第2話 少女との出会い
少女はしゃがんで足元のリンゴを拾い、カイルは少女の元へ歩き出す。
「ありがとうございます……」
カイルは愁いを帯びた口調で礼を言うと少女が手に持っているリンゴを受け取る。
少女は馬車の方を眺めてからカイルの顔にゆっくりと視線を合わせた。
「なんか元気なさそうだね。あなた行商人なの?」
「……そう……でも売れないんだ……」
目の前にいる見ず知らずの少女へ急にそんなことを言っても仕方がない。
そう理解しているものの、つい焦燥感からか口に出してしまった。
「ここで売れないなら他の町に行けばいいでしょ」
「それはすでに考えたんだ。だから、この町で最後にしようと」
「積荷は何なの?」
「小麦粉だ」
「――私ラトビリーの町に行きたいの。そこまで一緒に馬車へ乗せて連れて行ってくれる?」
「急に何を言い出すんだ?」
「売るのを手伝ってあげるって言ってるのよ」
カイルは一瞬聞き間違えかと錯覚するほど驚き、そのまま表情が固まった。
「とりあえず場所を移しましょう」
それを聞き、さっきの言葉が間違いでないことをようやく理解した。
(どうやら熟考する時間はないようだ。話だけでも聞いてみるか)
「私はアイリス・ミルフォード」
「俺はカイル・アーバインだ」
「よろしくね、カイルさん」
「よろしく」
互いの自己紹介を済ませると少女を馬車の荷台に乗せた。
アイリスはカイルを罠に嵌めたり、騙したりするつもりはないと穏やかな口調で伝えた。
どこまで移動するのだろうと考え始めたところで、少し遠くに見えている民家の前で止まるようアイリスがカイルに指示を送る。
「ここで待っててね」
アイリスは荷台から降りると民家の玄関へ向かい扉をノックした。
すぐに中の住人が出てきてアイリスと会話しているが、馬車から距離が離れているので内容はよく聞こえない。
数分ほど待ったところで会話が終了し、アイリスと一緒に家の住人が馬車の方へ歩いてくる。
「馬車はあっちに留めて。しばらくこの家を宿として使えるようにしてもらったわ」
アイリスから住人はアイリスの親戚だと説明され、彼女と親戚へ礼と挨拶を済ませた。
積荷が売れたら、その利益分から宿代を支払う条件である。
それでも普段利用する価格帯の宿泊費よりかはだいぶ安いので助かる。
「カイルさんには私が今から言う材料を集めてもらうわ。安心して、全部この町で手に入るものばかりよ」
今日中に材料を集めて明日、作業に取り掛かる段取りになる。
詳しい説明は明日してくれるそうだ。
「何故そこまでしてくれるんだ?」
「うーん、そうね。なんとなく気が乗ったから――かな」
「はは、なんだそりゃ。……ありがとう!」
「うん。それじゃ、また明日ね!」
そう告げてアイリスは手を振るとカイルと反対方向に歩いて行った。
(さて、材料集めに取り掛かるか)
積荷の小麦粉は一旦家の倉庫に保管させてもらうことができた。
倉庫の入り口に鍵をかけ、再び町の中心へと向かう。
指定の材料はすぐ集まり、運搬に馬車が使えたので効率よく行えた。
けれど、手持ちの資金は材料の購入に充ててほぼ全て使ってしまった。
(もう後戻りはできない。このまま何もせず手をこまねいていても、どのみち廃業だ。
こんな危機の時に他人に頼るのは情けないが正直なところ今の自分は未熟で知恵がない。
そこははっきり認めて素直に受け入れよう。
それに取引所へ戻って交渉再開するのは、アイリスの案が失敗してからでも遅くはない)
「カイルさん、おはよう!」
可愛らしい笑顔のアイリス。カイルも笑顔で挨拶を返した。
「昨日伝えた材料は全て集まったかしら?」
材料を保管している倉庫へ案内して全て揃っていることを一緒に確認した。
「さっそく作業に取り掛かりましょう」
アイリスは目の前に積んである小麦粉の袋を持ち上げたが、想像以上に重たかったようだ。
今にもふらつきそうで、辛そうに持っている。
「それは俺が持つよ」
「ありがとう」
アイリスの後ろに付いていくと玄関の扉を開けて家の中に入っていった。
さらに奥へ進み厨房まで来ると、手に持っていた材料を調理台の上に置く。
「料理でもするのか?」
「そうよ、販売するのはあなただからね」
昨日買い集めた材料でだいたい予想はついていたが、売り物になる品質でアイリスが作れるのか不安だった。
「なんだか不安そうな顔ね。大丈夫!私、実家が飲食店だから料理は大の得意なの!」
アイリスの声と表情には心強さが満ち溢れており、不安は杞憂だったことをカイルは理解する。
何か手伝えることがあるかと彼女に確認すると、いくつかの仕込みを任された。
しかし、手伝っているうちに返って邪魔をしているような気がしたので、露店で販売するための棚を作ると伝えて厨房を後にした。
棚が完成する頃には販売用の料理もいくつか仕上がっていた。
アイリスが厨房から出てきて、棚製作の最終仕上げに取り掛かっていたカイルに声をかける。
「はい、食べてみて」
彼女は拳ぐらいの大きさをした綺麗な黄金色のバターロールをカイルに手渡した。
手に持つとまだほんのり残るパンの温かさを感じながら一口頬張る。
香ばしいパンの香りが鼻腔をくすぐり、バターの風味が口いっぱいに広がった。
噛むほどに小麦のうま味が優しく主張してくる。
「うまい!」
「でしょー!」
美味しそうにバターロールを食べているカイルを見つめるアイリスの表情は、ぱーっと花が咲いたかのような喜びに満ちていた。
「よくこれだけ多種多様なパンを作れるものだ。」
「一生懸命作ったからねー。そうだ!もうすぐ次のパンが焼きあがるわ。販売よろしくね」
アイリスは上機嫌で厨房に戻っていった。
カイルは棚仕上げの続きに取り掛り完成させ、出来上がった料理を並べていく。
(よし!準備完了)
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