第20話 姉奪還の行方

 マストルが明らかに動揺しているのを確認すると、カイルはさらに畳みかける。


「あなたがビムレスから仕入れていることも調査済みです」


「ビ、ビムレス? 聞いたことないな」


「……しらばっくれるのもいい加減にしたらどうだ?」


 カイルはマストルに対し強めの語気で迫る。


「…………」


 マストルはしばらく無言になり、そして机に置いてあったベルを持ち鳴らし始めた。


 チリン チリン チリン


 (なんの合図だ?)


 すると部屋の扉が開き、隣の部屋で待機していたであろう八人の男たちが大広間へと一斉に入ってくる。


「どうやらあなたは色々知りすぎているようですね。少々手荒いですが、次の予定が迫っておりますので帰ってもらいましょう」


 マストルは椅子から立ち上がると部屋から出て行こうと歩き始めた。


 カイルも立ち上がりマストルに近づこうとする。


 しかし、八人の男たちがカイルを取り囲み近づけさせない。


 (このままでは逃げられてしまう)


「それではお気をつけてお帰り下さい」


 マストルが扉まで数歩のところまで近づく。


 ――その瞬間、マストルの近くにあった窓ガラスが割れ、同時に何者かが侵入するのが見えた。


 何者かは流れるような動きでマストルに近づき、そのまま後ろに回ると首筋にナイフを突きつける。


「動くな!」


 そう叫んだのはカイルの傭兵サリアである。


「な、なんだね、き、君は……」


「無傷でいたいなら喋って動かない方がいいよ。ナイフの扱いはうまくないからね」


 首筋にナイフを当てられているマストルの状況を見た八人の男たちは、カイルに手が出せない。


「マストルさん、クルムの姉を無事返して頂ければ手荒な真似はせず帰ります」


 サリアが忠告した後、続けてカイルがマストルへ提案した。


「……わ、わかった。言うとおりにしよう。だから解放してくれ」


「残りの借金とキャンセル料金で合計いくらになりますか?」


「……金貨10枚でいい」


「ありがとうございます。では取引に移りたいので取り巻きの方を下げて頂いてよろしいでしょうか?」


 マストルは了承すると、目で合図して男たちを引き下がらせた。


 男たちがいなくなったのを確認すると、サリアは彼の首筋からナイフを離す。


 その後、誓約書を作成した後、約束の金貨10枚をマストルに支払う。


 彼は部屋に別の人間を呼ぶと姉を連れてくるように指示を出す。


 指示を聞いた人間は扉から出ていき、部屋にはカイルとサリア、マストルの三人だけとなる。


「カイルさん、娘は返します。ですので、この一件については他言を控えてください。お願いします」


「他人の商売にまで口を出すつもりはない。俺に実害がない限りはな」


「ありがとうございます」


 扉が開く音がすると、先程出て行った人と共に少女が部屋に入ってくる。


「それでは約束通り娘はお返しいたします」


 カイルとサリアは少女を連れて屋敷から外へ出て馬車が留めてある場所へ近づく。


 馬車の傍まで来ると少女はカイルに礼を言う。


「本当にありがとうございます!」


「無事でよかったな。……礼ならクルムに言ってくれ」


 二人の会話を聞いたであろうクルムが荷台から飛び出してくる。


「エリス姉ちゃん!」


「クルム!」


 クルムとエリスは抱きしめあい再会を喜び合った。


 落ち着いた後、カイルが話しかける。


「クルム、家で待ってろって言ったじゃないか」


「はい。でも気になって居ても立っても居られなくなって来ちゃいました」


「……よかったな、無事に再会できて」


「はい! 本当に、本当にありがとうございます!」


 その言葉を聞いてカイルは優しく微笑んだ。


「……僕決めました! カイルさんのような立派な商人になるのが夢です!」


「俺は立派でもなんでもないぞ」


「いえ立派です! ……それでお願いなのですが……僕を一緒に連れて行ってください!」


 クルムからの唐突な申し出にカイルは返答に困った。


「……それはできない」


「僕、カイルさんのためだったら何でもします。雑用でもなんでも!」


「気持ちはありがたいが、まずすることがあるだろ?」


 カイルはクルムの姉エリスを見てから、少年に視線を合わせる。


「まずは姉と二人で支えあってしっかり生きろ」


「でも、でも……カイルさん言ってたじゃないですか、対価を支払えって……それじゃ支払うことができません……」


「クルム、商人になるのが夢なんだろ?」


「はい」


「……姉を支えながら将来、商人として稼げるようになるんだ。対価を支払うのはそれからでいい」


 それを聞いた少年はしばし無言になる。


「……わかりました。いつか商人になって稼げるようになったら、カイルさんへ恩返しをします!」


「あぁ。待ってるからな」


 カイルは頷いた後、穏やかに返事をした。


「二人とも馬車に乗ってくれ。家まで送るから」


 カイルは姉とクルム、サリアを荷台に乗せて、屋敷が建っている丘を下った。


 丘から平坦な道を進み、家の近所の大通りまで来たところでエリスとクルムを降ろす。


「カイルさん、本当にありがとうございました」


 姉が再び礼を言う。


「弟と二人で支えあって頑張れよ」


 止まっていた馬車は再び大通りを進み出す。


「さようならー!」


 カイルが後ろを振り返ると二人が手を振りながら見送っているのが見えた。


 それに対してカイルも軽く手を挙げて応じる。


 今、荷台には二人を降ろしたのでサリアのみが乗っており、今度は彼女を傭兵契約受付所まで連れて行き別れる予定になっている。


 受付所の近所に馬車を留めて、二人は馬と荷台から降りた。


「今回の件はサリアのおかげでうまくいった。感謝している」


「依頼内容を忠実にこなそうとしただけですよ」


「屋敷での、あの身のこなし素晴らしかった。それとうまくタイミングを合わせられてよかった」


「褒めて頂きありがとうございます。……さっきのやり取りずっと見てたんですが、カイルさんっていい人なんですね」


「今回は気分が乗っただけだ」


「ふふ、じゃーそういうことにしときます」


「また依頼した時はよろしく頼む」


「他の依頼を受けていなければいつでも大丈夫です。ラズエムで依頼がある時は声かけてください」


 カイルはサリアと別れ、彼女は傭兵契約受付所の中へと入って行った。


 今回の件で手持ちの金貨は58枚から26枚に減ってしまったが、不思議と損をした気分ではなかった。


 減った金貨は自らの糧、経験へと変わり、それが更なる稼ぎを生み出すのだとカイルは前向きに考えていたからだ。


 依頼が無事終了した安堵に包まれた途端、カイルにどっと疲れが覆いかぶさってきた。


 宿でしっかり休養して翌日、グラント王国を旅立つ支度を始める。


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