第83話 少女の介抱

 ――午前中。


 カイルとアイリスは、食材の買出しに出かけていた。


 買出しから帰った後にマグロックの事務所を訪問する予定だ。


「今日の夕飯は私が作るね」


「何にするんだ?」


「えへへ、楽しみにしてて」


 アイリスは両手に食材が入った袋を抱き抱えながら、隣で歩くカイルと会話している。


 会話に気を取られて前方への注意がおろそかになり、前方から歩いてきた少女とアイリスの肩同士がぶつかる。


「ごめんなさい……」


 少女は消え入りそうな声でアイリスに謝る。


「こちらこそよそ見しててごめんなさい。怪我はない?」


 少女の顔は青白く痩せ細っており、足取りも若干おぼつかない雰囲気だった。


 アイリスは謝罪した後、少女へ心配そうな表情で話しかける。


「どこか具合悪いの? 大丈夫?」


「大丈夫です……」


 そう言うと少女は再び歩き出そうとするが、立ちくらみを起こし前方に倒れ始める。


 隣にいたカイルは咄嗟に少女の体を地面に激突しないよう支えた。


「大丈夫じゃなさそうだな」


 カイルも心配そうに少女を見た。


「家はこの辺りなの?」


 アイリスが少女に尋ねる。


「はい……」


「私達が家まで送っていってあげる」


「そんな……悪いです……」


「いいの、気にしないで。道案内よろしくね」


「ありがとうございます……」


「歩けるか?」


 カイルが少女に尋ねる。


「……ちょっと……厳しいかもしれません……」


 少女の反応を見て、カイルはおんぶすることにする。


 少女をおんぶしながら道案内に従って歩いて行くと目的の家に到着した。


 カイル達は家の中に入り、少女をベッドまで運ぶ。


 少女の顔色を確認すると、最初に出会った時よりもさらに青白くなっているように感じた。


「そ、そこの引き出しに薬が入っていますので……取って頂けませんか?」


 少女は部屋にいくつかある棚のうちの一つを指先が震えて力が入っていない様子で指差す。


 アイリスは棚の方へ歩き出し、引き出しを開けて中から薬を取り出し少女に渡す。


 カイルは水をコップに入れて少女へ渡した。


 慣れた手つきで薬を飲み終わった少女はベッドへ横になり、礼を言うと目を閉じて眠り始める。


 カイルとアイリスは少女を心配そうに見つめていた。


 少女が眠り始めてからしばらく時間が経過した頃、カイルはアイリスに提案する。


「……アイリス、彼女に治癒魔法は使ってみるのはどうだ?」


「うん、私も考えてた」


 二人とも医術の心得があるわけではないので、少女を苦しめる原因が何か分からない。


 そこで二人が出した結論は、アイリスが覚えている治癒魔法を全部試してみることだった。


 現在のアイリスはヒーリア以外にも麻痺や毒に効く治癒魔法も習得している。


 さっそくアイリスは治癒魔法を一つずつ詠唱していく。


「こ、これで……全部……終わったよ……」


 全ての治癒魔法を詠唱し終えたアイリスは、肩で息をするほど体力を消耗していた。


「ありがとう。後は俺が様子を見ておくから少し休んだ方がいい」


「えへへ、ありがとう」


 アイリスはそのまま床に倒れ込むようにして眠った。


 カイルは少女が起きるまで看病を続ける。


 (他に家族の人はいないのか? このまま待ってたら帰ってくるかもしれないな)


 カイルは少女が目を覚ましたら、そのことも聞いてみようと考えていた。


 少女は苦しむ様子もなく、安眠しているようにも見えた。


 (顔色も心なしか良くなってきているような気がするな)


 その後、少女の家族らしき者は誰も家に帰ってくる気配はなかった。


 窓の外を見ると、いつの間にか夕方になっている。


 床で寝ていたアイリスが目を覚ます。


「……おはよう……あっ! お昼だった……こんに……あー、もう夕方になってる」


 アイリスも窓の外を見て、だいぶ時間が経過したことを把握する。


「この子の様子はどう?」


「顔色は少し良くなっているような気がする」


 アイリスも少女の顔色を確認する。


「ほんとだね」


 しばらくして少女が目覚める。


「……うーん、私、かなり寝て……あっ。もう夜になってる……」


 少女は日が落ちて窓の外が暗くなっているのを確認した。


 カイルは少女の反応にクスっと笑った。


「どうしたの、カイル?」


 それを見ていたアイリスがカイルに尋ねる。


「さっき起きた時のアイリスと反応が似てたんでな」


「なんだー、そういうことねー」


 アイリスは納得した表情をした後、少女に近づいていく。


「具合はどう?」


「少し気分が楽になりました」


 少女は眠っている最中にアイリスが治癒魔法をかけていたことは知らない。


「よかったな」


 カイルが微笑みながら少女に話しかけるとアイリスも同じくニコっと微笑む。


「今までずっと付き添ってくれてたんですね……ありがとうございます……あっ、そういえばお二人の名前を聞いてなかったですね。私はソフィナです」


「俺はカイル」


「私はアイリスだよ」


「カイルさん、アイリスさん本当にありがとうございました」


「……ところでソフィナ。この家に一緒に住んでる人はいないのか?」


 カイルがソフィナに素朴な疑問を投げかける。


「お兄ちゃ……兄と一緒に住んでます」


「兄は今日帰ってくるのか?」


「いえ……兄はお仕事でなかなか家には帰ってこれないんです」


 ソフィナは俯きながらカイルの質問に答える。


「さっきのお薬が手に入るのも、兄が働いてくれたおかげなんです」


「そうか、妹思いの良い兄だな」


「はい」


 ソフィナは俯いていた顔を上げ、カイル達に笑顔で返事した。


「……さて、夜も更けてきたし、俺達はそろそろ帰るよ」


 ソフィナはベッドから起き上がりカイル達を見送る。


「見ず知らずの私にここまでして頂いて本当にありがとうございました」


「いいの、気にしないで。それじゃーね」


 アイリスがソフィナに軽く手を振り、カイルも手を挙げて別れの挨拶をする。


 二人は帰りの道中でソフィナのことを気にかけていた。 


「治癒魔法は効果あったのかもしれないな」


「どうなのかな。傷だったら、すぐに分かるんだけど」


 アイリスはやり切ったとは感じていたものの、同時に効果が明確に把握できないもどかしさも感じていた。


「兄もいるようだから、あまり俺達が出しゃばらない方がいいかもな」


「……うん、そうかもしれないね」


 アイリスは自分に言い聞かせて納得することにした。


「……あっ!」


「どうした?」


「今日買った食材、あの子の家に忘れてきちゃった」


「もう遅いからそのままにしておこう」


「ごめんなさい」


 アイリスは肩を落として謝った。


「俺も気付かなくてすまん。ソフィナのお見舞い品になっただろ」


 カイルは穏やかな笑顔でアイリスに話し、彼女も微笑み返す。


「ほんとは今日の予定だったけど、明日マグロックさんのところへ行こう」


「うん」


 カイル達は店に戻ると軽く食事してから就寝する。

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