第49話 廃村での戦闘

 ガストルの胸の心臓あたりに背後から剣が刺さり、体を貫通した刃がギラリと顔を覗かせていた。


 そのまま彼はうつぶせに倒れ、鮮血があふれ出し、血だまりとなって地面を赤く染め上げる。


「カ……イル……に……げ……」


 ガストルは必死に声を振り絞って目の前のカイルに訴えかける。


 その言葉を最後に、一度は戻ったかに思われた生気が完全に失われた。


「ガストルさん!!」


「おー久しぶりだなー、カイル」


 ガストルの後ろへカイルの知っている男が立っている。


「レイジーン!!」


「ったく、さっきから聞いてりゃーべらべら喋りやがって」


 レイジーンは地面に横たわっているガストルの体を右足で固定し背後から突き刺した剣を右手で引き抜く。


 その剣にはガストルの返り血がべっとりとついていた。


 引き抜いた剣に付着した返り血を横へ剣を一振りして振り払う。


「ってかカイル、先輩に向かって呼び捨てかよ」


「レイジーン! なぜガストルさんを……マグロックさんを裏切ったんだ!」


「裏切った? 人聞きの悪い。お前からはそう見えるかもしれんがな。まっ、今更どうでもいいだろ」


 正面のカイルへ向けて足を一歩前へ踏み出す。


「それでだ。……お前も覚悟はできてるんだろうな?」


 レイジーンの気迫に押されてカイルは一歩後ずさった。


「お前は見逃してやろうかと思ってたが、断片的とはいえガストルから聞いてしまったのなら話は別だ」


 (来る!)


 カイルは手に持っていた金貨袋を戦いの邪魔にならないところへ一旦放り投げる。


 そして腰に付けている鞘からダガーを抜き身構えた。


 と同時にレイジーンが一気に間合いを詰め、横斬りを繰り出す。


 初撃はダガーでいなせた。


 続けて、レイジーンは縦斬り、横斬りとたたみかける。


 何とかダガーで受け止めるも、それが精一杯だった。


「ほー、ギルド内で噂には聞いてたが、少しは戦えるようだな。だが、防戦一方どこまで持つかな」


 (くっ! 一撃が重い)


 レイジーンの剣はショートソードであり、カイルのダガーに比べて戦闘向きであった。


 さらに相手は元ギルド マグロックの傭兵であるため戦闘慣れしている。


 レイジーンの斬撃をダガーで受けるたびに手が痺れてくる。


 痺れでダガーを持つ手が一瞬ゆるみ、そこへ斬撃の衝撃が加わった。


 (しまった!)


 握っていたダガーは弾き飛ばされ、くるくると回転しつつカイルから数メートル離れた地面へ落ちる。


「まー、商人にしては頑張った方だな」


 (横斬り、縦斬りどっちだ?)


 次の斬撃をなんとか回避し、落ちたダガーを回収しようと考える。


 相手の次の一手に意識を集中させた。


「カイルー!」


 カイルの後方からアイリスの声が聞こえてくる。


 (アイリス達が合流したか)


「なんだ。カイル、仲間がいたのか」


 カイルはレイジーンがアイリス達の救援に一瞬気を取られている隙に、自身がさっき放り投げた金貨袋のところへ走り出した。


 ダガーを回収して反撃に転じようとする考えを咄嗟に切り替える。


 アイリスはカイルが離れたことにより、誤射の危険性がないことを確認するとポーチから魔導書を取り出す。


 左手に魔導書を開いて持ち、すかさず魔法詠唱を始める。


「アイスアロー」


 アイリスの指先から氷の矢が放たれ、レイジーンを射抜こうとする。


 今までの経験からアイリスは命中を確信した。


 しかし、すんでのところで彼は体を横に傾けてかわす。


「避けられた!」


「あっぶねーなー」


 アイリスがアイスアローを回避したレイジーンの反応に驚く。


 その間にカイルは地面に置いてある二つの金貨袋を回収する。


「ロゼキット、こいつを頼む!」


 二つの金貨袋の片方をロゼキットの方向へと投げた。


 ロゼキットは飛んできた袋を両手で受け止める。


「みんな! 逃げるぞ! 俺達ではこいつにかなわない!」


 レイジーンはカイルよりもアイリスの無力化を優先目標に変更し、間合いを詰めるため駆け出してくる。


「アイリス!」


 カイルの呼びかけにアイリスは一瞬彼の方を向いて無言で頷き返事をする。


「ロゼキット、袋を持ってそのまま村の出口まで走れ!」


 カイルがロゼキットに合流して呼びかけ、追いかけてくるレイジーンを背にして共に出口へ走る。


 アイリスは出口へと走るカイル達を背にして立ち止まった。


 (おそらくアロー系の魔法を放っても避けられちゃう。……それなら!)


 レイジーン目掛けて魔法詠唱を開始する。


「ブラインド」


 レイジーンの正面に突如光源が現れ、強い輝きを放つ。


「くっ! なんだ? 前が見えん!」


 レイジーンはブラインドの効果により眼がくらみ、その場で立ち止まった。


 アイリスのいる方向へは魔法効果がなく、目がくらむことはない。


 ブラインドの効果はすぐ切れてしまうので、アイリスは追撃の魔法詠唱を始めた。


 (ブラインドは足止め、こっちが本命!)


「フォグ」


 今度はレイジーンを包み込むように濃霧が発生し、彼の視界を奪う。


 魔法発動時、アイリスとレイジーンの間には二十メートルほど距離があった。


 フォグの魔法を発動したアイリスは踵を返し、出口へ向かうカイル達に合流するため走り出す。


 カイル達は後ろを振り返らずにひたすら村の出口へ向かって走っていく。


 村の外へ出たところでカイルは一瞬後ろを振り返る。


 そして、二人が付いてきていることを確認すると、すぐに道の脇の林へと飛び込んだ。


 ロゼキットが続き、後から来たアイリスも続く。


 そのまま三人は草木生い茂る林の中をひたすら前へ前へと突き進む。


 フォグの効果が弱まり、レイジーンは視界を徐々に確保できるようになる。


 カイル達の姿を探すが、周囲に彼らの姿だけでなく気配もなかった。


「逃すかよ!」


 レイジーンはガストルの荷馬車へと走り、馬車の馬にまたがる。


 逃げたと思われる方向へ荷馬車を方向転換した。


 そのまま前進して道なりに進むが、とうとうカイル達に遭遇することはなかった。


 レイジーンは追跡を諦め、馬から降りる。


「ちっ! 逃げられたか……」

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