仮題:傭兵想歌

涼風

第1話:序章・異界渡り⑴




「ゼヤァア!」


ビュッと風を切るようにして振られた大剣はテア・スロウの狙った通りの場所を通り抜けた。その後に残ったのは首から上がない直立する熊。既に生き絶えており、その姿勢を数瞬保った後に前方へと倒れ込んだ。


テアはふぅっと一息ついた後にすぐさま熊を逆さに吊るす。怪しげな儀式......ではなくただの血抜き。吊るしたまま器用に皮を剥いで行き、10分もすれば皮を剥ぎ終えていた。

そのままでは少々においがするので剥いだ皮は摘んでおいた臭い消しに最適の草があったので共に置いておく。1、2時間もすればにおいは落ちるだろう。


それからしばらく後、肉に血抜きが終わってからすぐに解体し、発見した廃屋にあった鍋に水を入れて火にかける。とれたての熊肉をまず入れる。しばらくは強烈なまでの灰汁がわくので取り除きつつ、収まったところでスープは捨てる。そのままスープにしても良いがきちんと処理していないとどうしても獣臭くなるため今回は仕方がない。

スープを捨てた空の鍋を火にかけ、あったまってきたところで先程の熊肉と自生していたクノー(原種に近いにんにく)のようなものと炒める。毒がないのは確認済みだ。熊肉から出た油で丁度よく、獣臭さもクノーのおかげで香ばしく食欲をそそる匂いに変わっている。


しばらく炒めてからそこに様々な山菜を放り込んでは炒める。ジュージューと焼ける音ともに良い匂いが漂ってきた。このくらいだろう。鍋を火から外す。

テア特性、熊肉と山菜に炒め物の完成である。


「......ふぅむ、やっぱり塩が欲しいな。後はコメかパン」


味は野性味に溢れながらも噛めば噛むほど濃厚な肉汁が溢れ、それがくどくならない程度に山菜が中和している。点数をつけるなら65点。美味しいがまだ美味しくできるだろう。

ものの30分でテアは狩った熊の3分の1を食べた。残りの肉は持てる分を切り分けて保存用のハーブに包み、持てない分は獣に分けてやる。骨と食べない部分はしっかりと地面へと埋めて埋葬してやる。これが礼儀である。


「さて、現実逃避もここまでにしないとな......ここどこだ?」


気づいたのは2、3時間ほど前。雲を超えて天を衝く巨大樹の根元で目を覚ました。見たこともない景色。まして巨大樹なんてものはかなりの広範囲を渡ってきたが見たことも無かった。


そして一つの啓示。テアは神を進行しているわけではない。信じているのは自然と己、そして信頼できる仲間だけ。だが確かにその頭にはここが異なる世界である事を告げていた。


世界渡り。神隠し。異界招き。結構な種類の言葉で言い表されるその現象はかなり昔から伝説のようにして残っている。


曰く、唐突に姿が消える。曰く、異なる世界に行く。


魔法が無い世界においてこれほど眉唾くさいものはないだろうが、事実この現象のように歴史上で何人も消えており、1人だけ帰ってきたという人物がいた。噂話程度だが、200年も前の話だったとテアは記憶している。

その者がこれまで神隠しなどと言われていた現象にあい、その結果異なる世界へと渡ったという。どういうわけか戻れたらしく、違う世界だということも不思議と理解できたらしい。どの程度まで信じて良いかは不明だが、少なくともテアはその話を思い出し、真実なのだと悟った。


つまり現状を表すとテアはその眉唾もので到底信じられな出来事に出会い、見知った世界から右も左も分からない世界へと迷い込んだ、ということだ。だがそこは冷静さが売りのテア。ざっと散策した結果、植生や動物などは同じようなもののため、慌てる心配はないと落ちついている。


今更ながらテアは傭兵である。周囲を強国3つに囲まれた山岳の国。その国自体が創設し、自国の守りを固めると共に他国へと軍事輸出を行うための傭兵団に所属していた。古代語で落雷を意味するドンナーシュラークという名で恐れられており、精鋭部隊の副隊長を務めていたテアも例外なく強い。雷光を示すブリッツの称号を受けた3人目の人物となっている。


故にテアは争いの気配を感じ取ることができた。


(北東方面、近いな......)


まっすぐそちらの方向を見る。遠見鏡(単眼鏡)はないが僅かに煙が見えた。黒煙。微かに聞こえる金属音。明らかな人災だ。


テアは大剣を担ぎ上げてそのままそちらへと向かう。理由は救助ではない。戦争を見れば技術レベルがわかる。テアの自論ではあるものの、あながち間違いではない。

技術の発展は戦争から始まるもの。金属の精錬技術に始まり、食料事情、馬の品種改良、兵の態度等々。

村あたりが山賊だのに襲われているとしてもその山賊がどのような身なりでどのような理由で襲っているのか、襲われている村はどのような様子かなどでかなり予想はつく。





着いた先はテア基準で中規模程度の村だった。木造の家がいくつか燃えている。村内部では男達と兵士崩れと思われる粗末ながらも体格の良い相手が戦闘しているが、明らかに装備が違う。

態度や行動から見て兵士崩れか賊だろう。汚れた皮の鎧。ボロいながらも鉄製の武器。切れ味は悪そうだ。

一方の男達は自警団だろう。木製の盾に木製の槍。部が悪すぎる。


技術レベルは高くはないが、低いわけでもない。ただ戦闘のレベルはあまり高くない。燃え具合から計算すると散開しているとはいえ村一つを落とすのに時間をかけすぎている。見た限り極力犠牲を出さないように、という戦い方というわけでもない。これならへまをこかなければ大丈夫だろう、とテアは悟った。


唐突にテアが手元にあった大剣を思い切り後方に向かってふるった。ブン!と空を切る音ともにテアの手元には肉を切った確かな感触があった。


「ふん、矢で狙うべきだったな」


後ろを見やると小汚い首を失った男。小柄だが武装しているところを見ると村人と間違えたのか、ついでに襲ってしまえと思ったのか。ざっと見るとやはり装備は粗末だが鉄製だ。良いとは言えないものの、村人を殺す程度ならばこれで事足りる。散開しているとならば人数はもう少し増えそうであるが、テアの敵ではなかった。

襲われたことでテアは賊を敵認定している。これから始まるのは殺戮である。


無言のまま草むらを飛び出し、一気に加速する。一陣の黒い風が戦場となっている村の中心部へと吹き、次の瞬間には賊の首が1つ飛んでいた。続けざまに2人3人と斬る。

その後、テアは一旦停止した。


「うぉおおおおおおお!!!!」


そして大声をあげた。それは戦声と呼ばれるもの。人は声を出すことで力をより発揮できるということは経験則で判明している。また、声には威嚇効果もある。それらを傭兵団ドンナーシュラークは戦で使用した。

接敵直前、団員が皆叫ぶ。叫びながら突撃してくる。それにより本来ならばそのまま激突していたであろう戦線が一瞬、傭兵団ドンナーシュラーク側に傾く。その一瞬を彼らは逃さない。個人運用により、効果こそ落ちるものの、油断している相手には効果は絶大だった。



我流:剣術・炎ノ道・威圧・【戦声】



その後再度突撃。具体的な味方の定義が曖昧なため、突然の登場と戦声によって村人側も動けないでいる。が、そもそも敵の敵であって味方ではないため関係がなかった。


弾けるようにその場から駆け、手近な賊から斬っていく。1人が死んだところでようやく両陣営が動き出した。

最初に動いたのは賊側。やはり兵士崩れだったようで指揮官と思しき巨漢の人物が声を張り上げた。


「た、隊列を組め!体勢を立て直す!」


一つ驚いた。まさか言語が一致しているとは思わなかったのだ。ただ意思疎通に苦労しないという点では都合が良かった。


掛け声を得た賊達は条件反射なのかすぐに指揮官のもとへ集い、密集陣形ファランクスを取ろうとした。盾と槍があれば様になるだろうが、今彼らが持つのは剣だ。それ以前に敵前にして陣形を組み直すのは感心しない。


テアは集結しつつある群れの中に姿勢を低くして急速接近。即座に斬りあげる。単純に斬りあげる膂力にバネの力を加えた斬撃は皮鎧の上からでも人体を容易に裂いた。しかも都合の良いことに掛け声で集まってきて人数も把握することができた。果たしてこれで全員かは不明だが、死者を含めて14人。残り10人。ただ個人差が激しいのか、中にはまともな装備でないものも多い。そういうものは集合に遅れていたりするため、おそらくただの賊だろう。兵士崩れに吸収されたようだ。


中途半端に集合したため、結局は全員を晒す羽目になる。更には場所も判明し、村人が人質に取られるという状況にはならないだろう。例え人質がいたとしてもテアが価値を見出すのかは不明だが。


そのままテアは戦闘を続行する。


本来、近接戦闘において大剣は不利である。重く両手を使うために取り回しが悪く、片手剣よりも長いために接触距離においては短剣にすら劣る。しかしテアの大剣の扱いはその程度の問題を孕まない。



我流:剣術・雷ノ道・電撃・速攻・【閃電】



膂力。重心移動。相手の位置。大剣の重量。それら全てを一瞬で把握、利用する袈裟懸けの一撃。振り上げた大剣を片手剣以上の速度で振り下ろし、地面につくスレスレで逆袈裟に跳ね上げる。これで2人。残り8人。


「くそが!騎士がいるなんて聞いてねえぞ!」


1人が声をあげた。騎士というわけではないし、まして騎士とは正反対も甚だしいのだが、誤解は誤解のままにしておくことにした。相手にそれを確かめる術は無いのだから。だが相手にはどうやら有効だったらしく、騎士という声を聞いただけで逃げ出そうとするものと立ち向かってくるものに分かれる。実を言えば立ち向かってくるものの方が楽だ。


粗末な剣では一合打ち合うだけで砕ける。まして兵士崩れとはいえ元は農民であることが多いだろう。そうでなくとも盗賊に身を堕とした兵士。テアの敵ではない。

立ち向かってくる賊に対しては大剣の錆にする。それを3、4人繰り返したところで逃げ出す賊が過半数を占め、壊滅した。


「おめえら!ふざけんな!」


賊のリーダーと思しき巨漢は割と早々にテアにより戦闘不能。捕らえられ、逃げ出した賊に対して罵詈雑言を浴びせている。流石にうるさいので大剣で殴り昏倒させておく。それによって逃げて遠くから様子を伺っていた賊が再逃亡したのは言うまでもない。


「あの、騎士様?」


賊との戦闘が終わったところでふと背後から声をかけられた。相手は60歳程の男性。身なりから見て村長のようだった。どうやら突然現れて助太刀した形になっているテアを訝しんでいるようだった。無理もない。


「偶然通りかかったところ、私自身も襲われたために撃退した。そういうことだ」


嘘は言っていない。確信を持って向かった先に偶然・・賊がいたわけだ。だがそれでも訝しげな表情があまり晴れることはなかった。何が目的か、それが心配なのだろう。

賊とはいえ十数人をほぼ単独で殺戮した男が突然牙を剥けばひとたまりもない。それならば何かしらの要求を飲んだ方がいい、という考えのもとだとテアは悟った。


「そうだな......情報をよこせ。それが賊を討伐した対価だ。望んでいない、とは言わせんぞ。あのままでは女子供は攫われ男は殺されていたであろうからな」


あえて高圧的な態度をとる。それに村長たちは素直に同意し、村長の家まで案内してくれた。死体の片付けは村で行ってくれるらしい。それとどうやら族のリーダーは賞金首だったらしく、若干渋られはしたが所有権を受け取った。

他にも賊の死体が身につけていた武具やアクセサリー、金銭の類は村からの略奪品以外の8割を受け取った。安価だが売れるらしい。


「ええと、騎士様。情報、と言いましても何をお望みですか?」


「訳あってな。この国、街や村、土地、世界などあらゆることを知りたい。順に話してくれ」


「は、はあ?わかりました」


村長の家へと通され、では、と話し始めた村長。話は小休止を挟んで3時間に渡った。説明だけならば1、2時間で終わるのだが、気になるところがあるとテアが質問するため、想定の時間よりも長かった、という訳だ。

元から得られる情報が長く生きた村長であるために多く、そこにテアの解釈を加えたため、かなりの情報を得ることができた。


この世界の事は当然のことながら誰も具体的な名称は知らなかった。ただ創造神リャヒト、創造神フィスターニスの二柱が世を作った、ということを聞くことができた。それに関連して、この世界の事柄。テアの知る世界と大きく異なるの点は2つ。


生態系の違い。

亜人の存在。具体的には人になんらかの生物の特徴を加えたような獣人。精霊の子孫とされ、耳が長く高貴とされる森精人エルフ、体格こそ小さいが立派な筋肉を持ち、金属加工に秀でる土精人ドワーフ。その他にもおとぎ話の世界にしかいなかった竜や一角獣、悪魔や天使なんてのもいるのだという。後半は見た事はないが獣人はありふれているらしい。ただしそれは奴隷として。


もう一つが魔族と呼ばれる存在。魔物、物の怪、妖怪、怪異等と呼ばれる事がある普通の生態系とは異なるモノ達などは討伐の対象となっており、それらに加えて人類に敵対的だとされた種族を含めて魔族と呼ばれる。その中でも有名なのが魔人と呼ばれる人型の魔族らしく、魔族の中では最大の種族らしい。


2つ目の異なる点はその発展文化。特に魔法と呼ばれる技術とスキルと呼ばれるもの。

魔法は魔力を使用して望む現象を引き起こす技術のことで、生活魔法ならばいざ知らず、戦闘や作業等に役立つレベルとなるとその数は少ないらしい。生活魔法を扱えるだけでも呪い師として食べていけるというのだから希少価値は高い。

先ほどの森精人エルフ達は魔法に秀でるとされる。


スキルは身についた技術を上記の魔法の中でも特殊な魔法などを使用し、命名したもの。その際に名は体を表すように特殊な効果を持つようになったという。故にスキルは神の恩恵を視覚情報化したもの、と言われているらしい。


その他の情報はここがグラハイト王国、リュー伯爵領の南の端であること。正式な名前はないが、皆はココ村と呼んでいるそうだ。近くには交易都市イーリスと呼ばれる大きい都市があり、そこでなら大抵のものは手に入るだろうとのこと。


そのため、テアのとりあえずの目標が決まった。

交易都市イーリスにて再び情報を収集。生活資金を集めつつ、観光・・である。


実を言えばテアは帰りたい、という気持ちよりもこの未知を味わいたい、という気持ちの方が大きい。自分の身と身につけていたもので放り出されたこの状況を楽しんでいるとも言う。無論、傭兵団にとっては痛手であるし、自分の戦力をテアは理解している。しかしそれでも最近では賊の討伐だったりで比較的平和なため、大丈夫だろうとのことだ。諜報担当スパイからも当分は戦乱はないだろうと言われている。ちょうど休暇がたまっていたところだ。これまでの分をこの際だから使わせてもらおう。そういう考えだった。


幸いにもモノの価値基準は似通っているらしく、試しにテアが持っていた金貨を見せたところ目を剥いていた。通貨としては使えないが、溶かして宝飾品にするのも、発見されたと申告して売るのもありだろう。ただ、それ以上に様子を伺っていた村長の息子と思しき男の目がギラついたのをテアは見逃さなかった。

ちなみになぜ傭兵が金貨なんかもっているかといえばただ使うときもなく、取引に使えると所持していたに過ぎない。


「十分だ。明日、イーリスへと向かう。今日はどこか適当なところに泊めてくれ」


「そうですか!ちょうど明日、買い出しへと出かけるのでそれにご同行してくだされば道案内もできると思います。宿泊はうちの離れをお使いください。小汚い所ですが、疲れを取る事は可能でしょう」


「そうか、ならその言葉に甘えよう」


今日は泊まることにした。理由はもうすでに夕刻あたりだったからだ。この世界でも夕暮れが観測できる。どうやら月もあり、星もあるようだった。


夕食は救援のお礼だということで差し入れが多く、困る事はなかったが、いかんせんテアの好みの味ではなかった。それ以前に全体的に味が薄い。肉は申し訳ない程度のものが数切れ。基本は野菜と固いパンだった。それを戦闘食料として我慢して食べたのは言わずもがなだ。熊肉を食べたくはあったが、大多数を寄付することになりそうだったので提供していない。





夜半、予想通りの出来事にテアは目を瞑りながらため息をついた。ゆっくりと忍び寄ってくる足音。努力はしているようだが、足音、それに気配が消しきれていない。

足音は3つ。犯人は分かっている。おそらく不安になって仲間を連れてきたのだろう。

テアは再度ため息をつきながら、布団から出る。布団の中には偽装用の熊の毛皮を入れてあるため、一瞬ならばごまかせるだろう。



我流:剣術・影ノ道・気配遮断・気配隠蔽・【影潜み】



扉の横、影になっている場所に身をひそめる。大剣は置いてあるが、心配はない。


静かに扉が開く。抜き足差し足といった具合で入ってきたのは村長の息子、名前をケインと言ったか、加えてその仲間と思われる若者の男が2人。先ほど見せた金貨に目が眩んだか、それともそういう村なのか、どちらにせよ盗人には容赦しないのが傭兵だ。


3人は布団が少し盛り上がっていることに気づくと、どうやら傷つける気は無かったのかベッドには近づかなかった。代わりにテーブルの上、むき出し・・・・にして置かれた金貨の元へと向かった。


「すげえ、これだけでどれだけ暮らせるんだろ......」


ボソリと呟いたケインの仲間が金貨を手に取る。置いてある皮袋にもまだ何枚も入っており、加えて換金用にと宝石もいくつかある。それを見つけて、盗みの最中だというのに喜び出す3人。


おおよそこの世界の物価も聞いている。平均的な家族が一月暮らすのに必要なのは金貨3枚。少なくとも置いてある皮袋には金貨が数十枚に加えて宝石がいくつか。他にもメインとして金板や宝飾品のいくつかを隠し持っているため、仮に全て使うとしたら贅沢しながら2、3ヶ月は暮らせるだろう。


テアは様子を伺う。とぼけられても困る。なので3人がそれぞれポケットにしまい込んだところで風に巻かれたように影からテアが飛び出した。



我流:剣術・風ノ道・武術・縮地・【発勁】



瞬間移動を思わせる移動でケインの懐へと入り込む。気づいた時にはすでに遅い。胸元に添えられた掌底から放たれた力そのものはケインの体を吹き飛ばすには十分過ぎた。

こんな夜更けに騒音など迷惑も甚だしいのだが、盗人を懲らしめるためだとし、ケインは盛大な音を立ててドアを突き破り、壁へと叩きつけられた。

手加減はしたため死んではいないだろうが、しばらくは動くこともままならないだろう。振動が伝わるだけで激痛なはずだ。


続けざまに背後にいた男の鳩尾に肘を打ち込み昏倒させる。後は目の前にいる男だけ。


「おい、それを出せば本当に手加減はできんぞ」


声に威圧を含めて言う。男がポケットから取り出そうとしているのは刃物。大きさからしてただのナイフだろうが首元数cm入れば人は死ぬ。十分な殺傷力のある武器を出すと言うならばテアとて許すつもりはなかった。


「投降するなら命は助けてやる。こいつらのように痛めつけることもない」


テアの後ろでは鳩尾を抑えて苦しみもがく男。ドアの向こうでは胸と背中にダメージを負って気絶するケイン。控えめに言っても残った男に勝ち目はなかった。

そしてそれを悟ったのだろう。素直に膝をついた。


「よし。うつ伏せになって手を頭の後ろで組め」


素直に従いそう動く。そうこうしていると騒ぎに感づいて村長夫妻が様子を見に来た。ただ真っ先に目に入るのはケインなので若干引きつってはいたが、事情を説明するとその顔が青へと変わった。


「俺のいた場所では盗人は利き腕とは逆の腕を切り落とし、神ヘと奉納する。ここの掟が何かは知らないが、どうする?」


それを聞いて村長夫妻はギョッとした。腕を落とすとは田舎の村にとって死を意味しているからだ。利き腕とは逆、とはあるが重労働が多い村にとって片腕ともなれば中々働き手が見つからなくなる。それに伴い伴侶も見つけづらいだろう。傭兵にとっては片腕がなんだ、とむしろ名声を高める手段にもなり得るもののため、差別などは無いが、文明の発達が遅い山辺の田舎村ではまだ傷が深いものは使えない、という考えが根付いていた。


「ああ、盗みの証拠はポケットを見てみればいい。俺の金貨が入っているだろうよ」


確認すると確かに入っていた。それについて村長が何かを言おうとしたが、それを制してテアが続けた。


「その金貨はここらでは使われていないはずだ。言い訳はできないぞ?」


グッと口を紡ぐ村長。罪を認めざるを得なかった。


「さて、どうする?」


「く、国の法では盗みは奴隷落ちになります......それも金貨などの大金となると......お願いします騎士様!どうかお許しいただけないでしょうか?バカ息子とは言え一人息子なんです」


「では対価をよこせ。無罪釈放だと俺が損しただけだからな」


横暴なように聞こえるが横暴では無い事実。もともと他人に厳しく、整ってはいるが雰囲気からコワモテとも言われ、苛立たしげな声も相まれば恐ろしいことこの上なかった。そんなテアを真正面から相対している村長夫妻は土下座をしながら震えていた。1人無事な男も自分がどうなるのか分からず、無様な格好をしながら震えていた。


その時ふと何かを思い出したのか、村長が顔を上げた。


「息子が飼ってる獣人がいるのですが、ざ、雑用係などにいかがでしょうか?」


この世界の生態系、その最たる特徴とも言える亜人の存在。聞く話によれば亜人の中で森精人エルフ土精人ドワーフは非常に珍しい存在らしい。だが獣人は非常にありふれているらしく、殆どの国では偏見などに満ち、下等とされ、奴隷として扱われることが多いらしい。田舎の村にもいるレベルだ。相当浸透しているのだろう。


テアは村長の申し出に頷きで返した。


「わかった。だがこいつらは俺が出るまでは牢に入れておいてもらおう。明日だと言っても復讐だ、と邪魔をされても迷惑だ」


先に言っておくが、テアは亜人を含めて他人に対して偏見はない。理屈が通っていれば賊だろうが犯罪者だろうが交流するし、理不尽ならば聖者だろうが斬り捨てる。テアにとって他者の価値は身内以外、自身に益があるかどうかだった。

同情などではない。この世界の情報を知る者が身近にいれば良い、という打算からだった。


「運ぶのは手伝おう。それからはまた休むが、次はない」


文字通り、もしこのようなことがもう一度起こればテアは犯人を躊躇も容赦もせずに間違いなく殺すだろう。

ただただ愚かな者がもう出ませんように、と村長夫妻は願うしかなかった。

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仮題:傭兵想歌 涼風 @Suzukaze

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