第54話 鉱山の調査

 ――翌日の昼。


 火が引火しないような構造になっている特殊なランタンを町で購入してから鉱山へと向かった。


 ファーガストの説明では鉱山まで徒歩で二時間ぐらいのところにあると話す。


 教えてもらった情報に従って歩いていくと、目的のキンゼート鉱山が見えてきた。


 カイル達は鉱山に近づき坑道への入り口を探す。


 入り口はすぐに見つかり侵入防止用の柵が設置されていたが、難なく乗り越えることができた。


 坑道への入り口にはモンスターの気配がない。


 (モンスターは坑道内の奥にいるのか?)


 カイルは先頭に立ち、右手にショートソードを持ち左手にはランタンを持つ。


 アイリスもランタンを持ち、後ろから付いてくる。


「アイリスは後ろを警戒してくれ」


「わかった」


 カイル達は坑道内へと入っていく。


 中の横幅は人が六、七人横に並んでも通れるぐらいの広さがあり、高さも十分にあった。


 (中央付近で戦えばショートソードを振り回しても壁などに引っかかる心配はなさそうだな)


 坑道内に入って少し歩いたが、一向にモンスターがいる気配は感じられない。


 (静かだな)


 二人はさらに奥へと進む。


 突如カイルは前方に気配を感じた。


「正面に何かがいる」


 アイリスに小声で知らせると、彼女も正面を向く。


 カイルは少しずつ近づいてランタンの明かりで前方を照らしてみる。


「ゴブリンか!」


 ランタンの明かりはカイル達の正面にゴブリンらしき姿形を浮かび上がらせる。


 カイルは襲撃に備えてショートソードを構える。


 しかし、相手は一向に襲ってくる気配はない。


 (何か様子がおかしいぞ)


「もう少し近づいてみよう」


「うん、わかった」


 カイル達はさらにじりじりとゴブリンらしきものに近づいていく。


 徐々にその輪郭が露になり、確実にゴブリンであると認識できた。


 (よく見ると、こちらに背中を向けている。もしかして死んでいるのか? だが立ったままというのは珍しいな)


 カイルは、ついにショートソードの間合いまで接近した。


 急に動き出しても対応できるよう警戒しながらゴブリンをランタンで照らしてみる。


 目の前のゴブリンは動き出す気配どころか生気を全く感じられない。 


 (やはり死んでいる)


 カイルはゴブリンの周辺をランタンで照らしてみるが特に違和感を感じるものはなかった。


「アイリス、干し肉を一つくれ」


「急にどうしたの?」


「試したいことがある」


 アイリスは携帯食料の干し肉を一切れ取り出してカイルに渡した。


「俺のランタンを持って正面を照らしててくれ」


 カイルは左手に持っているランタンをアイリスに渡す。


 そして、干し肉を左手の人差し指と親指で摘まみ、そっとゴブリンに近づける。


 干し肉の先がゴブリンに触れようとした時、何かが干し肉へ絡みついた。


 カイルは瞬時に干し肉から手を離す。


 干し肉はすでにカイルの手から離れているにも関わらず、地面に落ちず空中へ浮いたままになっている。


「原因が分かった。ショートソードにエンチャントアイスをかけてくれ」


「わかったよ」


 アイリスは手に持っているランタンをカイルに渡し、ポーチから魔導書を取り出す。


「エンチャントアイス」


 カイルのショートソードに氷属性が付与された。


「少し後ろに下がっていてくれ」


 カイルの言葉に従って、アイリスは後ろに下がる。


 下がったのを確認すると、カイルはショートソードで目の前のゴブリン――ではなくその隣の何もない空間を斬りつけた。


 すると、斬りつけたところからエンチャントアイスの効果で氷の壁が形成されていく。


「どういうこと?」


 不思議そうな顔をしたアイリスがカイルに尋ねる。


「スライムだ」


「スライム? モンスターの?」


「そう、おそらくその一種だと思う。透明だから気付かなかったが、坑道内に膜を張っている。それに気付かなかったゴブリンが通ろうとして捕食されたんだろう」


 カイルは目の前にある氷の壁を思いっきり蹴り飛ばした。


 衝撃を受けた壁は、ぼろぼろと崩れ落ちる。


「一旦町に戻ろう」


 カイル達は来た道を戻り、坑道の外へ出た。


 そのまま町に戻り依頼受付所を訪問する。


 カイルは鉱山の調査に同行してくれる傭兵を探していると係りに説明した。


 二人は建物内の椅子に座り、係りから呼ばれるのを待つ。


 しばらくするとカイルの名前が呼ばれた。


 候補者は五人でいて、簡単な経歴の説明を受けたカイルは、その中の一人と実際会ってみたいと話す。


 (契約金は金貨八十枚か)


 翌日の午後、指定の飲食店で待ち合わせし、カイル達は先に店に来ていた。


 約束の時刻になると、事前に聞いていた特徴と合致する男性がカイル達の前に現れる。


 ハルドと名乗った男性は四十三歳の短髪で如何にも傭兵といった良い体格をしていた。


 互いに挨拶を済ませると、カイルはハルドに席へ座るよう促す。


 まずはカイル、アイリス、ハルドの三人で食事を取った後、カイルは具体的な依頼内容の説明を始めた。


 カイルの話を聞いた後、ハルドが話始める。


「キンゼート鉱山へ行き、そこで鉱石を採掘したいということですね」


「そうです」


「……実は私、過去にある依頼でキンゼート鉱山に徘徊するモンスター討伐の指揮を取ったことがあります」


「そうだったんですか! なら話は早いですね!」


「奥に入るのは危険です。あの坑道内にはスライムゼラチナスが大量に湧いています」


 ハルドは緊張した面持ちで話す。


 (スライムゼラチナス? 坑道内にいた透明状のスライムのことか?)


「透明なスライムのことですよね? そのモンスターなら事前調査で把握しています」


「そうです。通常のスライムとは異なり、一度捕まると脱出が非常に困難です。さらに坑道内ではスライムの弱点である火が使えないことも脱出困難に拍車をかけています」


 (事前調査した時、スライムゼラチナスに触らなくてよかったな)


 カイルはハルドの話に黙ってうなづいた。


「それで一緒に行動していた他の傭兵達は全員、スライムに捕食されてしまいました……」


「ハルドさん以外全員ですか……」


「その後も依頼者側が何度か傭兵団を送り込んだようですが、有効な手段が打てずに結局断念したそうです」


 (依頼者側というのはおそらく鉱山を所有していた業者のことだな)


「透明なスライムの対処法ならあります」


「スライムは火が弱点ですが、坑道内で使うと引火してしまいます。だから火は使えませんよ?」


「その点については大丈夫です。別の方法で対処します」


 その後、カイルの説明に納得したハルドと正式に契約を結んだ。


 明日の早朝に町を出発し鉱山へ向かうことに決めた。


 飲食店の外へ出て、宿に戻りハルドを交えて明日の作戦会議を行う。


 過去依頼を受けただけあって彼は坑道内の地形について把握していた。


 (人選は正解だったな。道案内もハルドさんに任せられる)


「これで準備完了だな」

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