソフィナに優しい笑顔で微笑む。


 食事を終えると、ソフィナは再びベッドに入った。


 レイジーンは買ってきた薬を棚の引き出しの中へ入れる。


「新しい薬買ってきたからな。苦いけどちゃんと飲むんだぞ」


「うん。お兄ちゃん、いつもお薬買ってきてくれてありがとうね」


「おー」


「お兄ちゃんがいつも良いお薬買ってきてくれるから今日も元気だよ。だからがんばって早く治すね」


 ソフィナはベッドから両腕を出し、ぐっと握りこぶしを作ってレイジーンに元気さをアピールする。


「あー、俺も毎日祈ってる……だからきっと良くなる」


 レイジーンは、日に日に衰弱していく妹を見ており、おそらく薬の効果など無いことも薄々感づいていた。


 知ってか知らずかそんな妹の兄への気遣いに自身の心が締め付けられる。


 最近は、もう傭兵など辞めて、妹が最期を迎えるその日までずっと付き添ってあげたいと考えるようになっていた。


「うん! がんばる! ……お兄ちゃんは、これからまたお仕事?」


「あぁ、そうだな。次の仕事が終わったら、金が入る。またたくさん薬を買ってくるからな!」


「わー、ありがとう!」


「次帰ってきた時は何が食べたい?」


「んーっとねー……」


 ソフィナは五つほど料理を挙げた。


「そんなにいっぱい食べられないだろー」


 レイジーンは、楽しそうに笑いながらソフィナに話す。


 (こんなに楽しく笑ったのはいつぶりだろうか)


「だって毎日一品ずつ作ってくれたら、お兄ちゃんと五日は一緒に過ごせるもん」


 ソフィナはいたずらっぽく微笑む。


「おー、なかなか策士だなー」


「えへへ」


「じゃー、そろそろ仕事に行ってくる」


「うん」


 ソフィナはベッドの中から、軽く手を振ってレイジーンを見送った。


 ――同日午前中、王都のカイルの店。


 カイル達は朝食を取った後、馬車に乗ってマグロックの仕事場へと向かう。


 仕事場へと着き、扉をノックする。


 しばらく待ってみるが中からマグロックが出てくる気配はなかった。


 再度ノックしてみるが、状況は変わらない。


「外出してるのかな?」


「そうかもね」


 二人は改めて訪問することにし、馬車に戻ろうとする。


「うぅぅ…………」


 部屋の中から、かすかにうめき声のようなものが発せられた。


「今部屋の中から声がしなかったか?」


「私も聞こえた」


「マグロックさん!」


 カイルはさっきよりも強くノックする。


 するとノックに反応して中から再びうめき声が発せられる。


「もしかして中にいるのか?」


 カイルは扉を開けようとするが鍵がかかっており開かない。


「他に入れるところがないか手分けして探そう」


 二人は建物の周囲を調べ、人一人が十分入れるほどの大きさの窓が開いているのを見つけた。


 カイルがまず侵入し、アイリスも続く。


 二人は建物の中に侵入すると、奥にマグロックがいるのを発見する。


 しかし、彼はうつ伏せで倒れており、服は血に染まり床も浸食し始めていた。


「マグロックさん!!」


 カイルはマグロックに駆け寄り、必死の形相で呼びかける。


 幸い意識はまだあるようで、呼びかけにはうめき声で反応した。


 カイルはマグロックを床へ横に寝かせると服を脱がせて傷口を探した。


「アイリス! 頼む!」


 アイリスへ呼びかけると、彼女は無言で頷き魔導書をポーチから取り出す。


 即座に魔法詠唱を開始し、ヒーリアの魔法をマグロックにかける。


 傷は魔法の効果でみるみる治っていき、荒い息遣いで苦しそうにしていたマグロックも落ち着きを徐々に取り戻していく。


 二人はしばらくマグロックの様子を窺う。


 やがてゆっくりと彼の目を開いた。


「……カイルか……どうしてここへ?」


 マグロックは視界の先にカイルの姿を発見して問いかける。


「マグロックさん、気が付いてよかった……」


「確かワシは刺されて……あれ? 傷が……それに痛みもない。でも血は残っている……どういうことだ?」


 マグロックはまだ意識が朦朧とする中、状況を整理しようとする。


「傷を治してくれたのはカイル達か? ん? でもこんな短時間で…………もしかして君達は、魔法使いなのか?」


「マグロックさん、それよりもいったい誰がこんなことを?」


「あ、あぁ、そっちが先だな」


 マグロックはゆっくりと立ち上がり近くの椅子に腰かけた。


 カイルとアイリスも空いている椅子に座り、テーブルを挟んでマグロックと対面する。


「経緯から話す。……ワシはあの事件のことを追ってたんだ」


 (ガストルさん関連のことだな)


「はい」


「それで調べていくうちにとんでもないことが分かった」


「とんでもないこと?」


「あぁ……彼らは王都を襲撃しようと企てている」


「「えっ?」」


 カイルとアイリスはマグロックから発せられた全く予想だにしていなかった言葉に驚く。


「その反応も無理はない。ワシも最初は驚いたからな」


 そう話しながら、マグロックはカイルとアイリスの顔を交互に見る。


「独自に調べた結果をまとめて王国に報告しようとしてたんだ……その矢先だ……」


 マグロックは自分が作った床の血だまりに視線を向けて、カイルへ再び視線を戻す。


「……マグロックさんを襲ったのは何者だったんですか?」


「…………レイジーンだった……」


「レイジーン、またあいつか!!」


 カイルは声を荒げて怒りをあらわにした。


「カイル落ち着いて!」


 アイリスは初めて見せた彼の怒りに一瞬戸惑ったが、なんとかなだめる言葉を声に乗せた。


「……すまない……」


 声の調子を落としてアイリスに謝罪する。


 アイリスは彼の顔を見て頷いた。


「……レイジーンっていう人……もしかしてルマリア大陸で私達を襲ってきた人? あの後、野宿した時にカイルが知り合い、元同僚って話してたよね?」


「そうだ合ってる……」


 (やっぱり……ブラインドとフォグの魔法で足止めした人だ)


 アイリスは当時の状況を思い出そうと思考を巡らせている。


「マグロックさん、彼がどこに潜伏しているのかわかりますか?」


「リリメント遺跡を拠点としている。おそろくそこに向かったはずだ。どうするつもり――」


 マグロックが話終える前にカイルは椅子から立ち上がる。


「カイル、どうするの?」


「リリメント遺跡へ行く。アイリスは、ここで待っていてくれ」


「ダメ! 一人で行くのは無茶だよ。私も一緒に行く」


「これは俺の問題だ。あいつだけは許しておけない」


「それは……そうかもしれないけど――」


 アイリスが若干返答に窮している間にカイルは部屋から出ていった。


「待って、カイル!」


 アイリスは出ていったカイルを追いかけるが、建物の外で彼を見つけた時には既に馬車へ乗り込み移動を始めていた。


 (どうしよう……一人で行っちゃった……)

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